41.精霊王との死闘 その1
「クソったれが! 結局、お前のせいでとんでもないことになったじゃねえか!」
わたしに駆け寄ってきたジェイクが、わたしの胸ぐらをつかんで詰った。
「そうだね。ごめん……」
わたしは、彼の非難を真正面から受け止めた。
イザベラに、精霊様の存在を見せたのはわたし。
精霊様への呼びかけ方を教えたのはわたし。
彼女にきっかけを与えたのはわたし。
全部、わたしが悪いのだから。
「……謝って済む話かよ」
反論されると思っていたのか、どこか拍子抜けしたような幼馴染は追及の手を緩め、わたしから手を放してくれた。
「リースとの話は、後でゆっくりすればいい。ともかく今は、精霊様を鎮めなくてはならない」
息子の肩に手をかけ、なだめたのは村長さんだった。
「ダリルとて、風龍様を一人で抑え続けるのは不可能だろう」
村長さんの言葉通り、わたし達の背後では、風龍様とダリルさんとの激しい戦闘が繰り広げられていた。
翼から放たれる無数の風の刃をかいくぐって接近する師匠を、龍は大きく開けた口で迎撃。
大気がねじれる竜巻を口の中に生じさせ、相手の接触を阻止。
龍は首をねじって竜巻を連発し、広範囲に損害を与えていった。
たくさんの木々がなぎ倒され、草に覆われた地面がえぐられ、豊かな森が瞬く間に荒野へと変貌していく。
風の嵐の間隙をつき、一太刀浴びせようと煌めくダリルさんの刃。
翡翠の鱗を切り裂く一撃を、龍は翼の一打ちで空高く跳躍して逃れる。
最高点から巨体が急降下して、四本の脚で踏みつけにかかる。
大地震のように揺れてひび割れる地面。
亀裂に足を取られまいとステップを踏みながら、ダリルさんが氷の刃で切りつける。
前脚にわずかに食い込んだ刃による傷口は浅く、すぐさまふさがっていく。
「ぬうっ。全く足りぬか!」
と愚痴るダリルさんに、龍は再び刃の雨を浴びせかけた。
わたしの師匠をもってしても、風龍様の攻撃をしのぐのがやっとで、まともな反撃を加えられる状態じゃなかった。
「イザベラって奴が生贄にされたのなら」
とジェイクが言った。
「半日もすれば、そいつの魂は尽きる。だからそれまで、防御に徹して時間さえ稼げば、そいつは自滅して精霊様は鎮まるはずだ」
「そんなのできない! できないよ!」
ジェイクの意見を、わたしは即座に拒否した。
生贄の魂を喰らいつくした精霊様は、こちらでの姿を維持できず、元の世界へと還っていく。
だがそれは、イザベラの死を意味する。
魂を失った人間が、生きていられるはずがないのだから。
「イザベラは、騙されただけなの! なのに見捨てて……死んでいいはずがないもん!」
「ならどうするてんだ!? とてもじゃないが、今の精霊様に、元の世界へ還っていただくなんてできっこないぞ!」
「それはっ……!」
ジェイクの言いたいことは分かる。
暴れる風龍様は、強すぎるのだ。
空を飛び、風魔法を連発し、巨体に見合わぬ速度を見せる。
巨大な身体の重みを生かした脚と尻尾の一撃は、魔力で強化したところで受けられない。
さらに、口から吐かれる【竜巻の息】は、鋼よりも硬いダリルさんの肉体をも切り裂いている。
わたしの【防護壁】でも、防ぎきれるか分からなかった。
あまりの力を前にして、自警団の人達はダリルさんとアレクの手助けもできなくて、ただ見ているしかできてなかった。
「風龍様に戻ってもらえないなら……」
悩みに悩みぬいていたわたしに。
瞬間、ひらめきが走った。
「イザベラを、こちらに呼び戻せばいいのよ!」
「もう手遅れに決まってるだろ! そいつの魂が残っているならともかく、精霊様と融合した奴を引き離すとか、そんなことが……」
「まだ、間に合います!」
それまで押し黙っていたアンジェラが、声の限りに叫んだ。
「今も、イザベラの声が、聞こえるんです! わたしには!」
胸に手を当て、涙を浮かべ、懸命に訴える。
友達の命が、自分の言葉にかかっていることを、彼女は理解していた。
「本当なんです! あの子の泣き声が、はっきり聞こえるんです!」
その訴えに目をパチクリさせたわたしは、ジェイクと顔を見合わせた。
彼は無言で首を振り、声なんて聞こえないと言っていた。
私だって、そうだった。
耳を澄まし、意識を集中させても、戦闘の轟音と風龍様の咆哮以外には、何も聞こえない。
「イザベラはまだ、生きています! だから……だから!」
否定的なわたし達を前にしても、アンジェラは怯まず懸命に訴えた。
「彼女の意見を、信じてみよう」
と、重苦しい空気を打ち破ったのは、村長さんだった。
「……冗談だろ?」
「本気、だとも」
と、村長さんは断言した。
「どのみち精霊様に半日も暴れられては、村の命運は間違いなく尽きる。ならば、彼女が生きている可能性に賭けてみるのもいいではないか」
村長さんの言った通り、翡翠色の龍はダリルさんの攻勢をものともせず、丘を下ろうとしていた。
より多くの人がいる、村の方へと向かおうとしているのだ。
このまま手をこまねいていては、村が壊滅的な被害を受ける。
食料の保管庫が壊され畑が跡形もなく踏み荒らされたら、数十日後に待っているのは悲惨な飢餓だった。
それを防ぐために、できることは一つだけだった。
「アンジェラ。お願いがあるの」
と、わたしは言った。
「あなたは、イザベラへの呼びかけを続けて。あなたとのつながりが、きっと彼女の自我を保つカギになるから」
「は、はいっ! 頑張ります!」
重要な役目を任されて、少女はちょっと身震いしながらも引き受けてくれた。
「それと……」
次にわたしが声をかけたのは。
「精霊様との対話を開く役目を、ジェイクに頼みたいの。いいかな?」
「なっ! 俺かよ!」
「もちろんだ。私もそのつもりだった」
わたしの提案に対する、ジェイクと村長さんの反応は真逆のものだった。
「私は、ここですべきことがある。お前の、召喚術師のすべきことは何だ?」
抗議しかけた自分の息子を、村長さんは正論で押し返した。
ジェイクはわたしと自分の父親とを交互に見て、逃げ道なんてないことに気付いたようで。
「……いいだろう。俺の実力を見せつけてやる」
彼は歯ぎしりしていそうな顔で、一番重要な役目を押し付けたわたしを睨みつけながらも、そう言った。




