4.召喚術師との戦い
わたしの合図と同時に、アレクは弾かれたように走り出した。
対峙した三人の真横、茂みの中を目指して。
その動きに反応して、前の二人がそちらに銃口を向けた。
わたしは向かって右側にいるバートに向けて駆けながら、手にした短剣を横薙ぎにふるった。
切っ先から数倍に伸びる深紅の刀身。
燃え盛る炎のような刃が前にいる二人の顔をかすめ。
「うわっ! こ、このっ!」
火傷しそうな程の熱気に集中力をそがれ、二人とも発砲どころではなくなった。
その隙に、わたしはさらに接近。
バートに手が届く距離まで近づいた。
「ビビってんじゃねえ! 馬鹿野郎が!」
その後ろに立つジェイクが、腰だめに構えたライフルを発砲。
魔鉱石により生み出された雷が火を噴いた。
本数は1。
マグリット・ライフルの【雷蛇】。
わたしはお腹のあたりに迫る雷の蛇を見て。
(これくらいなら、大丈夫)
と思い、一歩も退かなかった。
「ヴァルト!」
わたしの短い叫びと同時、右手の指輪から不可視の防壁が広がる。
強固な壁に激突した電の蛇が。
四方に飛散した。
電撃は、わたしに何の効果ももたらさなかった。
【防護の指輪】は、魔力を使った攻撃を防いでくれる魔装具なのだ。
上級魔法ですら防げる優れもので、中級魔法【雷蛇】なんかでは貫けない。
わたしはバラバラに散った電撃を潜り抜け、猟銃を持ったバートの前に立った。
ジェイクの護衛を早く仕留めないと、色々やっかいだった。
「ひっ! く、来るなっ!」
悲鳴を上げて向けられた銃身を、下から片手で跳ね上げた。
その衝撃で、銃が暴発。
鼓膜をつんざく爆音と、銃口からたなびく硝煙を片目にして。
わたしはバートの懐に飛び込み。
彼の顔を下からのぞき込んで。
「安らかに眠ってね」
と、満面の笑みを浮かべて。
渾身の力で突き上げた右拳が、彼の顎を打ち抜いた。
頭を揺すぶられたバートは、ゆっくりと、仰向けに昏倒。
わたしには、ダリルさん直伝の格闘術がある。
村の男なんかに負けるもんか。
一人目を仕留め、わたしはジェイクに向き直ろうとした。
その周囲を。
白く輝く、氷の檻が包み込んだ。
ジェイクが発砲した【氷棺】だ。
氷の檻は結晶を広げるように、四方からわたしへと白い手を伸ばしてきた。
凍える触手が手足に触れたら最後、体温を奪われ、あっという間に動けなくなる。
「なんの!」
わたしは起動した防壁の範囲を広げ、迫る白い触手の群れを、白い檻を押し返す。
ビキビキと音を立てて、わたしを取り囲んだ檻が膨らんでいき。
小さな破砕音を立てて、粉々に砕け散った。
「忌々しい盾だな!」
と、ジェイクは舌打ちしながら後ろに下がって距離を取る。
「ティム! お前が狙え!」
すぐさま後を追うわたしを止めようと、ジェイクは背後の仲間に声をかけた。
「させるかよ!」
叫んだアレクがティムに飛び掛かり、地面を転がりながらもみ合い始めた。
「ちっ、この……野郎!」
と呻くティムの手から、猟銃がこぼれ落ちた。
もうわたしを狙うどころではなく、自分の身を守るので精いっぱいだった。
お願いしてないことだったけど、助かった。
「あとはあんただけよ! 観念しなさい!」
「はっ! もう勝ったつもりかよ!?」
不利なはずのジェイクは、戦う意欲を捨てなかった。
あいつの威勢は、はったりじゃない。
ジェイクの本命は、マグリット・ライフルでも、取り巻きの二人でもない。
どれも、時間稼ぎの牽制に過ぎないのだ。
「さあ! 我が声に応えて出でよ!」
叫んだジェイクは後退するのを止め、身体の前で両手を組んだ。
まずい……もうすぐあいつの援軍が到着するのだ。
彼の呼びかけに応え、地面が大きく隆起した。
地中に潜んでいだモノが、顕現したのだ。
「何か来るぞ!」
上下を入れ替えながらの殴り合いを制し、ティムに馬乗りになったアレクが叫ぶ。
切羽詰まった警告を受け、わたしはとっさに空中へと飛び上がった。
地面から生えた何かが、わたしの足を掴み取ろうとしたのだ。
間に合わなかった。
ジェイクの本命が出て来た。
あいつの援軍は。
身の丈ほどもある、二対の手だった。
巨大な四本の腕が、地面から生まれたのだ。
土くれからできたそれらは、黒っぽい色をしていた。
草の生い茂る地面から生え出た太い腕。
厚ぼったい手のひら。
人間に近い関節を持つ三本の指。
鉤のように曲がった長い爪。
「な、なんだ!? こいつは?」
「土の精霊よ! ジェイクが呼び出したの!」
「あいつは召喚術師なのか!」
