76.異変の中へ
わたし達が駆け付けた大門の前は、静まり返っていた。
城門に詰めていた兵士は、大勢いる。
ただ彼らは、人形のように突っ立っているだけなのだ。
「彼ら兵士は、隷従魔法に囚われている者達だ。だから、指示を与えてくれる上官がいないと何もできないんだ」
兵士たちには、わたしの声も届かない。
魔法をかけた本人だけが、兵士に指示を与えられるのだ。
上司は逃げたのか、この場には見当たらなかった。
「王都の人は、どうしていないのかな? とっくに逃げててもいいはずなのに……」
大門の周りには、きらびやかな服を着た人も、どこにもいなかった。
ここにいるのは兵士とスラムの人達だけで、王都の市民は影も形もなかった。
門の向こう側では、断続的に爆発が続いていて、危機的な状況が続いていることを伝えてくる。
「封印結界が、消えてないんだ」
わたしの後ろで、空を見上げていたアレクが言った。
「結界が? ウソでしょ!?」
「間違いない。結界を維持するのに、今も莫大な魔力が使われている」
「結界が貼られたままじゃ、誰も逃げられないじゃないの!」
封印結界は、外から中へ侵入するのを防ぐだけじゃない。
中から外へ脱出するのも防いでしまうのだ。
「結界を制御できるのは、クリフト王だけだ。奴が解除しないことには、どうしようもない」
「そんな……」
信じられなかった。
透明な膜の内部では、そこかしこに多数の炎の柱が立っている。
あの下で、果たしてどれだけの人が、炎に巻かれて死んでいくのだろうか。
「とにかく、大門に行こう。あそこからなら王都に入れるはずだ」
そうアレクに促されて、わたしは門の入口へと向かった。
巨大な大門をふさぐ鋼鉄製の門扉は、ひしゃげて破られていた。
まるで、内部で爆発でも起きたみたいに、内側からめくれるようにひん曲がり、中央に大きな穴が開いていた。
わたし達が自分より大きな穴からのぞき込むと、不気味な紫の炎に照らされた薄暗い通路には。
単眼の魔人が数体、うろついていた。
それは人と同じ体躯をしていて、背丈はわたし達よりも少し高いくらいだった。
全身がぬらぬらとした紫色の皮膚に覆われ、頭髪も含めて体毛は一切なかった。
身体に比して小さな頭はぎょろりとした一つ眼に占められ、口も鼻もなさそうだった。
そいつらは警戒するように頭を巡らせながら、手にした血のように赤い剣を引きずって、ふらつくような足取りで、通路をゆっくりと歩き回っていた。
「あんなの、見たことある?」
「ない……な。そもそも人型の魔獣なんて、【銀の弾丸】の資料にだって載ってない」
「それじゃ、どんな奴らかも分かんないよねぇ」
わたし達はひとまず奴らに見つからないよう慎重に、門の中へと入った。
戦闘準備を整え、気配を消して身を潜め、単眼の死角を突きながら歩を進めていく。
通路の奥、わたしがグウィンと揉めた広い部屋……倉庫に隣接した入門ゲートにたどり着いた時。
屋内から、悲鳴のような叫び声と、複数の剣戟が聞こえてきた。
「行こう!」
わたしはアレクにそれだけ告げると、部屋の中へと飛び込んだ。
素早く目を走らせて、部屋の様子を確認。
部屋の奥では、三体の魔人が、侵入してきたわたしを見据えていた。
その足元に、大勢の人が倒れていた。
門を守っていた兵士や、ここまで逃げて来たらしい人々が、血まみれで倒れている。
その惨劇を生み出した魔人は、新たにやって来た獲物――わたしの姿を認めて赤い剣を掲げて、戦闘準備を始めていて。
一足飛びに、わたしへと切りかかって来た。
「このっ!」
わたしは気合の声を上げると、飛び掛かってきた奴に一刀を浴びせた。
重い手応えを伴って、深紅の刀身は魔人の腕を切り落とせた。
(良かった……ダガーが通用する!)
