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66.お礼の内容

「最後に、一番大切なことをしてあげましょう」

 ソニアさんはわたしを手招きすると、自分の隣へと座らせた。

 何をするつもりなのかと怯えるわたしの頬に手をかけて。


 ゆっくりと、近づいてきた。


 これが何を意味するかは、知っていた。

 アレクもやったように魔法式を見るのか、あるいは変えるつもりなのだ。

 だからわたしは大人しく、ソニアさんがおでこ同士をくっつけるのを受け入れた。

「うっ、くぅ……」

 視界に一瞬ノイズが走った、その直後。


 絡み合う幾何学模様を持った球体が頭の中に浮かび上がり、その形が少しだけ変化した。


「ディアンさんの魔法式を少し改良したの。あなたに対する隷従魔法を無力化できるように」

「そんなことが……」

「できるのよ。リース・クロムウェルという個人を、隷従魔法が特定しようとするのを妨害してしまえばね」

「ありがとうございます。でも……」

 ラングロワ病には関わるなと命じられているのに、ソニアさんは大丈夫なのだろうか?

「へーきへーき。この魔法のことは誰も知らないでしょう? それを多少いじったからって、バレたりしないわ」

 あっけらかんと、ソニアさんは言い放った。

 それで今日の話は終わりになって、わたしは自分の質問をぶつけてみることにした。

「ソニア様は、隷従魔法を使えますか?」

「いいえ。私はその資格を持ってない、けど……どうして?」

 わたしの質問に対して、彼女は当然の問いかけを返してきた。

「父の魔法の力を、試してみたいんです」

 本当に隷従魔法に対抗できるのか、どうやったら魔法を上手く使えるのか、知っておきたかったのだ。

「そうねぇ。私を含めて、ここには使える子はいないから……」

 ソニアさんは腕を組んで考えることしばし。

 いいことを思い付いたように、両手を打ち鳴らした。

「アレックスに試してもらったら? 彼なら隷従魔法を使えるはずよ」

「それは……止めておきます」

 もう二度と逃げない。

 彼に堂々と宣言した手前、そんなのは頼めないと思う。

「そう? いい考えだと思ったのに」

「もし、ソニア様がいないところで使って、使い方を間違っちゃったら……アレクにも外せなくなったら、困ったことになりますから」

 わたしはとりえずの言い訳で言いつくろった。

「彼は度し難いほど真っ直ぐな人間だから、悪いようにはならないんじゃない?」

「真面目なのは、間違いないと思います」

 もしも外せなくなったら、ここにいるメイドさんみたいなエプロンドレスを着て、彼の召使いとして、日々のお世話をするのか。

(それは悪くない未来、なのかな?)

「愛玩動物のように愛でられたりとか飼われたりとか、きっと楽しいわよ?」

「なんですかそれっ!?」

 ソニアさんの想像は、わたしのはるか彼方を行っていた。

「知らない? 王族の中には人間をペットのように愛でる趣味を持つ人もいるとかいないとか……」

 人間を動物に??

 とがった耳や長い尻尾を生やして四つん這いになって、あごを撫でられたりするのだろうか?

(変な想像しちゃった……)

 自分がそんな姿になったのを思い浮かべてしまって、わたしはとっても後悔した。

「それに、ああいうくそ真面目な人間ほど、欲望を抉らせてたりするから」

「あ、アレクはっ、そんな人じゃないと思いますっ!」

 わたしは両手を握りしめ、全力で否定した。

「冗談よー。本気にしないで」

 けらけら笑うソニアさんは、必死なわたしをあっさり受け流した。

「さて……いろいろ話したけど、今日できるのはここまでよ。この先、何か困ったことがあれば、また連絡してね。できる限り力になるから」

「本当に、ありがとうございます。なんてお礼を言えばいいか……」

「お礼の言葉は、必要ないわ」

 感激したわたしに、ソニアさんはそんな風に言った。


「お礼は、これから(・・・・)もらうのだから」


「それってどういう……」

 戸惑うわたしの肩を、ソニアさんが軽く押すと。

 わたしは、何の抵抗もできないままソファの上に倒れた。

「あ、れ? あれっ??」

 背中が柔らかなソファに包まれ、午後の日差しが差し込む天井と窓が見える。

 わたしは急いで起き上がろうとして。


 身体が……動かないことに気付いた。


「えっ、なんでっ!? 何がどうなって??」

「ふふふっ。びっくりしたでしょ?」

 焦るわたしの動かない腕を、ソニアさんが指先でくすぐっている。

 声は出せる。

 腕を触られているのもわかる。

 なのに、身体が、指先さえも動かせなかった。

「これはね、薬の作用なの。神経系の意思伝達を阻害する効果と、手足の筋肉を弛緩させる効果の両方を併せ持つ薬のね」

「くすりっ!?」

「あなたの昼食は、私も給仕していたでしょう? あの時にちょっと入れてみたの。ようやく効果が出てきたみたいね」

 心の底から楽しそうに、嬉しそうにソニアさんは説明する。

「あなたの指輪は隷従魔法とかには効果がないみたいだから、ほんとは精神系の魔法を使ってもよかったのだけど」

 二の腕の内側や首筋をサワサワ撫でられて、わたしは顔を引きつらせた。

「たくさん反応してくれた方が面白いでしょう?」

「わたしは全然、面白くないです!」

 逃げ出したいのに逃げられない。

 色んなところをまさぐる手を払いのけたくても、腕も足も動かせない。

「そんなに心配しないで。痛くしないから」

「痛いとか痛くないとか、そういう問題ではっ!!」

 必死の抗議も、興奮しきった美女には通じなかった。

 息が荒くなったソニアさんは、欲望に満ちた眼差しでわたしを見つめてくる。

「あなたの生気を、ほんの少しもらうだけだから、ね? ここから先は、全部私にゆだねてくれればいいの。そうすれば天国へ連れて行ってあげる」

 これまでの人生の中でも最大の危機が、眼前に迫っている。

 わたしには、どうすることもできない。

 誰も、アレクも助けに来てくれない。

 すぐそばに控えているメイドさん達も、主人のすることには口を出さない。

「あっ、イヤっ。ちょっと……」

 わたしは、空しい抗議を続けるしかなかった。

 その後、長い時間をかけて、ソニアさんにされたことは……


 死ぬまで誰にも言わない。絶対に。


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