61.王を守る盾
呆然とケイトさんを見送ったわたしの肩に、一羽の小鳥がとまった。
アレクのカルプトが飛来したのだ。
「ここにいたのか」
という、アレクの声が小鳥の口から聞こえた。
「どこに行ったのかと、心配したんだぞ」
「え……?」
思わぬ言葉に、わたしは驚いた。
今まで人と話していたのに、聞こえてなかったのか?
「父さんの親戚の、ケイトさんとお話ししてたの」
「ケイト……?」
「ちょっと前に村にも来てて。父さんのお墓の前でわたしと話してたのを、アレクも見かけなかった?」
「村、に? お前と?」
アレクの答えは、どうにも要領を得なかった。
「ほら、ソニアさんの招待状をくれた日に、だよ」
「……その日、あの場所には……」
記憶をたぐり寄せるべく、アレクは考えこんでいるようだった。
「お前しかいなかったはずだ。間違いない」
「ふえっ? そーなの!?」
驚くようなことを大真面目に言われて、変な声が出てしまった。
「ああ。魔力探知にも反応がなかったし、誰も村を訪れてないと思うぞ」
「でも、わたしはケイトさんと会ったし、話したんだよ」
「そうは言ってもな……そもそも部外者の来訪なんてあったら、ジェイクたち自警団の連中が黙っていないだろう」
「それはそう、だけど……」
彼女に会ったのは事実なのだ。
あれは夢なんかじゃない。
会ったのも見かけたのもわたしだけ、なのだろうか?
「今だって、通りを歩いていたはずのお前が急にいなくなったから、焦って探していたんだ」
「わたしは、ずっとここにいたよ?」
彼女の元に駆け寄った分だけカルプトから離れたとはいえ、それなりに人通りのある街中にいたのだ。突然消えてしまったわけじゃない。
「ひょっとすると、そのケイトさんって人は、認識阻害の魔法でも使ってたのかもな」
「そう……だよねぇ」
さっき、ケイトさんも驚いていたのを思い出し、わたしは自分を納得させた。
言われてみれば、あんなに背の高い女性がいて、堂々と歩いていったのに、街行く人たちは気にも留めてなかった。
でもそれなら、なぜわたしは気付けたんだろう?
【防護壁】は使ってなくて、それ以外の認識阻害の対抗方法なんて、知らないのに。
「とにかく、だ」
少し強い口調で、アレクは言った。
「俺の目の届かないところには、行かないで欲しいんだ。今の王都は厳戒態勢中なんだからな」
「分かった。そーする」
その話のついでに、彼にさっきの係官の話をしてみた。
「軍や警察の関係者が巻き込まれる事件が続いてるって聞いたの。アレクは知ってる?」
彼が【銀の弾丸】の中隊長だったのなら、そういう情報も耳にしたことがあるかもしれない。
それに、ケイトさんが残した「悲劇」という言葉も気になっていた。
「悪い。王都での出来事は、俺も詳しくない」
アレクの返事は、大変申し訳なさそうだった。
「【銀の弾丸】の展開地域は、主に地方や国境付近だ。王都を初めとした主要都市の治安維持は、近衛兵団の管轄になっている」
「近衛って、王様直属の?」
確か、ゴルドニア軍とは別に、王様の命令を忠実に守る部隊があるって聞いたことがある。
「そうだ。近衛兵は基本、秘密主義だからな。都市部で起きた事件を、よその部隊には伝えないだろう」
「それでいいの? みんなで協力した方が事件も解決できると思うよ?」
「今のクリフト王は猜疑心が強く、軍も国家警察も【銀の弾丸】も信用していない。自ら選んだ精鋭に隷従魔法をかけて、絶対服従を誓う近衛兵団を編成し、自身の警護と周囲の監視をさせているんだ」
「それもどうかと思うけど……」
国の主たる王様が誰も信じてないなんて、ちょっと怖すぎじゃないだろうか。
「そんな状態で、どうやってゴルドニア王国を守っていくつもりなのかな?」
「さあな。王には王の考えがあるんだろう」
アレクの口調は、ずいぶん突き放した様子だった。
「でもそれだと、奴隷も隷従魔法はなくならないよねぇ……」
わたしは、さっきの女性のことを思い出していた。
「そう……だな。王も貴族もここに住む人間も、奴隷を持つのは当然の権利だと考えているだろう」
(人を踏みにじる権利なんて誰にもないのに……)
とわたしは思う。
でも、それが間違っているなんて叫んだところで、何も変わりはしない。
先王様の奴隷廃止の布告さえ無視するような人々の考えを変えるには、どうやったらいいのだろう?
「だから、その権利を侵害するような行為には目を光らせているんだ」
「なにその、含みを持たせたような言い方は?」
「要は、さっきみたいな真似はするなってことだよ」
わたしが男どもを追い払ったのを、力を込めた声を出したのを、聞かれていたのかもしれない。
「分かってるって。十分気を付けますよー」
「気を付けるんじゃなくて、だ。やらないって言ってくれ」
「うーん……それは約束できないかな……」
「お前なぁ」
心底うんざりした声で、アレクは言った。
「頼むから、余計なことはしないでくれ。ここは王都で、お前はグリミナなんだぞ」
「だから、分かったって言ってるでしょ。しつこいよ?」
「本当か? 本当に、分かってるのか?」
「信用ないなー。わたしは武器も何も持ってないんだから、何かしたくてもできるわけないじゃん」
わたしは肩にとまった小鳥に、軽い調子で言ってみた。
「大丈夫だってー。あなたの救援が必要な状況にはならないようにするから」
「ああ……くそっ。今ならジェイクの気持ちが、痛いほど理解できるよ……」
ため息交じりの彼のつぶやきは、とりあえず聞こえないふりをした。




