7.患者からの申し出
それは、ほんのわずかの成果、だった。
最初の時よりも、範囲が小さかった。
でも。
「ね? ね? ねっ? 効果があったでしょ?」
わたしはアレクに詰め寄り、何度も聞いてしまった。
父さんの魔法は、間違いなく効いたと思う。
その結果を認めて欲しかったのだ。
「そう、だな……確かに効いてる」
という、ちょっと感心したような感想が聞けて、わたしは感激しすぎて涙が出そうになった。
「この魔法はどこで、手に入れたんだ?」
「これは、父さんが作った魔法だよ。まだ完璧じゃなくて、完治させられないから、わたしが色々と改良中なの」
「そうか……」
と言ったきり、アレクは黙り込んでしまった。
「なによぅ。わたし、何か変なこと言った?」
真剣な顔つきで考え込む彼の姿を見て、わたしは急に心配になった。
自分の鼓動が聞こえるくらいの沈黙に包まれて、不安が増していった。
これ以上声をかけるのもはばかられるくらいの雰囲気で、アレクは何かとても大切なことを考えているみたいだった。
やがて、彼は顔を上げて。
「お前の、ごえいを、させてくれないか?」
と、そんなことを言ってきた。
「ご……えい?」
わたしはオウム返しに聞いた。
「俺は、それなりには戦える。出歩く時のボディガードというか用心棒というか……」
「あーその護衛、ね。たぶん、いらないと思うよ」
わたしだって、『それなりには』戦えるのだ。
国軍の正規部隊にでも襲われない限りは、そうそう危険な目には遭わないと思う。
「それに、あなたは病人なのよ。特にこの病気は、魔力を使えば使うほど悪化しちゃうんだから」
「俺は祝福持ちで、魔力がそれなりにはある。だから戦闘で多少使っても、病気は進行しない」
「それでも、少しずつ悪くなるのは変わらないのっ」
食い下がるアレクに、わたしはぴしゃりと言い切った。
下手にわたしの護衛なんかしてると、病気がもっと悪くなるのは間違いなかった。
「そもそも、なんでいきなりそんなことを言い出すのよ? 変じゃない?」
わたしは、警戒感を出して聞いてみた。
初対面の人間を護衛しようなんて、普通は考えないと思う。
「変、かな?」
「そうだよ。そんなことを言う奴は、父さんの魔法を盗もうとしてるんじゃないかと勘繰りたくなっちゃう」
と、自分の心配事をストレートに言ってみた。
わたしは腹の探り合いとか苦手だから、思い切って本音をぶつけてみたのだ。
「……ラングロワ病を治せる魔法があるというのは、だな」
アレクはしばらく考えてから、自分の考えを静かに紡ぎ出した。
「王権は、決して認めないだろう。その使用者であるお前には、詐欺容疑をかけてくるかもしれない」
「そこまでする……かな?」
とっさに聞き返したけど、わたしも完全に否定はできなかった。
否定できるほど、現在の国王様を信じてはいなかった。
「してくるさ。もしこの魔法の存在を王権の誰かに知られたら、お前の逮捕命令が出るだろう」
やけに自信満々に、アレクは言い切った。
「俺は王都に住んでいたこともあるから、ある程度の事情は分かる。王権の管轄外の魔法で、王国全土にはびこる難病が治せるなんて、あいつらが認めるはずがない」
アレクの言いたいことも理解できた。
ゴルドニア王国では、許可外のことはしてはいけないのだ。
それが王国全土にはびこる難病を治せる魔法であっても、だ。
「だから、せめて魔法が完成して、王権の使用許可を取れるまでは、誰にも使わない方がいいんだが……」
「イヤです」
わたしはその提案を、即座に却下した。
そんなの何年も、何十年も先になるかもしれない。
王様やその側近の気分次第で、許可が下りないこともいっぱいあるのだ。
そんな不確実な未来に、大切な魔法を託すなんて絶対にできない。
「だから、だよ。お前がこの先、父の魔法を使えば【銀の弾丸】とやり合うこともあるかもしれない。そういう時のために、お前の護衛をさせて欲しいんだ」
「うっ……」
国家警察の精鋭部隊の名前を出されて、わたしはちょっと怖くなった。
数万人の警察官から選抜された【銀の弾丸】の隊員とは、決して戦うなとダリルさんから念押しされていたのだ。
「それに……」
と、アレクは付け加えるように言いかけて。
声が尻すぼみになって、言いづらそうに目を伏せた。
「うん?」
と、わたしは小首をかしげて、その続きを待った。
「俺はっ、お前に……助けられてばかりなんて、嫌なんだ」
しばらくの沈黙の後で、アレクはやっとの思いで口を開いた。
「だから俺にできることを、させて欲しい。金なんていらないから」
「恩返しなんて、病気が治ってから考えたらいいじゃない」
「それは……」
アレクは言葉に詰まった。
ラングロワ病は、治療法もない不治の病なのだ。
いつか、父さんの魔法で治せるかもしれないけれど、完成するのはいつになるやら……
そう思ったからなのか、アレクは俯いて黙り込んでしまった。
落ち込んだ彼の姿を見て。
深く考えずに断ってしまったことを、わたしはすっごく後悔した。
彼が今にも泣きそうな顔をしている気がして、とても悪いことをしたような気がしてしまった。
「……それじゃ、お願いしちゃおうかな」
無言のままでいることに耐えられず、わたしの方が折れてしまった。
「そ、そうか!」
弾かれたように顔を上げたアレクは、輝くような笑顔を浮かべた。
その笑顔はとても魅力的で、わたしは思わず一歩下がってしまった。
(アレクって、けっこうカッコいいのよねー)
と、わたしは思ってしまった。
優男のような、整った風貌の持ち主で、シャツの下は均整の取れた、引き締まった体つきをしている。
今は薄汚れた格好をしているけど、きちんとした身なりをすれば、大勢の女の子に振り向いてもらえるだろう。
「必ずお前を守ってみせる」
アレクは少し強引にわたしの手を取り、両手で握り締めて、わたしに向かって宣言した。
こういうことを恥ずかしげもなく言えるのも、村にはいないタイプだった。
「う、うん。よろしくね」
彼の勢いに押されて、わたしの方が気恥ずかしくなってくる。
なぜだか頬が熱くなって、変な気持ちになってしまうから。
わたしは過去にあった経験を思い出して。
(子犬が、尻尾を懸命に振っているんだ。きっとそう)
と、思うことにした。