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73.アレクの望み

「お前にまで隠していて悪かった。謝る」

「それは、いいよ。みんな色々抱えているのは理解しているから」

 心臓が早鐘のように打ち鳴らされながらも、わたしはそう返せた。

 たぶん、いつも通りの声だったと、思う。

 わたしだって、最初はアレクにグリミナだということは隠していた。

 身の上を隠していたのはきっと、お互い様なんだ。

「お前と会う前の経緯は、この前少し話したよな。二十年前、俺がまだ幼いころにクリフトのクーデターに遭い、天涯孤独になった俺は、西部のデクスター公の元で保護されていた」

 デクスター公爵家は、ゴルドニア王国で最も力のある貴族だった。

 国土の二割ほどの土地を所有し、領地経営に長けた公爵家は、莫大な富と王家に次ぐ軍事力を持つという。

 そこに保護されていたのなら、王様だってそう簡単には手を出せないのだろう。

「年を経て、ヘクターと同じ学校を卒業してから【銀の弾丸】に入隊して、中隊長の地位にまで昇進できた」

「アレクの年で中隊長なんて、すっごく早くない?」

 二十代前半で二百人規模の隊を任される、というのはとんでもない出世スピードだと思う。

「コンラッドの推薦もあったからだ。あいつは俺が最初に配属された部隊の小隊長で、まあ……相当鍛えられたよ」

 当時を思い出しているのか、遠い目をしたアレクはとても苦い笑いを浮かべていた。

「俺は一人の人間として、【銀の弾丸】の隊員として、死ぬまで国のために、王国の人のために働ければ十分だったんだ、が……」

「反逆罪に、問われたんだよね?」

「ああ。俺とは違って、王はそう思わなかったらしい。遠征中に突然召還されて、即決裁判で有罪だと。証拠なんて何一つなかったのに、クリフトは取り巻きの貴族の証言を鵜呑みにしたんだ」

「王様は、何だってできるもんね」

 ヘクターも宣言していた通り、王様は自由に振舞えるだけの権力を持っているのだ。

 その基盤となる武力と魔法を背景にして。

「それで、その日の内に処刑されかけたが、役人の一人が手引きをしてくれたおかげで、かろうじて王都を脱出できた。ヘクターを初めとする国軍の追跡も振り切って、東の同盟領まで逃げようとした途中でラングロワ病を発症して力尽きて……お前に拾われたんだ」

 アレクもわたしも、逃がしてくれた人に感謝しなければならない。

 その人が手助けしてくれなければ、アレクはとっくに死んでいたし、わたしもアレクに会えなかったのだから。

「それじゃ、あなたもグリミナなの?」

「おそらく、な。隷従魔法は自分の魔法で相殺できるが、一時しのぎにしかならないだろう」

 アレクも、わたしと同じ。

 何の助けにもならないけれど、その事実を知ったわたしは、なぜだか少し嬉しくなってしまった。

「それじゃ、アレクはその……王様を恨んでる? ご両親のことで」

「恨んでは、いる。だが、復讐したいとは思っていない」

 彼はわたしの目を見て、きっぱりと断言してくれた。

「親父とおふくろの願いは、“ゴルドニアをより良い国にしたい”だったそうだ。クリフトを、俺の叔父を殺したところで、その願いは果たせない。むしろ内乱のきっかけになるだけだ」

 王位継承での争いは、どこの国でも起こることだった。

 ゴルドニアでも今のクリフト王が即位する時は、先代王であるジョシュア様を支持する貴族や平民を大量に逮捕・投獄して、それに反発する反乱まで起きて、王国は昏迷を極めたそうだ。

「そっか……」

 彼の迷いのない言葉を聞けて、わたしは安堵した。

 それなら、これが聞けると思ったから。

「あなたはこれから、どうするつもりなの?」

「俺、は……」

 彼はわたしをじっと見つめて、何かを言いたそうに口を動かしてから。

 肩を落として視線を地面に落として、結局。


 何も、言えなかった。


 長い沈黙が、過ぎていく。

 わたしは、彼の答えをじっと待っていた。

 して欲しいことはあったけど、それが彼の思いと重なるかが、分からなかったから。

 まずはアレクの願いを、聞いてみたかったのだ。

「……お前の、好きにしてくれていいと、思っている」

「はぁっ?」

 やっとのことで聞けた言葉の意味が理解できなくて、わたしは変な声を出してしまった。

「俺の一族は、お前やお前のご両親、ウッドランド村の人に取り返しのつかないことをした。生まれながらにして謂れのない罪を負わせ、辛い人生を課してしまった」

 アレクは目を伏せて、まるで自分の罪状を告白するかのように言った。

「だから、俺を村の人に突き出してもらってもいいし、お前がもし……」

 そこまで言って、彼は意を決したように顔を上げて。


「復讐したいと思うなら、俺を、殺して欲しい」


 瞬間。

 身体が沸騰した気がした。

 激情が胸を焼き、理性を失った思考が命じるままに、わたしは手を振り上げた。

 バシン……と大きな音がして。


 彼の頬を引っ叩いた手に、ジンジンとした痛みが残った。


「何をバカなこと言ってるのよ! わたしがそんなことするわけないでしょ!」

 あふれる感情を吐き出すように、思いっきり怒鳴りつけてやった。

「俺は……」

 叩かれたアレクは自分の頬を押さえ、目を見開いて呆然とわたしを見つめていた。

「お前に、殺されても仕方ないと思っていた。俺の一族は、お前とお前の両親に、それだけのことをし……」

 

 もう一発。


 わたしは感情の赴くままに、今度は逆の頬を引っ叩いてやった。

「あなたは、わたしや父さんや母さんに何かひどいことをしたの!? してないんでしょ!?」

「してない。神に誓って、罪なき人に手を上げたことは一度もない」

「ならどうして、わたしがあなたを殺すなんて考えるのよ!? バカじゃないの!?」

 感情が高ぶり過ぎて、涙が出て来た。

 わたしが彼を殺したがってる……

 アレクにそう思われていたことが、いっちばん頭に来た。

「俺を、許してくれるのか?」

「許すも何も……」

 何度言えばわかるのか。

「わたしは一度も、あなたを恨んだりはしてないよ。だから許すとか許されないとかもないの」

「そう、だな……すまん」

「だから謝らないでって言ってるでしょ! いい加減にしなさいよ!」

 何をどう言っても謝罪してくる彼に、わたしは思わずどやしつけてしまった。

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