57.大門にて
王都最大の特徴は、都市の外壁として展開された、巨大な封印結界だ。
以前見たセルザム商会のものとは、レベルも能力も桁が違う。
より強固で範囲も広くて、街並みの全体を結界が覆いつくしている。
さらには結界を構成する膜の透明度も高く、景色が滲んで見えるようなこともない。
そして、その防御力は折り紙付きで。
都市を灰燼と化す戦略級極大魔法ですら防ぎ切る。
わたしの【防護壁】も通用しない複雑な魔法式が使われていて、外部からは誰一人として侵入できず、内部からの脱出もできない。
毎日莫大な魔力を消費してでも動かす価値がある、王都の安全を守る要となる防御システムだった。
その壁を越えて王都に出入りするには、都市の南に設置された大門をくぐらないといけない。
ここだけに結界を抜けるための通路が設けられていて、王都を出入りする全員のチェックも行われている。
王都唯一の玄関口である大門は、物々しい雰囲気に包まれていた。
見上げるほど大きな門の周囲には、大勢の兵士が詰めていた。
彼らは完全武装で、マグリット・ライフルを手に、魔力で硬度を上げた強化鎧で全身を固めている。
門の上には大型の大砲まで持ち込まれ、壁面に開けられた銃眼からは、無数の銃口がこちらを向いていた。
銃を向けられた先、太い鎖で引き上げられた鋼鉄製の門扉の下には、大量の荷車と大勢の人とが押し寄せていた。
コンラッドさんの言った通り、日暮れと共に大門が閉じられるという噂が出ていて、慌てて出発しようという人と、閉じられる前に戻ろうという人が集まっているのだ。
わたしは一人で入都者用の列に並んで、手続きの順番が回って来るのを待っていた。
アレクは王都に近づくと色々問題があるので、外で待機することになっていた。
周りにいる人たちの会話を何とは無しに聞いていると、多数の宿場町が魔獣に襲われたというのが話題の中心だった。
魔獣の見た目も、突然町中に現れたというのも同じで、大勢の死傷者が出たらしい。
そして、敵を撃退したのは【銀の弾丸】の部隊であり、国家警察はほとんど戦わずに逃亡したというのが、一致した意見だった。
「はあぁ……普段は威張り散らしているくせに、肝心な時に役に立たないんだから」
「頼むから、たとえ本当のことでも、余計な悪口は言わないでくれ」
「あれっ? 聞こえてた?」
耳元にアレクの声がして、わたしは慌てて口を閉ざした。
わたしの肩にとまった小鳥を通じて、今のつぶやきを聞かれてしまったのだ。
通信用の魔装具カルプト。
それは自らの翼を羽ばたかせて自由に空を飛び、内蔵された通信具を用いて、遠く離れた人とも話せる優れものだった。
ウッドランド村で警戒連絡用に使われているうちの一羽で、アレクは王都に着いてから使うつもりだったみたいで、村長さんに借りていたらしい。
王都だと人が多いしわたし達の距離も離れるので、魔力探知だけではわたしの正確な状況を掴めないんだって。
アレクと別れてからは、何があってもすぐに対応できるように、カルプトの通信具を作動させっぱなしの状態にしていた。
「声に出しているんだから当たり前だろ。しかも、けっこう大きかった」
「そ、そーだったっけ?」
全然自覚がなかったわたしは、慌てて周りを見回した。
わたしが並んでいる長い行列を見張る者たちには、黒い制服の警官も混じっていた。
前に王都を訪れた時とは、警官や兵士の雰囲気が違う。
正体不明の魔獣を警戒しているのか、ピリピリと張り詰めた空気を醸し出していた。
そんな彼らへの不用意な発言を聞かれたら、侮辱罪で逮捕されてしまう。
「おそらく、聞かれてはいない。でも、用心してくれよ」
「分かりましたです……」
小声でカルプトに返したわたしは、深く深く反省した。
口を閉じ、聞き耳を立てず、大人しく順番が回って来るのを待つ。
そんなわたしの裾を、誰かが引っ張った。
何気なくそちら……自分の足元へと目を向けると。
ボロボロになった服を着た、男の子が立っていた。
「いいよ。ちょっと待ってね」
とわたしは言って、背にしたリュックの中から。
堅パンを一個取り出して、手渡してあげた。
こういう子は、前にも会ったことがある。
結界の外に築かれた、スラム街に住む人々なのだ。
王都だけでなく、それなりの規模の都市の外縁部には、寄る辺のない人々が築いたスラムがあって、都市に住む人々からの施しを糧に生活している。
「あり、がと」
呟くように言った男の子は、その場でパンをかじって、あっという間に平らげた。
彼が空腹を満たすためには、そうしなければいけないのだ。
男の子の背後に目を向けると、同じような薄汚れた身なりをした大勢の人々が、道端に座り込んで物乞いをしていた。
彼らはみんな、手足のどこかが白く染まっている。
スラムに住むのは、そのほとんどがラングロワ病にかかった人々だ。
彼らの生まれ故郷にも、王様にも見捨てられて、どこにも行くところがなくて。
それでも、誰かに縋るしかない人々だった。
彼らはじっと、わたし達の方を見ていた。
わたしが何をあげるのか、男の子が何を手にしたのか、一部始終を見ていた。
そうしてこの子がお金とか食べ物とか、何かしら価値があるものを受け取ったなら、彼らは後でこの子を襲って、手に入れたものを奪うのだ。
それは、生きるか死ぬかの闘争だった。
彼らには救済法も救いの手もなく、王都の住人から蔑まれて疎まれて、わずかに与えられる慈悲に頼って生きていくしかなかった。
とても小さなパイを巡って、お互いに争うしかないのだ。
(ごめんなさい……)
と、わたしは心の中で謝った。
わたしには、こんなにたくさんの人を助ける力がなかった。
せいぜいが、ちょっとした食べ物をあげるくらいしかできない。
アンジェラやイザベラのように、たまたま縁を結んだ何人かの子供を、助けるくらいしかできない。
(でもいつか……)
と、わたしは願う。
もっともっと強くなって、みんなを救えるようになりたい、と願った。




