表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/98

60.不吉な予言

 暗鬱な気分で、雑踏の中を歩いていたわたしの視界に。

 見知った顔が飛び込んできた。

 たくさんの人が行きかう通りの花壇の縁に、とても背が高い女性が座り込んでいたのだ。

 誰もが華やかに着飾って自己主張をしている中では、その灰色の地味な服は逆によく目立った。

 なにより長身の彼女は、座っている状態でも他の人より背が高かった。

「ケイトさーん!」

 わたしは手を上げて、彼女の元へと走り寄った。

 さっきまで胸を占めていた腹立たしい気分が、収まっていくのを感じた。

 異郷の地で、見知った人に出会うというのはとても心強く、嬉しいことだった。

 ところが、彼女はぎょっとしたように目を見開き、悲鳴でも上げそうな感じで顔を引きつらせていた。

 ウッドランド村に来た時もそうだけど、どうしていちいち驚くのだろう?

「よく気付いたね」

 どうにか立ち直ったのか、駆け寄ったわたしに彼女は優しく声をかけてくれた。

「わたし、目はいい方なんです!」

「目がいいとかそういう問題では……いや、そうか……」

 ケイトさんは何か、一人で納得したような顔をしていた。

「君なら、私を見つけられるのだろうね」

 柔和な微笑みを向けてくれる女性に、わたしの目はくぎ付けになっていた。

 その姿を見ているだけで心が弾む。

 その声を聞くだけで幸せな気持ちになる。

 ケイトさんには何か、人を魅了する魔法でもかかっているんじゃないかと思えるほどだった。

「こんなところで、何をしているんですか?」

 わたしはどうにかこうにか、やっとの思いでそう聞いた。

 とにかく彼女の声が聴きたくて、どんなことでも話がしたかった。

「私はちょっとした野暮用があって、しばらく前から王都に滞在しているんだ」

「お仕事か何かですか?」

 そういえば、彼女はどんな仕事をしているのだろう。

 隔世の雰囲気の女性は、欲望渦巻く都市には不釣り合いな感じがした。

「まあ、そんなところかな。ちょっとした交渉をまとめに来たんだよ」

「上手く、いきました?」

 沈んだ彼女の顔を見て、わたしは不安に駆られた。

 お仕事が上手くいかなかったのだろうか?

