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56.ヘッドハント

「おおーー! すっごーい!」

 わたしは歓声を上げて、切り替わった景色を見回した。

 転移魔法を使ったのは、生まれて初めての経験だった。

 周囲が強い光に包まれたかと思うと、宿場町の景色が一瞬で消え去り、目の前に巨大な都市が現れたのだ。

 正確には、都市が出てきたんじゃなくて、わたしが都市の前に出ていた。


 眼下に広がる巨大な街並みを持つのは、王都ゴルドニア。


 国名と同じ名を持つ王都は、人口五十万を誇るゴルドニア王国最大の都市、だった。

 都市の隅々まで広い道路が整備され、石とレンガで築かれた家が整然と立ち並んでいる。

 近くを流れる複数の川から水道も引かれていて、都市に住む人々の飲み水を賄っている。さらに地下には下水道が迷路のように張り巡らされており、人々の暮らしや街並みを清潔に保っている。

 これだけの規模の大都市に上下水道が完備されているのは、大陸東部の国々でもここだけなのだ。

そして……

 王都の中心にあるのは、ゴルドニア王家が住まう王宮だった。

 遠目にも分かるほど高い尖塔を中心に、翼を広げて天に舞い上がる鳥のような優雅なフォルム。

 白地に金銀で装飾された巨大な宮殿は、訪れた旅人全てを魅了する、王国自慢の建造物だった。

「ひとまず王都郊外の丘を目標にした。ここからなら、徒歩でも大して時間はかからぬであろう」

 コンラッドさんの言葉通り、わたし達は草原の丘の上に立っていた。

 目の前に王都の街並みが見えるから、朝のうちには南門へとたどり着けるだろう。

「ありがとうございます! とっても助かりました!」

 わたしはコンラッドさんの手を取り、お礼を言った。

 感謝してもしきれないほどだった。

 歩いて四日もかかる距離を一瞬で移動させてもらって、しかも門の封鎖に間に合ったのだから。

「それじゃ、わたし達はこれで……」

 アレクと目配せして、コンラッドさんとクララさんに別れを告げようとしたのに。

 金髪のおじさんは、わたしの手を放してくれなかった。

「えーっと……」

「ところで、ひとつ相談なのだが」

 戸惑うわたしに、コンラッドさんはそう切り出してきた。

「もし、おぬしが良ければ、我輩の部下にならぬか?」

「はい?」

 目が、点になった。

 わたしが、【銀の弾丸】(シルベル・バレット)の隊員に?

 そんなの、想像もしてなかったことだった。

「おぬしはおそらく、並みの隊員よりも強い。しかも利他的な思考の持ち主だ。そういう素晴らしい才能をこのまま埋もれてさせてしまうのは、あまりにも惜しい」

「それいいですねぇ。ちょうど今、何人か欠員が出てるんです」

 コンラッドさんの提案に、クララさんまでもが理解を示した。

「【銀の弾丸】は国家臣民のために尽くす、素晴らしい仕事なのだ! 我輩のような熱く良き仲間と共に! 力なき人々を守り抜き! やりがいのある任務をこなし! ほまれ高き栄光の日々が過ごせる! かつてはアレクサンダーも中隊長としてざいせ……もごっ」

