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40.開戦

「うそ……」

 とイザベラは零した。

 信じがたいことを聞いて、信じたくないと思っているのだろう。

「そんなの、嘘!」

「ほんとのことだよ。それだけは、本当」

 声を荒げる少女に対して、わたしは足元に視線を落として答えた。

 あまりに悔しすぎて、胸の奥がぐちゃぐちゃで吐きそうだった。

 気付かなかった自分を、止められなかった自分を、引っ叩いてやりたかった。

「あなたが精霊様を召喚したのなら、あなたの身体が消えたりしない。精霊と共にあり、共に戦うのが、召喚術師(シャーマン)の本質なの」

 ジェイクがわたしと戦った時に土の精霊(ノーム)を呼び出しても、彼はきちんとその場にいた。

 呼びかけに応じた精霊様が自らの魔力を使ってお姿を見せたから、彼の身体も魂も必要としなかったのだ。

「でもあなたは、精霊様に呑み込まれてしまった。あなたの身体を……魔力を……魂を糧にして、精霊様はこの世界に顕現なされたの」

 イザベラは、召喚術師の才能があるんじゃない。

 もしそうなら、村長さんも彼女を放っておかなかっただろう。

「精霊召喚は、生贄を使うのが一番手っ取り早いの。生贄の肉体と魂を依り代として受肉させ、こちら側の世界での肉体にする。あなたはセルザムの人間によって生贄に、供物に選ばれただけ、なの」

 つらい現実を告げるのは、わたしも辛かった。

 正しい道を、彼女に示してあげたかった。

 なのにわたしは彼女に、破滅への道を教えてしまったのだ。

「うそ! そんなの、絶対うそ! だって私、ヴァンドレイク従えてる!」

「それはまだ、精霊様が完全に目覚めてないから、だよ。精霊召喚は、寝ている精霊様を呼び覚ますものだから」

「う……そ、だ……」

 呆然と呟いた龍が、その巨大な身体を震わせた。

 何かに気付いたようにあたりを見回し、そして足元にいる少女に眼を向けた。

「……違う。私、とも、だち……アンジェ……ころ、サ……ナイ」

 龍は両前脚で頭を抱え、もだえ苦しみ始めた。

 本来の呼び主が、イザベラに命令を下したのだ。

 アンジェラを、【虜囚】(グリミナ)を殺せと。

「イザベラ!」

 座り込んでいたアンジェラは跳ねるように立ち上がり、苦しむ友達の身体に縋りつく。

「ころス……ノ。ワタシ、ハムカ、ウモノ……ミンナ」

 龍の声がイザベラのものから変化して、地の底から這い出るような響きとなった。

 低く不気味なその声は人のものでも、ましてや穢れなき風の王のものではなかった。

「ソコノ……オマエ、カラ……ニ……」

 龍はゆるりと巨躯を起こし、ガラスのような瞳で、大切な友達を見下ろしていた。

 大きな双眸からはすでに意思の光が失われていて、ただ命令に従う自動人形のようだった。

 岩のような、巨大な前脚を上げ、その目標を設定。

「アンジェラ! 離れて!」

 わたしはとっさに駆け寄り、彼女に体当たりした。

 踏みつけようと落ちてきた前脚から、アンジェラを救い出す。

 背後で地面が陥没し、砕けた土や石が周囲に飛び散り、あたりの木々をなぎ倒す。

「ジャマ、スルナ!」

 ヴァンドレイクは割り込んだわたしを見据えて、再び咆哮。


 敵意に満ちた雄叫びが、わたし達の全身をなぶる。


「なんだ!? 何があった!?」

「精霊様だと!?」

 村から続く道を登って、やっとここにたどり着いた村の人が、龍の巨体を目の当たりにして、驚愕の叫びを上げた。

「近づいちゃダメ! 危ないよ!」

 警告が、間に合わなかった。

 横なぎに払われた太く長い尻尾が何人かの人を巻き込み、重い一撃を受けた人達が吹き飛ばされる。

「リース! これは何事だ!?」

 と、叫んだのはダリルさんだった。

 暴風のような攻撃を受けてなお、その場に留まったおじいちゃんの背後には、アレクやジェイク、村長さん、団長をはじめとした自警団の面々もいた。

「イザベラが生贄にされたの! セルザムの誰かが精霊様を無理やり呼び出したのよ!」

「なんと! ならばっ!」

 その一言で全てを察したダリルさんが、氷の刃を持つ長剣を手に、龍の足元へと突撃。

 アレクもその後に続き、マグリット・ライフルによる援護射撃を開始。

 自警団の面々も各々の武器を構え、風龍様の反撃に備える。


 それが合図となって、戦端が開かれた。

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