59.王都の光と闇
大門を抜けた先は、別世界が広がっていた。
清掃の行き届いた清潔な街並み。
等間隔で樹木が植えられた大通りには、ゴミ一つ落ちてない。
通りの左右には様々な店が立ち並び、美味しそうな食べ物や凝ったデザインの服や色とりどりの雑貨などが、店先にずらりと陳列されている。
大門から北へと真っ直ぐ伸びるこの大踊りの先には、王宮の尖塔が見える。
王都のメインストリートともいえるこの道は、王家のパレードにも使われるほど広くて、行きかう人もとても多い。
車道にはたくさんの馬車が行きかい、綺麗な身なりをした人を乗せた魔装具シルバリウスもいくつか、丸っこい巨体を滑らせるようにして進んでいる。
わたしは石で舗装された歩道を、ソニアさんの屋敷に向かって歩いていた。
目的地の場所は、分かっている。
メインストリートを北へと進み、最後に東へとそれた場所。
王宮から見て南東の方角にある地区に、ソニアさんは住んでいる。
「これがあれば大丈夫……だよね?」
わたしは首から下げているペンダントのヘッド部分を手に取った。
小さな輝石をちりばめたリング部分と、涙滴状の形をした赤い宝石とが、陽光を受けてキラキラと輝いている。
ソニアさんから送られてきたこれも、魔装具の一種だった。
このペンダントヘッドには、隷従魔法への対抗措置が施されているはずだった。
【虜囚】であるわたしにとっては、奴隷に堕とされないようにするための防壁であり、生命線と言える魔装具だ。
何しろ、王都の人たちにとってグリミナは、所有するためのモノなのだ。
もしわたしに主がいないことがバレると、不意打ちのような形で隷従魔法をかけられてしまうだろう。
前に王都へ来た時は、とにかく自分の因子を覗かれないように警戒しっぱなしだったから、ひと時も休まらなかった。
今回は、歩道で裾の短いドレスや宝石で飾り立てた服で着飾った男女とすれ違っても、奴隷へと堕とされる心配をしなくて済む。
彼ら王都の人たちは楽しそうに談笑しながら、商店の品物を見て回っていた。
その横を通り過ぎた時には、香水のほのかな匂いが鼻をくすぐり、心が落ち着くのを感じた。
あらゆる贅沢品で満たされたこの都市は、香りまでもが違う気がした。
強固な封印結界に守られ、安全でゆとりある生活を送る人たちは、日々の雑事からも解放されていた。
そういうこまごました仕事は、自分たちの奴隷にさせているからだ。
商店の品物を作っているのも、店員として店先に立つのも、通りを掃除しているのも、馬車の御者を務めているのも、全て。
隷従魔法に囚われた、グリミナの人だった。
奴隷たちも色味の薄い服を着て、小奇麗な格好をしている。
誰もが無表情で、求められない限りは一言もしゃべらず、黙々と自分たちの仕事をこなしている。
彼らの手首と足首には巻き付く鎖の痣が浮かび、奴隷なのかどうかがすぐ分かるようになっている。
働く人たちは、そのことに何一つとして文句を言わない。
彼らは、魔法によって築き上げられた人格で操られているからだ。
本当の人格はその下に隠され、自分ではない誰かが与えられた仕事を着実にこなすのを、黙って見ているしかできない。
そうして奴隷たちが作り上げた品や街並みを、主人たる王都の住人が享受するのだ。
椅子に座って美味しそうなお菓子を頬張る子供、偉そうにふんぞり返って店員に命令する男、掃除している人を蹴飛ばして通りを闊歩する女。
彼らはまともに働きもせず、グリミナの人を監督して怒鳴りつけたり、鞭や棒で叩いたりして指揮をして、自分の利益をできる限り増やそうとしているだけだ。
わたしはそうした風景がなるべく目に入らないように、下を向いて歩いていた。
歩道の石畳だけを見て、イヤな景色を見ないように見ないようにしていると。
「……ぉぃ……こ…つ……」
通りの裏から、誰かの声が聞こえた。
(無視しなきゃ。無視しなきゃ……)
自分にそう言い聞かせていても、自然と足がそちらに向いてしまった。
声が聞こえた角を曲がり、路地の奥へと入っていくと。
煌びやかな服を着た若い男が三人と、ぼろをまとった女性が一人いた。
地面にうずくまるようにしている彼女の手足は、とても細かった。
顔色も悪く、食事をまともに摂ってないのは明らかだった。
「こいつ、誰の奴隷だ?」
「さあな。捨てられたんじゃないのか?」
「なら、いいか」
何やら相談していた男どもは、女の人を壁際に立たせると。
そのお腹を、思いっきり殴りつけた!