すぐ状況を理解したアレクは、自分を叩き潰そうとする手を、身をひるがえしてかわした。
「さあ、とっ捕まえろ!」
盟友たるジェイクの命令を受けて、二本の土の手が地面を揺るがせながらわたし達に迫る。
草むらの上を這う動きは恐ろしく俊敏で、わたしが着地すると同時に掴みかかって来る。
かぎ爪に囲まれ、逃げ道をふさがれたわたしは。
紅い刃を閃かせて、指の一本を切り落とした。
できた隙間に飛び込んだわたしの後ろで、切り落とされた指が崩れ落ちて、元の土へと還っていった。
土でできた指そのものは、硬くはなかった。
ノームの脅威は強度よりも、再生能力の高さにあるのだ。
事実、失くした指の切断面が、グネグネとうごめいたかと思うと。
指とかぎ爪とが再生されていった。
「とにかく離れて! 武器もないあなたじゃ、ノームとは戦えない!」
大木の幹の陰に隠れたわたしは、アレクに向かって叫んだ。
土でできた身体を殴ったり蹴ったりしても、何の効果もない。
腕も指も、材料はいくらでもあるから、再生なんてたやすいのだ。
土の精霊を元の世界に戻すには、呼び出した本人をどうにかする必要があった。
「逃がすわけねえだろ!」
ジェイクの命令に従って、腕が伸び、手首がひん曲がって、左右から幹の裏へと回り込んでくる。
「くっ!」
舌打ちしたわたしは上段から刃を振り下ろし、片側の三本の指を切断。
築いた退路に突っ込んで、振り回される指の隙間に飛び込む。
土の手と木の幹とがぶつかって生じた打撃音を聞きながら、召喚主へと向かう。
主を庇おうと、別の腕が立ちはだかる。
「邪魔よ!」
紅い刃を横薙ぎに払い、新たなノームを手首のあたりから切り捨てる。
巨大な手が後ろ倒しに崩れ落ち、腕だけになった精霊に手をかけて。
再生のために隆起し始める切断面に足をかけて。
手足に力を込めて身体を持ち上げ、土の壁を乗り越えた。
眼前に、腹立たしい男が突っ立っていた。
わたしは右足で地面を踏みしめ、最大加速。
ジェイクがライフルを構えるよりも早く。
ダガーの柄を両手で握り、切っ先を相手に向ける。
突進力を生かした短剣の刺突。
ゆっくりと、銃口がこちらに向けられ、引き金に指がかかっていくのが見えていた。
(こっちが先に!)
十分間に合う。
発砲される前に、こちらの刃が届く。
再び赤熱した刀身を手に、相手に向かって一直線に突進。
硬い感触が、両手に伝わってきた。
わたしの視界を、土色の壁が遮っていた。
「もらったぞ! リース!」
壁の向こう側から、勝ち誇ったジェイクの声がした。
瞬時に生まれたノームの壁が、炎の刃を受け止めていた。
壁の密度が増して、岩のように固くなり、めり込んだ刀身が引き抜けない。
あいつの確信を証明するように、復活した手が背後から迫った。
わたしを掴み取ろうと、圧し潰そうと、頭上から巨大な土の塊が降ってくる。
でも、勝ったのは……
「それはわたしの台詞よ!」
わたしの方だ。
「エクスプロード!」
わたしの叫びに応じて、ダガーの魔鉱石が反応。
土にめり込んだ短剣の刀身を中心に紅蓮の炎が生じて。
爆発的に広がった。
半球形に拡大した熱と衝撃とが、刀身を飲み込んだ土の壁を粉々に砕いた。
魔法の爆発はノームの壁に守られていたジェイクも飲み込み。
彼の身体を、はるか後方へとふっ飛ばした。
それは、わたしの切り札。
【炎の短剣】に込められた魔法、爆発系の中級魔法を発動したのだ。
指輪が瞬時に作った魔法の防壁が爆風を防いでくれたから、わたしにはかすり傷一つなかった。
今まさに覆いかぶさろうとしていた頭上の手は。
動きを止めていた。
爆風を受けて、すべての指を失った手のひらと太い腕。
指が再生することなく、本体もボロボロと崩れ落ち、一塊の土の山へと化した。
召喚主の力が失われた土の精霊が、この世界にとどまれなくなったのだ。
わたしは周りの安全を確かめてから。
後方の大木に叩きつけられ、その根元に倒れたジェイクに歩み寄った。
「おーい。生きてるー?」
彼の頬を軽く叩いてみると、かすかなうめき声が返って来た。
どうやら、意識はあるみたい。
脳震盪でも起こしているのか、しばらくは動くことも戦うことも、ましてや召喚なんてできそうになかった。
ついでにティムとバートの様子も見てみると、二人とも気絶したままようだった。
わたしは倒れた彼らを放っておいた。
このまま放置していても死にはしないし。
エイミーさんはわたしより腕のいい治癒術師だから、すぐ治せるよ、きっと。