「結局は、無駄足だったね。向こうは、私達との契約を結ぶつもりはなかったみたいだ」

 残念そうに目を伏せて、ケイトさんは言った。

「それよりも、君はなぜ王都に?」

「わたしは知り合いの魔法学者さんに、父さんの魔法を見てもらうために来ました」

「ディアンの、魔法?」

「あ、はい。これです」

 訝しむような顔をしたケイトさんに、わたしはリュックから取り出した父さんの本を差し出した。

「これは……ラングロワ病の治療法……?」

 ページをパラパラとめくって、その中に記された魔法式を見ていたケイトさんは、驚いたように声を上げた。

「すごい! よく分かりますね!」

 わたしは、感嘆の声をあげた。

 わずかな時間で読み進めたこの一瞬で、書かれた内容を大まかに理解してしまったのだ。

「私も少し、魔法はかじっていたからね。でもそうか、ディアンはこんなところまで……」

 一通り全部のページに目を通したケイトさんは、わたしに本を返しつつ父さんを褒めてくれた。

「この治癒魔法があれば、ラングロワ病を治せるんです。わたしはそれを実現したくて、ここまで来ました」

「君は、治癒術師になりたいのかな?」

「はい! そうなんです!」

 思わず声に、力がこもった。

「しかし、この魔法は相当難しいと思う。起動するにもかなりの魔力がいるし、細い線の上を渡るような細やかな制御も必要だろう」

「知ってます」

 ほんの一部の魔法式を起動できるようになるまで、六年以上もかかったのだから。

「それに、君のようなゴルドニア人がイニティウム語を理解するには、相当な困難が伴うだろう」

「それも知ってます」

 アレクに言葉を教わるまでは、ほとんど読み進められなかったのだから。

「それにもし、君が魔法の起動に成功しても、王権がそれを許可するとは……」

「それも、知ってるんです!」

 思わず、大きな声が出てしまった。

 【虜囚】(グリミナ)が国を覆う不治の病を治せるなんて、王様とその取り巻きが認めるはずないってことは、初めから分かっている。

「でもそれでも、どんなに難しくても、どんなに大変でも、絶対、やり遂げてみせます!」

 わたしにだって、できるかどうかは分からない。

 でも、自分を信じられなければ、絶対無理だと思う。

 誰が何と言おうと、わたしがやりたいことは変わらないのだ。

「余計なことを言ってしまったな。謝罪する」

 わたしの勢いに押されたのか、ケイトさんは目を伏せて謝ってくれた。

「いえ、気にしないでください。わたしも大声を出してごめんなさい」

「そうだな。君はあの、ディアンの娘、なのだものな」

 お詫びを返したわたしを、ケイトさんは懐かしそうに眺めていた。

 深いため息をつくような、呆れ切ったような、柔らかな笑みを浮かべて。

「父さんが、どうかしましたか?」

「ディアンも君と同じく、決して諦めない男だったんだ。これと決めたら、どんな困難があっても必ず成し遂げていた」

 かつての記憶にふける彼女は、わたしを通じて、亡き人を思い浮かべているようだった。

「わたしもそう思います。だって普通なら、牢獄に囚われた母さんを脱獄させようなんて、考えもしないでしょうから」

「その話は聞いたよ。とても熱く語っていたのを覚えている」

 ケイトさんに話している父さんの姿が、目に浮かぶようだった。

 きっと身振り手振りを交えて、臨場感あふれる話になっていただろう。

「そう……君になら、できるかもしれないな。ラングロワ病に苦しむ人を、グリミナの人を、救えるかもしれない」

「そう言ってもらえると、すっごく励みになります!」

 ついつい、声が弾んでしまった。

 どんな形であれ、できると言ってくれたのは、ケイトさんが初めてだったから。

 やる気がむくむくと湧き出てくる。

 さっきまでの落ち込んだ気分は消え去って、前向きな気持ちが満ち溢れてきた。

「よーし。頑張るぞー!」

 と、気合を入れ直すわたしを、ケイトさんは目を細めて見つめていた。

「あの、どうかしました?」

「いや……あまりの眩しさに、目がくらんだんだよ」

「……っ!」

 わたしは一瞬、息が詰まった。

 彼女の声が、震えていたのだ。

「私はもう、そんな風にはなれないから」

 投げやりな感じで告げるケイトさんは、ひどく気落ちしているように見えた。

 どうしてアレクも彼女も、そんなことを言うのだろうか?

「ケイトさんだって、何にでもなれますよ。きっと」

 それがどうしても納得できなくて、わたしはつい言ってしまった。

「そう、かな?」

「そうなりたい、そうしたいと思った時が大切だと思います。何かしたい、何かになりたいと思ったら、それを実現するために行動すればいいんです。何かを始めるのに、遅すぎることなんてないと思います!」

「そう……だな。そうなれるといいな」

 力を込めて説得するわたしに向けて、彼女は悲しそうに微笑んだ。


(ダメだ……ケイトさんには届いていない……)


 漠然と、わたしはそう思った。

「そろそろ失礼するよ。次の仕事があるからね」

「お仕事、上手く行くといいですね」

 気だるそうに立ち上がったケイトさんに声をかけても、彼女からの返事はなかった。

 代わりに、彼女はこう告げた。

「早く、村に帰りなさい」

 はっきりとした命令に続く言葉が、わたしを動揺させた。


「間もなくここを、悲劇が襲う、から」


「えっ……」

 その言葉の意味を聞き返す、暇はなかった。


 彼女は立ち止まらず、わたしを振り返ることもなく、その姿を消していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