47.帰還
「イザベラ!」
わたしが跳ね起きた時には、戦闘は終わっていた。
シルフの群れは姿を消して、地面に横たわった風龍様は、彫像のように動かなくなっていた。
「よう。起きたか」
傍らに腰を下ろしていたジェイクが、わたしに声をかけてきた。
彼も何か所かに怪我をしていて、腕や頭に赤黒い治癒魔法を受けた跡があった。
「あなたは、みんなは無事なの?」
「そう、だな。大半の奴がけが人だが、死にそうな奴はいない。今は治療の順番待ちだ」
顔を背けたジェイクが顎で指し示した先、風龍様の周りには、大勢の人がむき出しとなった土の上に寝かされていた。
その中にはダリルさんやアレクもいて、エミリーさんが回ってきてくれるのを待っているみたいだった。
「リースさぁん!」
と涙声でわたしに抱き着いてきたのは、アンジェラだった。
「無事でよかったです! ずっと起きないから、このまま死んじゃうのかと……」
「ごめんね。ちょっと時間がかかっちゃった」
えぐえぐと泣きじゃくるアンジェラの頭を撫でて、わたしは謝った。
空を見上げると、すでに日が傾き始めていた。
騒ぎが起きたのが朝方だったから、かなりの時間、向こうに行っていたのかも知れない。
「でも、イザベラを虐めてた奴はとっちめておいたから、もう大丈夫だよ」
そこまで言って、わたしは気付いた。
「イザベラは? どこにいるの?」
わたしの問いかけに、アンジェラは無言で首を振る。
ジェイクに視線を投げかけても、同じ反応が戻ってくるだけだった。
「俺にも分からん。風龍様の中から出てきたのは、お前だけだった」
「そんな……一緒に帰ってきたはずなのに……」
途方に暮れたようにわたしが呟いた時、だった。
地面に横たわっていた風龍様のお身体が、眩い光に包まれた。
わたしは手をかざして光を遮り、その向こう側をのぞき見ようとした。
新緑のような輝きの奥に、誰かの声を聞いた気がしたから。
「人間……よ……」
今度ははっきりと、重く静かな声がした。
「我を呼び覚まし者は、主らか……?」
「ヴァンドレイク……様?」
今度こそ、本物だと思った。
イザベラや、ましてやあの影とは、声の性質が全く違う。
今すぐ平伏したくなるような、まさに王たる存在の響きを持っていた。
「私どもが未熟ゆえ、あなた様の平穏を乱した非礼を、深くお詫びいたします」
「構わぬ。主らの働きのおかげで、我が盟友の血族を死なせずに済んだのだ」
ジェイクの謝罪に対しても、精霊様は鷹揚に答えると。
「その礼として、しばし力を貸してやろう」
眩い光体から、その一部が切り離され、輝く球体がジェイクの前へ差し出された。
「私めが受け取って、よろしいのですか?」
「それを判断するのは、今ではない。主が我が力に相応しくなければ、主の魂は我に飲み込まれて消滅する。ただ、それだけのことだ」
その物々しい警告にも関わらず。
ジェイクは何のためらいなく、輝く力の源を手に取った。
その直後。
光り輝く風龍様の身体に、新たな変化が起きた。
翡翠色の巨体が縮み、球形の光体へと変形したのだ。
巨大な光は、徐々にサイズを縮めて輝きを弱めていく。
それに合わせるように、光の球は手足を持つ人間へと形を変えていく。
やがて、煌めきが収まった跡には。
小柄な少女が、寝かされていた。
「イザベラ!」
と叫んだわたしよりも先に、友達の元へと駆け寄ったアンジェラが、彼女に抱き着いた。
「よがっだ! よがっだよょぉぉぉ……!」
あらゆる感情が解き放たれたように、アンジェラは声を上げて泣いている。
天を貫くようなその声が聞こえたのか……
友達の腕に包まれたイザベラが、うっすらと目を開けた。
「アン、ジェ……?」
「イザベラ……戻ってきてくれてありがとう! ほんとに……」
控えめな、とても小さな声を聞き、アンジェラは新たな涙を溢れさせた。
イザベラも、ギュッと抱き締める友達に応えるように、控えめに、彼女の身体に手を回す。
二人で抱き合い、涙を流して再会を喜び合うのを見て、わたしまでもらい泣きしてしまいそうだった。
「ほんと、頑張った甲斐があったよね……」
「んあ? まあ、そうだよな……」
目元を拭っていたわたしと目が合ったジェイクは、いきなりわたしに背を向けた。
「なによ? 文句でもあるの?」
「いいや。別にねえよ」
なぜかわたしと視線を合わせず、そっぽを向いたままの男はぶっきらぼうに言った。
「あるでしょ……絶対」
なんだか、色々台無しになった気がした。
アンジェラ達みたいに、上手くいった喜びを分かち合おうと思っていたのに……
「まさか、イザベラを罰しようなんて思ってないよね?」
「当たり前だろ。ンなことするか」
心外だと言わんばかりの口調で、ジェイクは断言した。
「だました奴が一番悪いんだ。ガキのちょっとしたしくじりくらい許してやるさ」
「そっか。ありがと」
わたしがお礼を言うと、そっぽを向いたままのジェイクは。
ちょっと強引に、わたしの手を握ってきた。
彼は、何も言わない。
わたしもまた、何も言わなかった。
余計な言葉は、いらない気がした。
優しく、力強く握り締める手から、彼の気持ちが流れてくる気がして。
わたしは、頬が緩んでしまった。
彼からの言葉は何もないけれど。
わたし達の間では、それで十分だと思った。




