69.ハンターを狩る治癒術師
照準を合わせる腕の動き。
引き金を絞る指の動き。
男どもの顔に浮かぶ、嗜虐的な笑み。
加速された思考は、その全てが認識できた。
音もなく実弾が発射され、逃げる子供の背に向かう。
全速で駆けたわたしは、衝撃波を伴う弾丸の前に出て。
「消えなさい!」
わたしの叫びに合わせて、紅蓮の爆炎が広がる。
高熱の炎の中に飛び込んだ小銃弾は、みるみるうちにそのサイズを減じて。
子供達を狙った弾丸は、ひとつ残らず蒸発した。
わたしの背後には、へたり込んだ男の子と女の子がいた。
全員、目を見開き、自分が助かったことをまだ知らないようだった。
≪走るのよ! 今すぐ!≫
わたしが発した「力ある声」に当てられ、彼らはよろめくように立ち上がった。
よたよたとおぼつかない足取りで、少しずつ逃げていく。
これでいい。
後は目の前の馬鹿どもを足止めすればいいのだ。
「貴様! やってくれたな!」
一団の先頭に出てきたグウィンが、歓喜の声を上げた。
一応、セルザムを襲った時と同じく顔は隠しているけど、わたしが構える紅く燃える刃の短剣には見覚えがあるだろう。
「公務妨害の現行犯だ。すぐに逮捕してやる!」
心の底から嬉しそうに、奴は高らかに宣告する。
さっき果たせなかった願望が叶うと確信し、満面の笑みをその顔に貼り付けていた。
「弾けろ!」
短い命令を受けて、パチリと小さな音を立てて。
ネックレスのヘッド部分が砕け散った。
「これでようやく、その剣を俺の物にできるってものだ!」
グウィンが太った身体を揺すって笑い飛ばすのを、わたしは静かに聞いていた。
反論することもなく、じっと待っていた。
子供たちが逃げ切るのを。
彼がわたしに構ってくれるのは、わたしにとっても好都合だったのだ。
「さあ! お前の魂を俺に捧げよ!」
グウィンの瞳が、赤く光った。
それに対抗する魔法を、わたしも起動する。
父さんの魔法を使った直後、グウィンが伸ばした右手から、不気味な物体が伸びてくるのが見えた。
まるで触手のように蠢く赤い物体が、わたし目掛けて突進してくる。
そして、周囲を取り囲み、何かを探るように纏わりついてきた。
わたしは静かに佇み、周りでうごめくそれを見据えた。
これは、隷従魔法の一部、だと思う。
わたしという個人を特定し、わたしの中へと入ってこようとしている。
顔や身体に触れようと、赤い手を伸ばしてくるそいつを無視して。
わたしは、一歩前に出た。
その瞬間、グウィンは明らかに動揺した。
奴隷となったはずの人間が勝手に動いたのだから、当たり前といえば当たり前だった。
「う、動くな!」
狼狽を隠そうと、グウィンは高圧的に命令した。
銃を構えてわたしに向けて、引き金に指をかける。
わたしはその命令を無視して。
さらに一歩、前に出た。
「なぜだ!? なぜ動ける!?」
と、金切り声を上げた男の前まで一気に移動して、こっちに向けようとした銃口を片手でいなして。
男の顔面を、握りしめた拳で殴りつけた。
はるか後方へと吹っ飛び、地面を滑っていく男を追いかけ、すぐに追いついた。
「ば、馬鹿な……俺に手を出すだと!?」
口や鼻から大量の血を噴き出した男は叫んだ。
まだ、自分の魔法が効いてないことが信じられないらしい。
「ねえ、ハンティングって楽しいの?」
わたしは上からのぞき込むように、グウィンに顔を近づけて聞いてみた。
実際、よく分からなかった。
逃げ惑う動物を、人間を撃って、何が楽しいのだろう?
