55.封鎖を抜ける方法
わたし達の様子がおかしいことに、気付いたのかもしれない。
「実は……」
と、わたしはさっきまでのことを、アレクに話した。
彼が出てきてくれても、状況は変わらない。
戦えばどうにかなる問題じゃあないのだから。
「そう、か……」
わたしの話を聞いたアレクは、少し考えるそぶりをした。
困っているようにも見えない。
彼には何か、考えがあるのだろうか?
「なあ、ニコラス」
しばらくの間を置いてから、アレクはいきなりコンラッドさんに話しかけた。
「おぬし……は?」
突然呼び捨てにされて、コンラッドさんは警戒の色を見せた。
クララさんも自分の武器……身の丈ほどもある大型ライフルを手に取り、いつでも発砲できる態勢を取った。
「お前たちが使った転移魔法に、俺たちを混ぜてくれないか?」
「な……に?」
堂々と大胆な要求をしてくるアレクに、コンラッドさんは困惑の表情を浮かべた。
アレクぅ……昨日一緒に戦った人とはいえ、いくらなんでも馴れ馴れしすぎると思うよ。
「そのケガでは、お前も王都に戻る必要があるだろう。そのついでに俺たちも運んで欲しいんだ」
彼の言う通り、コンラッドさんの傷は【銀の弾丸】の衛生兵ですら治せなかった。
治癒魔法による細胞の再生を、受け付けないのだ。
ただれた傷からは今も出血が続いていて、このまま放置もできないから、王都のような大都市に戻って、本格的な治療を受ける必要があるだろう。
でもだからって、わたし達を一緒に運んでくれるわけがない。
「いくら頼まれようとも、そんなことはできぬ。貴重な転移魔装具を、目的外に使うなど……」
「頼む。俺とお前のよしみだろう」
きっぱりと断って来たコンラッドさんに、彼は自分の顔を近づけて見せた。
「おぬしと我輩によしみなど……」
訝しげにその顔を覗き込んだコンラッドさんは。
何かに気付いたように、何度も瞬きした。
「お、おぬし、は……!」
コンラッドさんは顎が外れそうなほど口をあんぐりと開け、まさにお化けでも見たような顔をしていた。
「アレクサンダー……か……?」
「そうだ。久しぶりだな、ニコラス」
「生きて、おったのだな……」
「何度か死にかけたが、どうにかこうにかってところだよ」
感慨深げなコンラッドさんに、アレクは肩をすくめて答えた。
「おぬしには、今も国家反逆の咎で逮捕状が出ている。本来であれば、我々の前に出るべきでは……」
「お前は俺を、奴らの所に連れ戻すか?」
「いや。我輩はつまらぬ権力争いに加担するつもりはない。が……」
コンラッドさんは直立の姿勢を取り、やたらとかしこまった態度で、アレクに応えていた。
「おぬしは王都に近づかない方がよいだろう」
「今の俺は彼女の護衛だ。その仕事を放り出して逃げるわけにはいかない」
コンラッドさんはアレクが指さした先……つまりわたしを、穴が開くくらいじっと見つめてきた。
「彼女にはちょっとした事情があって、どうしても王都に行く必要があるんだよ」
「ふむ……」
「ほんとに、大丈夫なの? アレクが捕まっちゃったらわたし……」
沈黙して考え込み始めたコンラッドさんを見て、わたしは不安に駆られてきた。
父さんみたいに、牢獄に囚われた彼を助け出せる自信は、なかった。
「心配するな。俺には【魔鎧】があるから、どんな状況だろうと切り抜けられる」
わたしを安心させるように、アレクは力強く拳を握って見せた。
「いや、それが一番不安なんだけど……」
あれを使えば、確実にアレクの命を削り取る。
そんな魔法をむやみに使って欲しくはなかった。
「お前の魔法があれば、何とかできるだろう? 俺はそんなに心配してないんだが……」
「アレクサンダーは、少し、変わったかな?」
わたし達のやり取りを見ていたコンラッドさんが、感慨深げに言った。
「そうか?」
「ああ。以前は大変やさぐれていて、なかなかに話しにくかった覚えがある」
昔を思い出しているのか、アレクは首をかしげて考えてから。
「そうなのか?」
とわたしにまで聞いてきた。
いや、以前のあなたは知らないし……とは思ったけど。
「まあ、そうかも。初めて会った時は、自殺する場所を探しているみたいだったもん」
「あー、分かるとも。昔のこやつは、常に死にたがっておったから」
「でしょう? 生きてても仕方ない、っていう空気がちょっとひどかったです」
「ほほぅ。なかなか鋭いところを……」
「お前らなぁ……」
うんうんと頷き合うわたし達を見て、アレクは盛大なため息をついた。
「まあ、認めるさ。以前よりは、いくらか考え方が柔軟になったと思う」
「それは良きこと……だな」
そんな感想を漏らしたコンラッドさんは、とても嬉しそうだった。
「困難は人を成長させるというが、正に今のおぬしがそうだろう」
「そう、だな。こいつのおかげでいろいろ巻き込まれたが、王都にいたら見えないものが見えてきた気がする」
苦笑まじりのアレクは、またもわたしを指さした。
そりゃあね。国軍兵と戦ったり精霊王と戦ったりなんて、王都にいれば体験できないことだろう。
「そのせいか、今はすごく生きたいと思っている」
そうかそうかと同意したコンラッドさんは、さらに何か言いたそうだったけど。
「とにかく、だ」
と言って、後に続けようとしたコンラッドさんの言葉を、アレクは無理やり叩き切った。
「俺達は王都ゴルドニアに行かねばならない。だから」
「いいだろう」
と、コンラッドさんは言ってくれた。
「おぬしの頼みとあらば、断るわけにはいくまい。転移魔装具の使用を許可しよう」




