74.リースの望み
「お前は、どうするつもり、なんだ?」
ようやく落ち着きを取り戻したアレクは、自分が聞かれたことをわたしに聞いてきた。
「そうだねぇ。まずは村に帰るつもりではいるけど……」
顎に指を当てて、わたしは考えを巡らせた。
「王都の人をぶちのめしちゃったから、すぐに村を離れなきゃなーとは思ってるよ」
あれだけの騒ぎを起こしたのだ。
王権は血眼になって、わたしを逮捕しようとするだろう。
「国外に、出るつもりなのか?」
「そこまでは、まだ考えてないかな。母さんのこともあるし、まずは父さんの魔法を完成させないとね」
「しかし、国内に留まれば隷従魔法を受けるリスクが……」
「あー、大丈夫だよ。ソニアさんのおかげで、その魔法も打ち破れるようになったはずだから」
彼に最後まで言わせず、わたしはさっきの戦闘での成果を誇った。
「うち……やぶ、れる……?」
信じがたいことを聞いたように、目を丸くしたアレクはわたしの言葉を繰り返した。
「ほんとだよ。ソニアさんが父さんの魔法を改良してくれたの」
「ちょっと待て。お前の親父さんの回復魔法と、隷従魔法が関係しているのは分かるが、それで破れる、のか?」
あっけらかんと言ったわたしを見て、片手で頭を抱えたアレクは天を仰いだ。
きっと、混乱しているのだろう。
「細かいことはわたしも分からないけど、父さんの魔法はそういうことができるんだって。個人を特定できなくするとかどうとか……」
ほら……と言いつつ、わたしは服の襟元に手を突っ込み、ヘッド部分が砕けたペンダントをアレクに見せた。
隷従魔法を防ぐ魔装具が失われてもなお、わたしが戦えていた事実を知って、彼はじっと考え込んでいた。
グリミナの因子はまだある、と思う。
ソニアさんの話だと、グリミナは体内の魔力を魔鉱石に吸われ続けている、らしい。
もしわたしが父さんの魔法でグリミナでなくなったのなら、身体に何かしらの変化があるはずで。
何も変わってないということは、因子そのものがなくなったわけではないのだ。
「この魔法は、完璧じゃないんだよな?」
「ソニアさんは未完成だって言ってたよ。今のところ、わたしに向かってくる隷従魔法を防ぐくらいだって」
わたしも、魔法式の一部しか使えてないと思う。
だから今は、他のグリミナの人は救えない。
「これを完成させられれば、大勢の人を救えると思うの。だから……」
「それは、止めた方がいい」
「なんでよ!?」
アレクは、わたしの素晴らしいアイデアを途中で遮った。
「そんなことをしようとすれば、王はお前を許さない。近衛兵団の総力を挙げてでも、お前を殺しにかかるだろう」
真剣な眼差しと声で、彼はわたしを止めようと、説得しようとしてきた。
「隷従魔法は、クリフト王の権力基盤の一つだ。それを阻止できる方法があるとなれば、奴の足元が揺るぎかねないんだ」
アレクの言う通り、危ない、かもしれないけど。
「そんなの、関係ないよ」
わたしは、やめるつもりなんてさらさらなかった。
「大勢の人が奴隷にされて、今も殺されているかもしれないんだよ。そんなの、絶対許せない」
狩りの獲物になっていた子供たちは、くだらない楽しみのために命を奪われそうになっていた。
「それを止める力がわたしにあるのなら、わたしは使いたいと思うの。それがどうしていけないの?」
「間違っているなんて、言うつもりはない」
「それならっ!」
「俺は、お前に平穏な生活をして欲しいだけだ。わざわざ危険なことに首を突っ込まないで欲しいと思っている」
「そのための護衛でしょ? あなたは何のためにここにいるの?」
「……っ!」
自然に出てきたわたしの言葉に、アレクは落雷を受けたように全身を震わせた。
それから見る見るうちに顔を歪ませ、肩を震わせ始めた。
「何よぅ。泣きそうな顔しな……」
とわたしは苦笑いしかけて。
(て、マジで泣いてる)
と思った。
彼は今にも、涙をこぼしそうな顔をしていたのだ。
「俺は……」
と、アレクは唇をわななかせながら言った。
「お前と、いていいのか?」
「いていいも何も、あなたはわたしの患者だから、わたしには治す責任があるの。それに、あなたがいないとわたしも困るし……」
わたしはそこで言葉を切った。
少しだけ、自分の気持ちをどう表そうかと考えてから。
「だからわたしは、あなたに傍にいて欲しいと思ってる」
ちょっと恥ずかしかったけど、素直な思いが自然に出せた。
わたしの告白を聞いたアレクは、いきなりわたしの腕を取った。
「ちょっ、何を……」
言い返す間もなく、いきなり両腕で抱き締められていた。
「ありがとう……本当にありがとう」
と、アレクは涙を流しそうな声でお礼を言った。
「別にお礼を言われることじゃ………」
「俺はお前に会えて良かったと、一緒にいられて良かったと、心の底から思うよ。ありがとう……」
わたしの耳元に囁くように、アレクはずっとお礼を言い続けていた。
彼は真剣そのもので、茶化せるような雰囲気ではなかった……
(こういう恥ずかしいことを真顔で言えるのは、きっと才能なんだよねー)
などと漠然と考えながら、わたしはアレクに抱き締められ続けていた。
まあ……
わたしはこうされるのも好きだから、別にいーんだけどね。