「ちょうどむしゃくしゃしていたんだ。こいつで晴らしちまおう」
男の一人が満面の笑みを浮かべて、手に残った感触を味わっていた。
残りの二人もそれに賛同し、どういう順番にするかを話し合い始めた。
その間、グリミナの女性は壁際に立ったままだった。
痛むはずのお腹も押さえず、ただ従順に殴られるのを待っていた。
彼女には、抵抗する術がないのだ。
隷従魔法で確立された人格に支配され、逃げることも反撃することもできない。
やがて順番が決まったのか、次の男が立ち尽くす彼の前に立った。
両手を合わせて指を鳴らし、嗜虐的な笑みを浮かべ、他人に暴力をふるう快感に打ち震えていた。
その光景を目の当たりにしたわたしは。
路地の角に身を隠したまま。
大きく息を吸って、体内に力を込めて……
≪貴様ら! わたしの奴隷に何をするか!≫
腹の底からの叫びを上げた。
魔力を帯びたその声は路地に響き渡り、三人の男の耳にも届いていた。
「やべっ! 逃げろ!」
彼らは慌てて、一目散に逃げ出した。
その気配が消えたことを確認してから、わたしはその女性に駆け寄った。
ジェイクを真似て声に魔力を乗せてみたら、思いの外うまくいった。
力ある言葉は、別世界に住まう精霊様すらも、言うことを聞いてもらえるだけの強さがある。
それは精霊様だけでなく、人間だろうと例外じゃない。
そこらへんにいる男くらいなら、平伏させることだってできるのだ。
わたしは手早く彼女の状態を確かめた。
さっき殴られたお腹以外に怪我はない。
ラングロワ病の兆候もなかった。
とにかく、栄養と水分とが足りてないのが一番の問題だった。
試しに飲み物とかパンとかを渡しても、彼女は手に取ってくれなかった。
きっと、彼女の主人がそれを許していないのだ。
食べてもいいと命じられない限り、彼女は何一つとして口にしないだろう。
やむを得ず、わたしは差し出したものを地面に置いた。
日々のルーティンとして、決められた時間に食事するよう命じられていることを祈るしかなかった。
最後に、お腹の痣を【再生】で回復させて、わたしはその場を離れた。
それ以上、わたしには何もできないのだ。
身を隠して相手を追っ払い、食べ物を分け与えるのが限界なのだ。
わたしを守るペンダントは、わたしが法を犯さない限り有効なのだから。
もし彼らをぶちのめして警官が出てくる事態になれば、問答無用でわたしも彼女と同じ列に並ばされてしまう。
通りに出ると、わたしは速足で歩を進めた。
腹立たしさと悔しさで、胸がいっぱいになっていた。
とにかく早く、ソニアさんの屋敷に着きたかった。
必要な用事をさっさと済ませて、帰りたかった。
こんな醜悪な景色は、見たくなかった。
王都は、王様のお気に入りが住まう都市だ。
従順で言うことを聞き、どんなことでも王様に賛同する人たちが、ここに住むことを許される。
彼らが奴隷を、グリミナをどれほど乱暴に扱おうと、王様は決して罰したりはしない。
むしろ反徒の一族を攻撃し、屈服させたとして称賛するだろう。
他人を見下し、罵倒し、虐げる人間が、この国の中枢を担っている……
その事実を突きつけられて、はらわたが煮えくり返る思いを味わっていた。




