70.近衛兵
「うぎゃあぁぁあぁ!」
最後の一人の足を踏みつけてへし折り、片手で掴んだ肘の関節を外して、悲鳴を上げさせる。
それで、全てが終わった。
ハンティングは、わたしの圧勝だった。
周りにはうずくまって、瀕死の重傷を負った男どもが転がっていた。
こんな連中は殺すまでもなく、簡単に制圧できてしまった。
ヘクターや正規兵ほどではなく、下手をすればセルザムの護衛よりも弱いくらいなのだ。
足元の地面には、大砲があけた大穴がそこかしこにあった。
動き回るわたしを撃ち抜こうと、多数の砲弾を浪費した結果、だった。
弾速の遅い大砲で、わたしをどうにかしようなんて無理な話だった。
砲弾にどれだけ威力があっても、そもそも当たらなければ意味がない。
前衛のこいつらが敗北した段階で、砲撃支援の意味もなくなっていて、もう発砲さえもしてこなくなっていた。
そうして、静かになった狩場で、わたしは。
うずくまりそうになっていた。
あまりの気持ち悪さに、吐きそうだった。
狩りなんて、楽しくもなんともなかった。
手足に残った肉と骨の感触がおぞましく、背筋がザワザワと震えた。
恐怖に歪む男の顔が頭にこびりつき、夢に出てきそうだった。
溢れ出た感情に任せて行動したことを、わたしは心の底から後悔していた。
「もう……いいよね?」
とわたしは呟いた。
きっともう大丈夫。
十分に時間を稼げたから、子供たちはスラムの中へと逃げ切ったはずで、見渡す限りその姿はなかった。
わたしにできるのは、ここまでだった。
あの子たちを連れて逃げるなんて不可能だし、わたしがスラムにとどまっていては、むしろ迷惑だろう。
王権だって、犯罪者と認定されたわたしを捕らえようと別の部隊を派遣するだろうし、スラムに住む人々がどうなろうと、彼らは気にも留めないだろう。
「そろそろ撤退しよっと」
誰に対して言うでもなく、わたしは呟いた。
一度村に戻ってみんなと話し合って、これからどうするか決めないと。
もしも村を追放されたとしても、受け入れるしかない。
わたしはそれくらいのことを、してしまったのだから。
「下がれ!」
という、アレクの叫びが聞こえた。
カルプトを通じてではない、本物の、声。
彼の切羽詰まった声は、最大級の警報のように聞こえた。
その声に反射的に従い、地面を蹴ると。
わたしがいた場所が、大きくえぐり取られた。
地面が大きく揺れて、レンガと石とが周りに飛び散り、わたしはとっさに短剣を掲げてガードした。
半球状に削り取られた道路。
その陥没の中心にいるのは。
新たな一人の男。
全身に赤く輝く鎧をまとい、金色の刀身を地面に突き立てたそいつからは、高密度の魔力が感じられた。
そいつは、仮面のように表情がなかった。
意思の感じられない瞳で、後退したわたしを一瞥する……と。
その姿が、かき消えた。
「はやっ!?」
驚愕に打ち震えたわたしの頭上から、濃密な殺意の塊が降ってくる。
(見え……ないっ)
あまりの速度に、強化した動体視力が追いつかない。
やみくもにステップを繰り返して逃げ回っても、殺意の矛先がわたし目掛けて迫ってくる。
ダガーを頭上に掲げ、魔鉱石に命じて爆炎魔法を発動。
接近する敵を、爆風で跳ね飛ばそうと試みる。
球状に広がる紅の炎が、不可視の敵を飲み込み……
生じた爆発を突き破り、炎の中から赤い鎧が出現。
炎熱魔法が、通用しない!
鎧をまとった敵は、何事もなかったかのように接近してくる。
金色の刀身が炎の残滓を切り裂き、頭上から降ってくる。
「くっ……このっ!」
不利な状況を打ち破ろうと、わたしは短剣を薙ぎ払う。
かすんだ赤い影を、真紅の切っ先が捕らえたと思った瞬間。
影がぐにゃりと曲がり、半円を描く軌道をかい潜った。
目を見開く暇もあればこそ。
胴の両断を狙ってくる金色の刃がジャケットを裂き、薄いインナーを切り、わたしの胸を……
「くうっ!」
わたしは、小さな悲鳴を上げた。
敵の必殺の一撃は、わき腹をかすめただけだった。
かわしたんじゃない。
何かが、わたしを真横に引っ張ったのだ。
わたしの腕を掴み、胴体を断ち切る一撃から救ってくれたのは。
「余計なことはするなと、何度言えば分かるんだ?」
蒼き鎧を身にまとい、敵を睨みつけるアレク、だった。
彼はわたしを庇うように、敵と対峙していた。
「いらないことじゃないもん。大事なことだもん」
死の恐怖を肌で感じて、歯の根が震えながらも、わたしは彼に反論した。
殺されそうな子供達を救うのは当たり前のことで、意味のあることなのだ。
「だからって、近衛が出てくるまで粘る必要は……」
文句を重ねようとしたアレクに、赤い影が襲い掛かった。
甲高い金属音が鳴り響き、蒼き鎧と赤の鎧とが重なり合う。
彼らは、近衛兵だった。
身にまとっている赤の鎧は、疑似的な【魔鎧】。
神の祝福を体現する神秘の鎧を、魔装具と魔鉱石を使って再現しているのだ。
赤き鎧はゴルドニアの技術の粋を集めて生み出された代物で、その力は本物に匹敵するとも言われる。近衛部隊の力を体現するものであり、王家に対する反乱や敵対国をねじ伏せる実働部隊でもあった。
「まあ……それがお前、なんだろう……な!」
彼は嘆きの声を上げながらも、力比べをしていた近衛を弾き飛ばした。
砂塵を上げて後退した敵は、アレクをじっと見ていた。
彼の顔を、全身に纏う蒼い鎧を。
「お、お前は……」
と、近衛兵が声を上げた。
それには明らかな驚きが含まれていて、仮面のような無表情とは、ひどくアンバランスに見えた。
「久しいな、アレックス。貴様が我が手を飛び出して以来か?」
親しみの欠片もない声で、近衛兵は言った。
表情のない近衛兵が口にした言葉には明らかな感情が含まれていて、まるで誰かに言わされているような違和感を覚えた。
「俺も、お前の声は二度と聞かないつもりだったよ」
アレクは、礼儀や敬意とはかけ離れた口調で返した。
強敵に臆することもへりくだることもなく、堂々とした佇まいをしていた。
「ふん。相変わらず不遜な奴よの」
近衛兵は鼻を鳴らして不満を述べた。
アレクの態度に怒るわけでもなく、まるで彼が、自分と近しい存在と認めているようだった。
「それで」
と、アレクが口を開いた。
彼は糾弾された通りのふてぶてしい態度と言葉で、こう言ったのだ。
「尊き我が王が、俺ごときに何の用だ? 王都の些細な揉め事くらい、お前の人形に任せればいいものを」




