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52.殴るべき人々

 館の前に集まった魔獣の群れを倒した後は、ほとんど掃討戦に近い状態だった。

 わたし達三人で、魔獣を次々と撃破していったのだ。

 アレクが魔力探知で敵を見つけ出し、わたしとおじさんとで仕留める。

 突撃するわたしの背中をアレクが守ってくれるから、わたしは思う存分戦えた。

 そうして日が暮れて暗くなるころには、魔力探知で探しても新たな魔獣を見つけられなくなっていた。

 敵を全滅させると同時に、町を囲んでいた魔法の炎も消えた。

 わたし達でぐるっと町を一周して安全を確認してからも、アレクは周囲を警戒すると言い残して、どこかに行ってしまった。

 戦闘中も終了後も、アレクはおじさんからなるべく離れるようにしていたから、ひょっとすると顔を合わせたくなかったのかもしれない。

 その後で、町長さんの館に立てこもっていた人達に外へと出てもらった。

 町の人やわたしのような旅人など、数百人の人々が、大きな館の中に逃げ込んでいた。

 みんな焼き尽くされた町の惨状を目の当たりにして落胆し、それでも口々に無事を喜び合っていた。

 生きていさえすれば、失くしたものを取り戻すことだってできるもんね。

 みんなが行方不明者の捜索と、騒ぎの後片付けのために方々に散っていった。

 館の前に残ったのは、怪我で歩くのもままならない人たちで、わたしと一緒に戦ったおじさんもそのうちの一人だった。

「怪我は、大丈夫なの?」

 と、わたしはおじさんに聞いた。

「この程度、怪我のうちにも入らんよ」

 自分のシャツを切り裂いて傷口に巻き、自分で応急処置を済ませていたおじさんは、まさに元気そのものだった。

 正直、治癒術師としてのわたしの出番はなかった……

 魔獣に噛みつかれたらしいわき腹の傷は、普通の裂傷ではなかったから。

 皮膚が溶けてただれて、黒く変色していたのだ。

 毒なのか酸なのか、あの魔獣の唾液には、人に悪影響を及ぼす物質が含まれていたのかもしれない。

(草とか土も溶けてた……よね)

 それはわたし自身、戦闘中に目撃したことでもあった。

 初級魔法の【再生】(リジェネイド)では治せるはずもなく、本職のヒーラーが来てくれるのを待つしかなかった。

「結局、あいつらは何だったんだろうね?」

 わたしはおじさんに、ずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。

 体毛のない一つ目魔獣なんて、話にも聞いたことがなかった。

 しかも奴らは、倒してしばらく経つと、消滅してしまうのだ。

 死骸どころか骨の欠片も残さず消えてしまうから、その正体を調べようもなかった。

「おそらく、召喚獣の類いなのだろう。ここではない世界の住人を、何らかの手段で呼び寄せたのだ」

「やっぱり、そうなのかぁ……」

 おじさんの推測に、わたしも同意した。

 召喚獣とは、精霊に近い生命の総称だ。

 例えば、精霊界に住まうノームやシルフは、召喚術師の声でこちらの世界に呼び出され、その力の一部を行使しているのだ。

 もし彼らを倒したとしても、元の世界へと還るだけで、精霊たちが死んだりはしない。

 それと同じで、あの魔獣もここではない世界から、誰かに呼び出されたのかもしれない。

「町長からの緊急通報を受けて、我輩が先行して駆け付けた時には、すでに町全体が魔獣の餌食となっていた。奴らをあれだけ早く展開させるためには、町の中で一気に呼び出したと考えた方がいいだろう」

「こわっ……」

 わたしは背筋が寒くなるのを感じた。

 あれだけの数の魔獣を、誰にも気づかれずに呼び出せるのだ。

 他の町や、下手をすれば王都でだって、同じことができるかもしれない。

「そんなに心配せずともよい。我輩の部下がもう間もなく到着する。我が部隊の総力を挙げて犯人を見つけてみせる」

 と、おじさんが自信満々に宣言した時だった。

「これは、何事か!」

 という叫びが、館の前庭に響き渡った。

 声のした方を見ると、黒い制服を着込んだ二十人ほどの集団が、ずかずかと近づいて来ていた。

(また面倒なのが……)

 と、わたしは思った。

 その集団は、国家警察の警官たちだった。

 魔獣の襲撃が起きてすぐ、逃げ出した連中だった。

 わたし達が戦っている間も、どこにも姿がなかった者どもだった。

 この騒ぎが収まったのを知って、逃亡先から舞い戻って来たのだろう。

「いいか! 現場の維持と調査が最優先事項である!」

 集団の先頭に立つ男が、甲高い声を上げた。

 そいつの制服の肩には、星が三つ入った肩章があった。

 それは国家警察において支部長クラスを示すもので、彼がここの責任者なのだろう。

「よって現時刻をもって、町全体を封鎖する!」

 でたらめなことを言い放つ支部長は、枯れ枝のような細い身体をしていて、戦闘訓練なんて受けたことがなさそうだった。

 顎が小さく逆三角形の顔をしていて、細い目と眉を吊り上げ、薄い唇をめいっぱい開けて唾を飛ばして喚き散らしている。

「これ以降、我々の許可なく現場に立ち入ることはご法度である! 直ちに町の外へ退去せよ!」

(勝手なことを!)