その事実に励まされ、わたしはさらに部屋を見回して。
反対側の隅で、誰かが二体の魔人に囲まれているのを認めた。
「残りは任せたよ!」
後ろにいるアレクに声をかけ、わたしは襲われていた人の元へと駆け込んだ。
背後から黄色い雷の輝きに照らされたわたしは、ダガーを大上段から振り下ろした。
頭を叩き割る一撃を阻止しようと、魔人は振り向きざまの薙ぎ払いで迎撃。
胴を狙った一閃が横から接近し、わたしは決断を迫られた。
ダガーの刀身で受けるか、身体をひねって避けるか。
わたしは、どちらも選ばなかった。
片手で払われる刀身の腹を押さえつけ、身体を持ち上げたのだ。
横薙ぎが足元を通り抜けると同時、わたしはダガーを振り下ろし、魔人の頭を真っ二つに叩き割った。
倒れ伏す魔人の足元で、わたしを見上げているのは、あのグウィンと、ノードリーさんの二人だった。
「あなた達! 死んでないよね!?」
叫ぶようなわたしの問いに、彼らは答えなかった。
驚き目を見開いて、わたしを凝視しているだけだった。
彼らの後ろには倒れた兵士もいて、マグリット・ライフルにバイオンにと、複数の武器が転がっていた。
「こ、のっ……化け物が!」
と、叫んだグウィンは床に転がっていたマグリット・ライフルを手に取り、震える手で銃口を倒れた魔人へと向け、照準を定めた。
(待って……)
頭の中に、警告が鳴り響く。
この魔人は、どこから出てきたのだ?
こいつらは、宿場町を襲った魔獣と同じ特徴をしていた。
知性の欠片も感じられない動き。
紫の皮膚。
単眼。
あの時も、街中に突然現れたのだ。
召喚獣を呼ぶのに必要なもの。
それは、魔力。
精霊様を呼んだ時も、イザベラの魔力を無理やり吸収していた。
なら、今ある魔力の源は……
魔鉱石しかない!
「ダメっ! 使わないで!」
わたしの警告は、間に合わなかった。
恐怖に駆られたグウィンが、引き金を絞った瞬間。
銃身が、はじけ飛んだ。
魔鉱石の内部から何かが生まれ出て、銃身を突き破ったのだ。
それは、巨大な腕だった。
ぬめる大きな片腕が魔鉱石から生えて、獲物を探すように虚空をかいていた。
彼の手から離れたライフルが爆発するように砕け散り、手に続いて肩と頭が這い出てくる。
魔人の全身が、顕現しようとしているのだ。
「ひいぃっ!」
「邪魔よ! どいて!」
わたしは敵の出現と同時に、腰を抜かしたグウィンを突き飛ばした。
気味の悪い敵は、一番近い獲物……わたしに掴みかかろうと手を伸ばす。
赤熱の刃を一閃。
躍りかかって来た腕を、フラムダガーで切断した。
「後ろだ!」
と、ノードリーさんが警告するより先に。
紅い刃を背に向けたわたしは、後ろへと一歩ステップ。
無骨な刃を振り上げた二体の懐へと飛び込み、片割れへと切っ先を突き刺す。
「遅いよ」
【防護壁】の守るべき人間――すぐそばにいる、あのグウィンに設定。
短剣の柄に込められた魔鉱石に、次の指令を下す。
「エクスプロード!」
その声を合図に、紅蓮の炎と衝撃とが周囲に広がり、切りかかってきた二体をいっぺんに吹き飛ばした。
わたしは片腕をなくした上半身だけの敵に再度接近。
ダガーを振り上げ、突撃する勢いのまま、魔人の首を切断。
宙を舞う頭を視界の隅に捉え、次の敵に向かおうとして……
「なんでまだ動けるのよ!?」
わたしは、驚愕の声を上げた。
宙を舞った頭を。
残った左腕が、掴み取ったのだ。
魔人は無造作に首へとくっ付けると、切断面がすぐに癒着し、再生していく。
続けて切り落とした腕をつかみ取り、肩へとくっつける。
瞬きほどの時間もかけずに、元の上半身の姿へと戻ってしまった。
でたらめにもほどがある。
どんな再生能力なのだ。
その間にも、魔人の顕現は続いていた。
上半身からさらに腰が湧き出て、片足を引っ張り出そうとしていた。
「頭を狙え! そこが奴の根源だ!」
わたしの背後から、アレクの声が飛んでくる。
「りょーかい!」
短く返事をすると、わたしを地面に叩き伏せようとする両手を跳躍して回避。
見上げる一つ目を目指して降下。
逆手に持った刃を。
眼球に突き刺した。
赤熱する赤き刃は、魔人の頭を後頭部まで貫通。
瞳の奥にある核が、粉々に砕かれて。
仰向けに倒れた魔人は、全身から煙を上げながら消失していった。