わたしの質問の意図が分からなかったのか、グウィンは一瞬、戸惑ったような表情を浮かべてから。
「楽しいに決まっているだろう!」
差し出されたわたしの首を狙って、手にした何かを突き出した。
「そっか……そうなんだ」
わたしは誰に告げるとでもなく呟き、彼の反撃に合わせて剣を立てた。
グウィンの反撃は、スローモーションのように見えた。
肉体の強化さえまともにできない奴の動きなんて、見極めるのは簡単すぎた。
まるで自分から飛び込むように、高熱の刃に男の手が触れる。
指の肉が、骨が切り落とされ、握り締めていた何かも蒸発。
「があぁっぁぁ!」
聞くに堪えない悲鳴を喉の奥から絞り出し、グウィンは傷付いた右手を押さえた。
焼けた傷口から、血は一滴もこぼれてなかった。
「それなら一度、狩られる側になってみる?」
「ひぃっ!」
追い詰められた自分の状況が理解できたのか、恐怖に引き攣った男の頭を。
刈り取るように蹴り飛ばした。
失神したグウィンは、今度こそ完全に地面に這いつくばった。
「さあ、狩りの時間を始めよっか? あんた達も精一杯、逃げてね」
という、冷徹なわたしの宣告を聞いて。
呆然と事態を見届けていた彼の仲間が、わたしに向けて発砲してきた。
円形の衝撃波を伴って、頭めがけてまっすぐ飛翔する弾丸。
わたしはその全ての軌道を見切って潜り抜け、地を這うように接近する。
有効範囲の狭いライフル弾なんて、怖くもなんともなかった。
一番前にいる男の、引き攣った顔に向けて右拳を放つ。
鼻柱を砕き、頭蓋骨が陥没する嫌な感触が手に残る。
仰向けにひっくり返った男を乗り越え、次の標的へ。
「くっ、散れ!」
という誰かの叫びに従い、飛び下がるように左右に分かれた連中のうち、二人の方へ向かう。
逃がさない。
距離を取る余裕なんて与えない。
「よ、よせっ! 来るなぁ!!」
悲痛な叫びを上げて、銃口を向けようと構えた銃を、短剣で下から切り上げる。
刃が届いた顔面の一部も切れて、肉の焦げる嫌なにおいがした。
ひるんだそいつの側頭部を蹴りつけ、骨をたたき割った感覚をブーツに感じた。
ひれ伏すようにうずくまった奴は無視して、もう一人の腹に拳をぶちかます。
衝撃で折れ曲がった背中の骨がきしむ音を聞きつつ、わたしは前のめりに倒れそうになった男の首根っこを掴んだ。
「逃げないの? ぼんやりしてたら死んじゃうよ?」
「た、頼む……ころ、さない……」
「うるさい」
死刑宣告のような言葉を囁いたわたしの背後に。
明確な殺意を感じた。
二射目が来ることを察して、わたしは予測される進路上に赤い刃を立ててやった。
それだけで、済む話なのだ。
複数の弾丸が炎の中に飲み込まれて消滅し、わたしには何の影響も与えなかった。
旋回して、怯える男の身体を、背後に向けて投げつける。
砲弾のように飛んでいった男は、味方の一人を巻き込んでなぎ倒した。
ぐしゃりと肉がぶつかる音がして、地面に仰向けに倒された男へ近づいたわたしは、がら空きになった胸を、全体重をかけて踏みつけた。
ベキベキとろっ骨が折れ、肺へと突き刺さる痛みに悶絶する奴を見下ろしていると。
ガコン、ガコン、という、重い音が聞こえて来た。
大門の壁面に設置された大砲が、わたしに向けて動き始めたのだ。
「いいぞ! やっちまえ!」
と歓声を上げる残りの奴らをわたしは見据え。
その一人に、一足飛びで密着した。
大砲なんて、こいつらと重なっていれば撃てないはずだ。
それに発砲されてからでも、回避は間に合う。
巨大な砲弾が飛来するスピードなんて、たかが知れてる。
不意を打たれないよう慎重に、確実に、残りを仕留めていこう。
逃げ惑う獲物を捕らえるなんて。
子供の相手をするより、容易いのだから。