 声高に演説していたコンラッドさんの口を、アレクが強引にふさいだ。

「そうなんですね」

 と、わたしはなんだか納得した。

 彼が国家警察のエリートだったのなら、マグリット・ライフルとかの銃器の扱いに慣れていて当然なのだ。

「あー……こほん。もちろん、隊員には十分な俸給も出る。そうだな、おぬしなら……」

 とコンラッドさんが示した額は、平民の年収の数倍だった。

 もちろん、わたしが見たこともない金額で、村のみんなに聞かせたらひっくり返るほどの額だった。

 でも、わたしがなりたいのは、それ、ではなかった。

「えっと、わたしは……その」

「むむっ、足りぬのか!? ならば我が所領より、追加で同額を出そうではないか!」

 わたしが断ろうとしていると、いきなりお給料が倍になった。

 たぶん、ほんの数年がんばるだけで、一生遊んで暮らせるくらいの額だった。

「だーかーらー、お金の問題じゃなくて!」

 その誘惑を振り解くように、わたしは頭を振った。

「わたしは、隊員にはなりません!」

「なぜだ!?」

 硬い岩盤のようなわたしの決意表明に、コンラッドさんは愕然とした叫びを上げた。

「我ら【銀の弾丸】の隊員になれば、魔鉱石も魔装具も自由に使えるようになる! 魔力も魔法も思いのままなのだぞ!」

「うっ……!」

 わたしの決心が、揺らいだ。

 魔法が自由に使えるってのは、とてつもなく魅力的だった。

 一部の人しか使えない魔鉱石をもらえたなら、父さんの魔法だって使えるようになるかもしれない。

 それに、もうこれ以上、魔力不足で苦しまなくて済むのだ。

「そうなれば、おぬしのつたない治癒魔法であろうとも世のため人のため、大いに活用できるようになる!」

「うぐっ」

 気にしていることを突っ込まれて、わたしは言葉に詰まった。

(どうせわたしは魔法が下手ですよ……)

 いじけそうになるのを何とか堪えて、その場に踏みとどまって言い返す。

「わたしはっ、王様の召使いになってまで、魔法は使いたくないんですっ!」

 無実の両親に罪を着せた張本人に、なぜ頭を下げなければならないのか。

 その事実を思い返して、揺らいだ決心を立て直した。

「そうか……おぬしは……」

 何かに気付いたように、コンラッドさんは呟いた。

「グリミナなのだろう」

「……っ!」

 隠していたことを言い当てられて、わたしは息を呑んだ。

 因子は読まれてないはずなのに。

「お前なあ……」

 わたしの態度を見ていたアレクは、盛大なため息をついた。

「そんなのにあっさり引っ掛かるなよ。ニコラスがお前のことを知っているはずないだろう?」

「そ、そーなの?」

 わたしは反省しつつ二人に聞いた。

 ただ単に、カマをかけられただけなのだろう。

「それならば、おぬしのその枷を外すよう、王権にかけ合おう。民に尽くしてくれる人物に、そのような制約は失礼というものだ」

「うぐあぁっ!」

 わたしは両手で頭を抱えて、天を仰いだ。

 なぜそこまでして、この人はわたしの決意を揺るがそうと、夢を打ち砕こうとするのか。

 グリミナの枷を外す儀式の噂は聞いたことがある。

 国家に尽力したグリミナに対して与えられる、褒賞のようなものなのだ。

 それもまた、ものすごーく魅力的だった。

 明日にも奴隷にされるかもと、怯える必要がなくなる。

 どこかに隠れ住む必要もなくなる。

 密かに誰かを治したからって、逃げ回る必要もなくなる。

 自分が成し遂げたことに対する賞賛と感謝を、素直に受けられるようになるのだ。

 でも……

「なんと言われようとも、そのお誘いは受けません!」

 どんなに難しくても、誰がどう言おうと。

 王様なんかに頼らない。

 ぜったい、自分の力で母さんもアレクも治してみせる。

 ラングロワ病を克服してみせる。

 母さんを治せるのは、わたししかいないのだ。

「わたしがなりたいのは、治癒術師なんだから!」

 その決意を胸に、わたしは声の限りに宣言した。

「そう、なのか……」

 頭をかきかき、コンラッドさんは呻いた。

 とても残念そうに、無念そうに、肩を落としていた。

「おぬしは術師よりも警官や軍人の方が向いていると、我輩は思うのだが……」

「やりたいこととできることが違うんだから、仕方ないじゃないか。諦めろ」

「何それ! ひっどーい!」

 落ち込んだコンラッドさんを慰めるアレクに、わたしは両手を振り回して抗議した。

 たとえそれが事実だとしても、わざわざ言わなくてもいいと思う。

 まったく……

 ダリルさんもアレクもコンラッドさんもそうだけど。

 どうしてみんな、わたしがなりたいものと違う方へ違う方へと誘うのか?


 納得いかない……

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