 その物言いに、わたしは腹の底から頭に来た。

 みんなは懸命に、行方不明の人の捜索と、怪我をした人の救助をしているのだ。

 それを全部止めて町から出ていけなんて、でたらめにもほどがある。

「あれが、あなたのお仲間なの?」

「冗談ではないぞ。誇り高き我が部隊員を、あのような者どもと一緒にするな」

 わたしの言葉にムッとしたおじさんも、警官隊の動向を見つめていた。

 上司の指示を受けた警官たち町へと散っていき、一部の者は庭で横たわっていた人や付き添っていた人を追い立て始めた。

 傷付いた町の人たちは文句も言わず、のろのろと立ち上がっていた。

 ここで歯向かったら間違いなく逮捕されるし、後々目を付けられる。

 最悪、【虜囚】(グリミナ)にされてしまうかもしれないから、大人しく従っていた方がいいと考えているのだろう。

 部下の働きに満足そうに頷いていた支部長が、次にターゲットに選んだのは……

「そこの貴様!」


 わたし、だった。


 華奢な肩を怒らせ、地面を踏みしめるようにしてこっちへやって来る。

 わたしが彼らをずっと睨んでいたから、さすがに気付かれたのかもしれない。

「貴様、この町の者ではないな?」

 支部長は手にした短身銃盾(バイオン)の銃口を突き付けて聞いてきた。

 バイオンの見た目は片手で扱えるほどの小型の銃で、実弾の発砲と、捕縛用魔法【拿捕網】(コルレジオ)、それに個人用の【輝く盾】(グラン・シルト)を扱える魔装具だった。

 自分の前面に盾を展開して防御ができて、必要に応じて反撃と捕獲もできるという、警官のように誰かを制圧や逮捕をする仕事には、うってつけの武器。

「そうです。王都に行く途中で、ここには今日の宿を取ろうと思って立ち寄りました」

 わたしは努めて冷静に、本当のことを言った。

 内心、こいつをぶん殴ってやりたくてたまらなかったけど、後ろに組んだ手を握り締めて我慢していた。

「貴様はいつ、町に入った? 異変が起きる前に、貴様のような女はいなかったはずだ」

 何か確信を持って、支部長はわたしに尋ねているようだった。

 国家警察は、宿場町に出入りする人を常にチェックしているから、どんな人間が町に滞在しているかを把握している。

 そのリストにわたしが載ってないことを知っていて、こういう質問をしてきているのだ。

「……魔獣が、現れた後です」

 とても、嫌な予感がした。

 警官は起きた事件の犯人を捜すのが仕事で、彼はわたしに武器を突き付けながら尋問じみたことをしているのだ。

「ほう……どうやって、町に入ったのだ?」

「それは、炎を飛び越えて」

 とだけ、わたしは言った。

 【防護の指輪】(ヴァルト・リング)のことは言いたくなかった。

 両親からの大切な贈り物を詮索されたり、没収されたりしたくなかったのだ。

「そうか、そう、かぁ」

 わたしの返答を聞いて、逆三角形の顔が不気味に歪んだ。

 細い目を見開き、口角をひずませたその顔が、満面の笑顔だと気付くのにしばらくかかった。

「語るに落ちたな! 空まで覆った炎を、どうやって越えてきたのだ!? 【輝く盾】でさえ、あの火は防げなかったのだぞ!」

 支部長は唾を飛ばしながら、わたしを糾弾してくる。

「あの炎も魔獣も、貴様が呼び出したのであろう! 町を焼き尽くした火炎を受けても無傷など、どう考えても奴らの仲間に違いない!」

 周囲にいる町の人達も、彼の主張を無言で見つめていた。

 その方がいいと、わたしは思った。

 わたしが戦っていたのを目撃したのは限られた人だけだろうし、ここでわたしを庇ったところで、良いことなんてないのだ。

「もはや裁判も不要! 私がこの場で裁いてくれる!」

 不快な笑みを浮かべる支部長は、バイオンの引き金に指をかけた。

(ごめんね。アレク)

 わたしは、心の中で謝った。

 せっかく用意してくれた招待状を、無駄にしてしまうから。

 警官に面と向かって反抗すれば、この先、王都に入るどころの話ではなくなる。

 最悪、ウッドランド村にだって、戻れないかもしれない。

 騒ぎを起こすつもりなんて、欠片もなかったのに……

 でも、逮捕されたくないし、殺されたくもない。大切な指輪を奪われたくもない。

 だからわたしは静かに、戦闘準備を整えた。

 どんな距離だろうと、躱せる自信はあった。

 今なら手でバイオンの銃身を払って横に動き、そのまま逃げるか【輝く盾】を展開する前に急襲するか、どちらでも選べる。

 そう考えたわたしが手を出すよりも早く。

 今にもわたしを撃とうとする支部長に向かって動いたのは。

「この……」


 隣にいた、おじさんだった。


「痴れ者があ!」


 わたしを詰っていた支部長を、おじさんが殴り飛ばしたのだ。

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