79.打開策
救助された人々が脱出してすぐ。
「アレックス! 近くにいるの!?」
わたしの耳に、ソニアさんの叫びが飛び込んできた。
ジャケットの胸ポケットにねじ込んでいたわたしのカルプトが、聞き覚えのある女性の声でがなり立ててきたのだ。
「ああ。今は南の大門にいる」
ポケットから取り出して、手のひらの上に乗せた小鳥に向けて、アレクが答えた。
ソニアさんに王都の状況を聞きたくて、自分のカルプトを彼女の元へと飛ばしていたそうだ。
「ソニア。君は、無事なのか?」
「私は、なんとかね。ここには私以外にも祝福持ちの子がいるから、彼女たちと一緒に奮闘中よ」
その返事が聞けて、わたしもアレクも、ほっとした。
見知った人たちの無事を確かめられて、純粋に嬉しかったのだ。
「今の状況を教えて欲しい。この異変は、何なんだ?」
「私も詳しくは分かってないわ。日没と同時に、王都にある様々な魔装具が、突然爆発したの。魔法の炎が王都のあらゆる所から立ち上って、大勢の人が巻き込まれて……その混乱の最中、人型をした化け物が現れたのよ」
「そいつらには、俺達も出くわした。魔装具を使えないとなると、やっかいだな」
「ええ。そのせいで近衛兵団も苦戦中よ。彼らをもってしても、王宮を守るのがやっとのようね」
「待ってください!」
と、わたしは二人の会話に割り込んだ。
「近衛兵は、王宮しか守ってないんですか?」
魔装具を封じられた今の王都で、まともに戦えるのは近衛兵団だけなのだ。
その彼らが戦わなければ、ここにいる人たちは、魔人に虐殺されるだけになるだろう。
「そうよ。彼らの布陣を見る限り、課せられた命令は王宮を、王を守ること」
「そんな……それじゃ、王都の人は……」
ここには、グリミナもそうでない人も、何十万という人が住んでいるのに。
王様は、自らが守るべき人々を見捨てたというのか。
「すでに被害は、王都全体に広がっているわ。果たしてどれだけの人が……」
ソニアさんも、それ以上は口にできないみたいだった。
今この瞬間にも、魔人の手にかかった人が、どんどん亡くなっていく。
「それなら……」
と、わたしは言った。
近衛兵も王様も、誰も頼りにできないのなら。
「わたし達が、魔人どもを倒すしかないよね」
「そう。その通りだ」
と、アレクもわたしの言葉に同意してくれた。
今の状況を嘆き悲しむよりも、自分に何ができるかを考えるべきなのだ。
「それなんだけどね……」
とても言いづらそうに、ソニアさんの声が小さくなった。
「この魔人……人型の化け物は、おそらく誰かに召喚されたのよ。だから知性はなく、魂もない。呼び出した者の命令に従っているの」
「召喚獣みたいな奴らなら、魔鉱石がある限りいくらでも生み出せるな」
「だったらその糧を、魔鉱石を止めればいいじゃないですか」
と、わたしはソニアさんに言った。
赤い宝石の中から魔人が現れ出るところを、わたしは見た。
魔装具の核となる部分の魔力を使って、彼らは王都に現れたのだ。
「魔鉱石が持つ魔力がなくなれば、あいつらはこちらに留まれないはずです」
召喚獣も精霊も、この世界に留まる原理は同じ。
自らを維持する魔力が無くなれば、彼らは自動的に消滅してしまう。
強制的に、元いた世界へと連れ戻されてしまうのだ。
「それが、できないの」
「どうしてですか!?」
わたしは、驚きの声を上げた。
「クリフトは何をしている? 魔法式の根幹をなす【魂の鍵】は、あいつが制御しているはずだ」
魔鉱石を運用するためのシステム――魔力の流れを決める魔法式は、国王様が管理しているはずなのだ。
だから王様が命じれば、魔人の暴挙を止められる。
「それがダメなの。私がいくら警告しても聞く耳を持たなくて、絶対に止めないと言い張っている。陛下の言葉には、私も逆らえなくて……」
「あの馬鹿野郎が。何のための権限だと思っている」
舌打ち交じりに、アレクはこの国の最高権力者をののしった。
「魔鉱石を止めたら、自分を守る盾がなくなると思い込んでいるみたいね。どこか遠くから、誰かが自分を殺しに来ることを恐れている」
盾とはきっと、封印結界や近衛兵のことだ。
「すでに敵は眼前に迫っているのに、その現実が認められないの。陛下は王宮に閉じこもって、震えているだけよ」
「アレク。あなたにはできないの?」
と、わたしは聞いた。
「俺、が?」
「そうだよっ。あなただって、王族の一人なんでしょ? だったら王様でなくても、鍵を止められないの?」
王様が何もできないのなら、他の人がどうにかするしかないじゃないか。
「それは……無理だろう」
わたしの勢いに押されて一歩下がりながらも、彼はわたしのアイデアを否定した。
「権限は、簡単には変えられないんだ。たとえクリフトを殺して奪ったとしても、俺はアム・クラビスを使えない」
「そんなぁ……」
わたしはがっくりと肩を落とした。
いい考えだと思ったのに。
「そうね……」
と、アレクに代わって救いの手を差し伸べてくれたのは、手の上にとまった小鳥だった。
「チャンスがあるとすれば……リース、あなたの魔法よ」
「わ、わたしっ!?」
予想もしてなかったことを言い出されて、わたしはカルプトを放り出してしまった。
小鳥は急いで小さな翼を羽ばたかせ、アレクの肩へととまった。
「前にも言った通り、あなたの魔法は【魂の鍵】を取り込めるようにできているの。魔鉱石のシステムと繋ぐことができれば、あなたは鍵の使用権限を手にできると思う」
「で、でもっ、取り込むって言われても、どうしたらいいんですか?」
急に重要な役目を負わされそうになって、わたしはワタワタしてしまった。
「あなたに見せてもらった魔法式の構造なら、アム・クラビスと接続するだけでいいはずよ。あなたのお父さんは、鍵のシステムを自動で取り込めるように、式を構築していたと思う」
「まさか……」
わたしは目を丸くして、ひっくり返りそうなことを告げる小鳥を凝視した。
確かに父さんは、先王のジョシュア様に雇われていたという話だけれど……
そんな重要な仕事を任されていたのだろうか?
「とにかく、だ」
決断できないわたしの迷いを断ち切るように、アレクはわたしの肩を掴んだ。
「今は時間がない。こうして話している間にも、誰かが死んでいくんだ。もしソニアの言うことに少しでも可能性があるなら、それに賭けてみないか?」
「わ、分かったよ。やってみる」
決意のこもったまっすぐな瞳で見つめられて、わたしも覚悟を決めた。
「よし。目的地は決まりだな」
「うん! 王宮へ行こう!」
もしそれがダメでも、この場に残って最後まで戦い続ければいい。
そうして一人でも多くの人を救えれば、それでいいじゃないかと、わたしは思った。




