50.魔獣の襲撃
次の日、やけに眠たそうなアレクを引き連れ、わたしは王都へと街道を歩いていた。
「まだ五日もかかるのか……」
「もっとしっかり寝なきゃダメだよー。王都までは遠いんだから」
あくびが止まらないアレクに、わたしは注意した。
「そう言われても……護衛が寝込んじゃマズいだろ」
と、眠そうな目をこすりながら、アレクは言い張った。
お金がない人の旅は基本的に徒歩だから、夜にはちゃんと休憩を取って、次の日の行程に影響が出ないようにしないといけないのだ。
途中で動けなくなっても助けてくれる人がいるとは限らないし、次の宿場町にたどり着く前に日が暮れたら、魔獣に襲われる危険もある。
だから、いつでもどこでも寝られるのは、旅人の必須スキルと言っていい。
「わたしなんて明かりを消したらすぐ眠れて、朝までぐっすりだったっていうのにー」
「いや、それもどうかと……」
とごにょごにょ呟くアレクに、わたしは聞いてみた。
「床に横になってはいたの?」
「そうだ」
「でも、寝てないんだよね」
「そうだ」
「それは、護衛が寝ちゃいけないと思ったから、なの?」
「……そうだ」
(なぜ、そこで目を逸らす?)
明らかに別のことを考えている彼を、もっと追及してやりたくてたまらなかった。
そうして、なんだかんだとアレクと話をしつつ、途中に道端で休憩を取りながら、同じように西を目指して歩いていった。
お日様が頭上を越えて、地平線へと沈みそうになったころ。
真っ赤に染まった、空を見た。
あれは……夕焼けなんかじゃない。
もっと禍々しい、血のような色をしていた。
さらに、何本もの揺らめく煙が空へとたなびいていた。
「町が燃えてる!」
大声で叫んだわたしは、全速力で駆け出した。
今晩泊まるつもりだった宿場町が、炎に包まれていたのだ。
町に近づくにつれて、不安が増していった。
ただの火事じゃない。
何十軒もある建物すべてが燃えているなんて、あまりにも不自然だった。
街の周囲を取り囲むように建てられている木製の柵も、そこかしこで破られていた。
こちら向きに倒れた柵は見上げるほど大きな紫色の炎を上げ、町と外とを隔てる新たな壁と化していた。
「これって……」
炎の色を見たわたしは、燃え盛る火炎に向けて手を伸ばした。
【防護壁】、起動。
わたしを守る不可視の壁を築き上げてから、思い切って。
炎の中に、手を突っ込んだ。
熱さは、感じなかった。
火の中に入れた手も、火傷は全くしてなかった。
わたしを守る壁に触れると、炎が消えたのだ。
間違いない。
これは、魔法の火だ。
爆炎魔法と同じ、魔力を糧にして発生した炎。
それを確信すると、わたしは精神を集中し、魔力を体内の隅々まで行き渡らせた。
速まる思考。
動体視力が上がり、普通は見えない素早い動きも捉えられるようになる。
増強されていく筋肉。
全身の皮膚が硬化し、鎧のような強さを得る。
全ての準備が整うと、わたしは両足に力を込めて。
炎の壁を突っ切った。
町の中は、家がそこかしこで燃え上がっていた。
崩れ落ちた建物を糧として、紫や赤や青や黄色など色とりどりの炎が天高く舞い踊っていた。
周囲を取り囲む灼熱の炎は、宿場町全体を鳥かごのように包み込んでいた。
その道端では、何人もの人が倒れ伏していて……
みんな、息をしていなかった。
炎に巻かれて死んだのでは、なかった。
全員、血にまみれて、鋭い牙で噛みつかれたような痕があったのだ。
何かに襲われ、命を落とした人々……
わたしには、どうしようもなかった。
死んだ人を助ける術はない。
ソニアさんでさえ、蘇生魔法なんて実現できないのだ。
「なんで警官が一人もいないのよ!」
わたしは思わず、大声で叫んだ。
宿場町には、小隊規模の警官が配備されているはずなのに。
住民を守るべき警察の姿が、どこにもなかったのだ。
倒れているのはみんな、どこにでもありそうな服を着込んだ町の人で、国家警察の黒い制服を着た人間は一人もいなかった。
生存者がいそうなところを目指して走ってるわたしの耳に。
「うぅ……」
という小さな呻きが届いた。
土煙を上げながら急ブレーキをかけて、わたしは崩れた家の影に倒れていた男性に駆け寄った。
「大丈夫!? 何があったの!?」
わたしは声をかけながら、素早くその人の状態を確かめた。
お腹の傷が深く、右太ももにも切り裂かれたような大きな裂傷があった。
とにかく【再生】をかけてお腹の傷を少しでも塞いで、それから止血薬を塗りたくって、出血を止めにかかった。
「分からない……」
と、男性は力なく首を振った。
「突然、町中に気味の悪い魔獣が出てきて……襲い掛かって……」
「警察は? 全滅したの?」
わたしの問いかけに、彼は低く笑った。
「警官どもは真っ先に逃げちまった……俺たちはとにかく町長のところへ避難しようと……」
彼が震える指で示した先に、頑丈な石造りの館があった。
「俺はいいから……あそこには妻と息子が……」
「分かったから。あなたはここで休んでて」
「頼む……あんた……あいつを、あの子を……」
気を失ったのか、男性はそれきり動かなくなった。
何とか止血はできたから、もうしばらくはもつと思う。
わたしの治癒魔法では応急手当がやっとで、こんなに深い傷を完治させられないから、救援が来てくれることを期待するしかなかった。
「とにかく、その魔獣とやらを止めないと!」
わたしは決意も新たに、生存者が避難しているという町長の館に向かって駆け出した。




