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44.精霊王との死闘 その4

「まだなの!? もうできたんじゃないの!?」

 魔法式を展開したままのジェイクは、いまだに精霊様との接続ができてなかった。

「クッソ……扉が開かねえ!」

 拳を翡翠色の鱗に叩きつける彼の顔は、悔しさで真っ赤に染まっていた。

 中にいる奴の妨害と、戦場の喧騒とが重なって、上手く集中できないのかもしれない。

「何よ! ここまで来てできないとか言うつもり!?」

 わたしが挑発するように叫ぶと、幼馴染の男は憤怒の眼差しを向けてきた。

「俺だってやってるんだ! けど、開かねえんだよ!」

「つべこべ言うな! 弱音を吐くな! こういう時のために修行して来たんでしょ! 今頑張らなくてどうするのよ!」

 わたしはその場で旋回して、襲い来る風の精霊を踵で吹き飛ばす。

 精霊様は、ジェイクが何をしようとしているのか気付いてる。

 だからその眷属も、その脅威を排除しようと躍起になっているのだ。

 わたしに殴り飛ばされても、雷の蛇に食われても手を休めず、次から次へと執拗に襲い掛かってくる。

 ダメだ。

 武器がないと、アレクの援護があっても厳しい。

 打撃や蹴りではシルフを一撃で仕留められないから、群がってくる相手の数がどんどん増えてきてしまう。

「もうっ! きりがないじゃないかぁ!」

 と、わたしまで泣き言を言ってしまった。

 ジェイクが精霊様に接続できないのは、護衛のわたしが、シルフの攻勢を完全に防ぎ切れてないのも一因だった。

 精霊への呼びかけには、高い集中が必要なのだ。

 首を切り落とされそうになったり、胸に刃を突き立てられそうになったりしていては、まともな魔法式操作ができないのも当たり前だった。

 このままでは扉を開けられないまま、手数で押し切られる……

「リースさん! これを!」

 突然、足元から声がかかった。

 アンジェラの声がした方を見下ろすと、拘束された風龍様のすぐそばに立っていた少女が、何かを放り投げて来た。

 それは……


 なくしたはずの【炎の短剣】(フラムダガー)だった。


 爆風に巻き込まれて遠くに落ちた短剣を、アンジェラが拾って届けてくれたのだ。

 わたしだけでなく、接続を試みていたはずのジェイクまでが足元を見て、目を丸くしていた。

「ありがとう! 助かったよ!」

「どうかご武運を……!」

 と懸命に手を振っていた少女の身体が。


 再びかき消えた。


 アレクが放った【幻視弾】(ミラージュ)が、彼女の姿を消したのだ。

 きっとここまでも、わたし達みたいに姿を隠して近づいてきたのだろう

 でも、いくら気配を隠しているとはいえ、ここは無数の剣戟が繰り広げられ、死をもたらす魔法が飛び交う戦場なのだ。

 足がすくんで動けなくなってもおかしくない、はずなのに。

「あんな小さな子だって頑張ってるのよ! なのにあんた一人だけ、役割を果たせなくていいの!?」

 わたしが再びジェイクを叱咤すると、その顔が屈辱に歪んだ。

 それでもすぐ口を引き結び、決意に満ちた表情になった。

「やってやる! やってやるとも!」

「それでこそ召喚術師の鏡! 任せるから!」

 わたしは接続を再開した男の背中を叩き、激励する。

 その頭を刈ろうと飛んできた相手を、一刀のもとに切り伏せて。

(武器さえあれば、やれるっ)

 と、わたしは確信した。

 距離を保って撃たれる風魔法は、どれだけあろうと全て【防護壁】(ヴァルト)で無力化できる。

 切りかかって来る相手だけに、集中すればいいのだ。

 紅い刃が煌めくたび、眷属の透けた身体が消滅する。

 魔力のこもった斬撃は、精霊の精神体ごと刈り取れていた。

 そうして一撃ごとに相手の数を減らし、ジェイクの邪魔をしようとするのを阻止。

 わたしとシルフ達とが切り結ぶたび、徐々に形勢が逆転していって。

 やがて。

 わたし達を中心とした、空白地帯ができていた。

 その静かなスペースの真ん中で、魔法式の展開が早まって。

 ジェイクが龍の背に付けた手元に黄色い光が灯り、その輝きが増していき。


 急速に、魔力が高まるのが感じられた。


「できる、できるよ! あなたならできる! だから死ぬ気でやりなさいよ!」

 極限まで集中した男に届くかどうか分からなくても、わたしは声援を送った。

 治癒術師と召喚術師。

 道は違えども、ジェイクがわたし以上に、それこそ死に物狂いで修行を続けていたことは知っている。

 その成果が、今にも実を結ぼうとしている。

 もうまさに、扉を開こうとした直前。


 魔法式が、揺らいだ。


 誰かが、扉の内側から、強引に鍵をかけたのだ。

 精緻に作り上げられた魔法式がかすみ、集めた魔力が霧散し始め、遠のいていく。

「しっかりして! あんなクズに負けるなバカ!」

「俺をぉ!」

 叫んだジェイクは翡翠色の背に拳を叩きつけ、鱗の奥にある何かを掴み取った。

「なめんなああぁぁ!」

 掴んだそれを力任せに引き寄せて、かけられていた鍵を粉砕。

 すると……

 わたしの足元に。

 黒い渦を巻く穴が生まれた。


 扉が、開いた!

 

「やったぞ! 成功だ!」

「やったね!」

 わたしまで、涙が出そうだった。

 彼は生まれて初めて、ヴァンドレイク様とつながれたのだ。

 これまでの努力が報われて、本当に良かった。

「それじゃ、行ってくるから!」

 今度は、わたしの番だ。

 開いた扉の中央に立ち、その奥へと入っていく。

 まるで沼に沈み込むように、身体がゆっくりと中へと引き込まれていく。

「中には敵がいるんだぞ! 気を抜くなよ!」

「あったり前でしょー! ここまで来て負けたりしないよ!」

 当然の警告を発するジェイクの声を受けながら。

 わたしは扉の中へと入っていった。


 イザベラと、話をするために。

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