表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/98

5.逃げる患者の捕らえ方

 わたしは、少し離れたところにできた土の塊の方へと向かった。

 腰くらいの高さの山。

 わたしはそのてっぺんまで登ると、両手で苦労して掘り起こして。


 中に埋まっていた、アレクの身体を引っ張り出した。

 

 戦っていた土の精霊の手が崩れ落ちて、大量の土が覆いかぶさって来たらしいのだ。

「ケガは……ないよね?」

「げほっ! あ、ああ……なんとかな」

 アレクはむせて口の中にまで入り込んだ土を吐き捨て、服や身体に着いた土を払いながらやっとの思いで立ち上がった。

「お前……強いな……」

 彼は少し悔しそうに、それでも感心したように言ってくれた。

「まーねー。一応訓練は受けているし、これくらいは……だよ」

 と、わたしは軽い調子で返した。

 それに、ジェイクは明らかに手加減していた。

 【雷蛇】(ゲラウノス)も一本しか展開してないし、【氷棺】(グラリウム)の侵食速度も遅かった気がした。

 怪我をさせたくないと思ってくれたのか、顔見知りを攻撃するのにためらいがあったのかもしれない。

(……あまり深く考えないでおこうっと)

 あいつの優しさなんて考えるのもヤだし、無事に撃退できたのだから良しとしておけばいいかな。

 治癒術師としては、これから先も患者の治療ができれば十分な、の……

「って、どこ行くのよ!?」

 わたしはそう叫んで、ちょっとずつ距離を取ろうとしていたアレクの腕を取った。

 氷にように冷たく、石のように白く染まった腕を。

 今、確実に、間違いなく、わたしの前から逃げようとしてたよね!?

「俺はいろいろ理由あって追われているんだ。そんな奴に関わると、ロクなことはないぞ」

 引き留めるわたしを冷静に見下ろし、アレクは肩をすくめて見せた。

「それは……分かってるよ」

 と、わたしは言った。

 ジェイクが出てきた時、アレクは明らかに動揺していた。

 自分を捕まえに来た誰か、だと思ったのかもしれない。

「なら話は早い。その手を放してくれないか」

「でもっ、まだ治療が終わってないのに!」

 わたしは、腕にかけた手に力を込めて、彼を引き留めた。

 さっきの魔法は、応急処置に過ぎない。

 病気を完治させるには、父さんの治癒魔法を改良して、完成させないといけないのだ。

「治療なんかいらない。ラングロワ病にかかっていても生きてはいける」

 アレクは身体ごと自分の腕を振り、わたしの手を振り解いた。

 その真っ白な左腕は、彼の意思から切り離されていた。

 肘も手首も指も動かせなくて、石像のように白く固まっている。

 こんな状態の患者がどこかに行くなんて、わたしは絶対に許せなかった。

「ふざけたことを言わないで! 何も持たずに生きていけると思ってるの!?」

 食料も水もなくて、何日生きられると思っているのか。

 アレクは、街や村には入れない。

 この病気にかかった人を受け入れてくれるところなんて、わたしの村くらいなのだ。

 どこか他所に行っても、呪いを広めないよう石を投げられて追い出されるのが関の山だ。

「死んだらそれまでだ。人間は必ず死ぬし、それがいつかなんて大した問題じゃない」

 と、彼は投げやりに言った。

 達観したような、全てを諦めたような、乾いた声だった。

「そんなの嘘だよ!!」

 と、わたしが大声を上げると、アレクの肩がピクリと震えた、気がした。

「なぜ、わかる?」

 やっとわたしの目を見た彼は、眉を吊り上げて炎のような瞳で睨みつけてきた。

 でも……

 その態度は、虚勢にしか見えなかった。

 

 瞳の奥では、ひどく怯えているように見えたのだ。

 

 怖がっているのを隠したくて、怒りの炎を燃やしているにすぎない。

 あの子も、そうだった。

 必死に吠えて噛みつくのは、怖いからなのだ。

 ほんとは助けてほしいのに、他人に怯えているから、他人が恐ろしいから、懸命にやせ我慢しているんだ。

「死んでもいいと思っているなら、どうしてわたしの魔法を受け入れたの?」

「これは、お前が勝手に……」

「違うよ。そうじゃなくて」

 と、わたしは首を振って、アレクの反論を封じた。

「ラングロワ病じゃなくて、あなたの首の怪我を治した【再生】(リジェネイド)の方、だよ」

 首の出血は、浅くても致命傷になりかねない。

 頭を巡る血が少しでも減れば、あっという間に気を失い、そのまま死んでしまうこともある。

 だからわたしも、すぐに治そうと思ったのだ。

「いつ死んでも良かったなら、首の怪我なんて放置して、わたしの前から逃げたらよかったんだよ。なのになぜ、怪我を治してもらおうと思ったの?」

 わたしの問いに対するアレクの答えは。


 沈黙、だった。


 彼は顔をしかめて、とても痛そうな顔をしていた。

「あなたは死にたくなくて、誰かに捕まりたくなくて、ここまで逃げてきたんじゃないの?」

「それはっ……」

 とっさに反論しかけて、彼はまた口をつぐんだ。


 重い、沈黙が続いた。


 アレクは苦しそうに呻くような顔をして、口を閉ざしていた。

「もしそうなら、わたしに頼りなさい。わたしはあなたを治せるし、安全な水と食べ物も、安心して寝る場所も用意できるよ。それに、さっきみたいに戦うこともできるの」

 彼が決断しやすいように、わたしは自分が差し出せるものを示した。

「それでも、どうしてもアレクがどこかに行きたいと言うなら、病気が治ってからにすればいいんじゃない? そしたらどこにでも、好きなところに行けばいいと思うよ」

 そこまで言って、わたしは彼の左手を取った。

 両手でその手を包むと、氷のように冷たい感触がわたしの身体に流れてきた。

「だから、お願い……その病気が治るまででいいから、わたしの言うことを聞いてもらえないかな?」

 その氷を、凍り付いた彼の心を溶かしたくて、わたしは自分の思いをぶつけた。

 つないだ彼の手を通じて、わたしの思いが流れ込んでくれるよう、強く願った。

 

 わたし達は、長い間、見つめ合っていた。


 どちらも口を開かず、静かな時間が過ぎていった。

 わたしは彼の返事を、辛抱強く待った。

 こういう時は、無理やり言うことを聞かせようとしても無駄なのだ。

 彼の方から歩み寄ってもらわないと、治療も何もできない。

 やがて。

 根負けしたらしい彼は。


「助けて……欲しい……」


 と、消え入りそうな声で言ってくれた。

「このリース様に任せなさいっ」

 彼の返事を聞いて、わたしは飛び上がりそうなくらい嬉しかった。

 思わず頬が緩みそうになったけど、それは完璧に隠せたと思う。

 治癒術師(ヒーラー)は、ポーカーフェイスも大事、なのだ。

 わたしが浮かれてたら、患者さんに不安を与えてしまう。


 常に冷静に、自信を持って、治療に当たらないとねっ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