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6.父の魔法の力

 とっくにお昼も回っていたし、ひとまずお昼ご飯にすることにした。

 空腹や脱水は、健康の天敵なのだ。

 人間、十日も絶食すると倒れるし、水に至っては一日ほどで脱水症状を起こしてしまう。

 十分な水と食料は、健康的に過ごすためには欠かせないものだと思う。

 わたしはあたりに落ちてた枯れ木を集めて火を起こして。

 そこらに自生しているお芋を引っこ抜いて、土を払ってから火の中に放り込み。

 その火で持っていた干し肉も炙って、ほんの少しの塩で味を調えた。

 わたしの顔より大きいお芋の葉っぱをお皿替わりに、焼けた芋の皮をむいて並べて、つぶした豆を練り込んだ堅パンと炙ったお肉を添えれば、出来上がり。

 手っ取り早くできる携帯食だった。

 焼き芋も干し肉も大しておいしくはないけれど、栄養は十分あるのだ。

「これを、食うのか……?」

 と、ちょっとばかりの土が付いてる食事に、アレクは若干引き気味だったけど、空腹を耐えかねたのか恐る恐る食べ始め。

 やがて食べるペースが上がってきた。

 無言でガツガツと食べ続け、彼はわたしのも半分くらい平らげてしまった。

「まあ、見た目と味の方は置いといて。お腹いっぱいになったでしょ?」

「味もそんなに悪くなかった、と思う」

「お世辞は、いらないよ? 正直に言っていいんだよ?」

「いや、本当だって。素材の良さを生かした味だった」

 わたしがジト目で睨んでも、アレクは自分の主張を変えなかった。

 その言葉はきっと、彼の本心だったのだろう。

 国軍の人は毎日豪勢な食事をしているらしいけど、アレクは違うのかな?

「それじゃ、次は治療の続きをしよっか?」

 お腹いっぱいになって満足したような顔を浮かべた彼に、わたしは提案した。

「今日は、もう止めとけよ」

「……なんでよ?」

「祝福を持たない奴が、何度も魔法を使うなんて無茶だからだ」

「う……バレてた?」

 鋭い指摘に、わたしはぐうの音も出なかった。

 祝福っていうのは、神様から授かった奇跡、だった。

 それは魔法だったり、知識だったり、言語だったりと、人によってさまざまな種類があった。

 そして、祝福を授かった人に共通するのは。


 普通の人の何十倍もの魔力を得られること、だった。

 

 その魔力を使って、与えられた祝福を行使して人々を導き、神様への信仰を世界中に広めていくのだ。

「俺は一応、祝福持ちだからな。【魔力探知】を使えば、お前の魔力の大きさもだいたい分かるんだよ」

 祝福を持っている人は、当たり前のようにその能力が使える。

 誰がどのくらいの魔力を持っているのかとか、魔力を持つ人がどこにいるのかとか、他の人には感じ取れないようなことが、かなり正確に分かるのだ。

「お前には、ほとんど魔力がない。そこらにいる人と大して差はないと思うが、どうだ?」

「……そーだよ。そのとーり」

 とわたしはうなずいた。


 すっごく、悔しかったけどっ。


 そもそも、祝福を授かれるのは十人に一人くらいの割合なのだ。

 神様への信仰の篤い人は確率が高いと言われてるけど、それも確実じゃない。

 誰もが認める聖職者でも、女神様が現れないことだってあるのだ。

 わたしは……


 まるっきりダメだった。


 わたしも三年前、十五才の時に、祝福を授かるための儀式を受けた。

 聖なる水で身を清めて村のシスターに導かれ、神様を祭った簡素な祭壇に赴き、その前で膝をついて定められた形式の印を切り、静かにお祈りを捧げた。

 祝福を授かれるなら、祈りを捧げてすぐに女神様の声が頭に響き、白い装束をまとったお姿で目の前に降臨されるのだけど。


 わたしの前には、誰も現れなかった。


 日が暮れて、みんなが諦めてしまっても、わたしは一人でずっと祈っていた。

 だって、魔力がなきゃ、魔法が使えなきゃ……


 ラングロワ病に罹った母さんを助けられない、から。


 でも、わたしの願いは天に届かず、女神様は現れなかった。

 次の日の朝に様子を見に来たシスターが止めなかったら、わたしは死ぬまで祈り続けていたと思う。

 それくらいどうしても、どうしても、魔法が使いたかった、のに……


 ダメだったのだ。


 わたしは魔法が使えないのを、魔力がほとんどないのを受け入れるしかなかった。

 それからも、魔法の勉強は続けていた。

 村の人に他の仕事を勧められても、何度となく向いてないと諭されても、わたしは考えを変えなかった。

 わたしは、どうしても治癒術師(ヒーラー)になりたかった。

 自分の手で、病気の母さんを治したかったのだ。

「でもっ、あと一回くらいなら使えると思うの。だからっ!」

 わたしは必死で食い下がった。

 さっき成功した感覚を思い出せば、絶対上手くいくと思っていた。

「いや、無理はするなって。どっちみち、これを治すなんて無茶な話なんだ」

「わたしの魔法があれば、絶対治せるよ。さっきもそれで、アレクを回復させられたんだから」

「魔力がないのに、どうやってそれを使うんだよ」

「やってみなくちゃ分かんないでしょ!」

 瞬時に頭に血が上り、わたしは思わず叫んでいた。

 分かってる。

 バカにされたように感じたのは気のせいなんだ。

 彼はきっと、私のことを心配しているのだ。

 魔力のない人が魔法を使えばすぐ卒倒するし、下手をすれば命にもかかわる。

 魔法を使おうとするたびに、わたしの中の大切な部分、魂ともいえるわたしの根幹をなす部分が削り取られていくのは感じる。

 それが分かっていても、わたしは引き下がりたくなかった。

 アレクに、わたしがしたことを理解してほしかった。

 父さんの魔法のすごさを、知ってほしかった。

 わたしにはできるのだということを、証明したかったのだ。

 アレクの腕を半ば強引に取ると、白く固まった肘のあたりに手をかざした。

 やり方は、さっきと同じ。

 初めての成功体験を思い出しながら、同じ手順を踏んでいく。

 残り少ない魔力を慎重に、効率的に使って、魔法式を構築する。

 組み上げた幾何学模様に魔力を流し込み、起動に向けての道筋をつけていく。

 アレクは立ち止まって、静かに待っていてくれた。

 わたしが本気だってことを、分かってくれたのかもしれない。

 それに安心して、決められた順序を最後まで進めていった。

 そうして、手の中に奇跡が満ちて。

 治癒の力が、アレクの身体に流れ込んでいくのを感じた。

 その成果は……


 ほんの数センチ、白い領域が減っていた。

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