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37.異変

 風龍(ヴァンドレイク)様の像の前で、精霊様との対話を果たして以来、イザベラの物腰が変わってきた。

「ねーねー、イザベラ。一度わたしに診察させてくれない?」

 アンジェラやイザベラと一緒に、風龍様の丘へと向かう道すがら、わたしがそうお願いすると。

「いらない、です」

 まるで叩き切るような、つっけんどんな物言いが返ってくるのは相変わらずだけど。

「だって私、どこも悪くない、です」

「悪くなくてもいいの。今のあなたの体調とかを知りたいの」

「知って、どうするです?」

 わたしと話そうと思ってもらえるくらいには、親しくなれたみたいだった。

 それに、口調に含まれるトゲが、柔らかくなってきた気がする。

 話しているうちにかすかな笑みを浮かべることもあって、それがまた身悶えするほど愛らしい。

 ぶっきらぼうな言葉の裏に秘められた魅力とのギャップがたまらなくて、イザベラとついつい話したくなってしまうのだ。

「あなたの体質とか普段の状態とかを知っておけば、どんな病気にかかりやすいか、どんな薬が必要か分かるでしょ? あなたに何かあっても、すぐ対処できるようになるってわけ」

 セルザム商会から保護した子供たちの中で、イザベラだけが頑なに診察を拒んでいた。

 単に治癒術師が嫌いなのか、それとも何か見せづらいものがあるのか、そのあたりも知っておきたかったのだ。

「そうだよ、イザベラ。リースさんに診てもらった方がいいよ。おかげで私もすっかり元気になったもの」

 傍らを歩くアンジェラが、わたしの援護をしてくれた。

 彼女は今日も、イザベラが仕立てた服を着ている。

 小さな花の刺繡をいくつかあしらった可愛らしい服で、昨日完成したばかりの新作なのだそうだ。

「私、元気だよ?」

「うん。私も変わるわけないって思ってたよ。でも違うの。リースさんの薬を飲むようになってから、もっともっと元気が出たの」

 自分の調子の良さを示すように、アンジェラは白い細腕に力こぶを作って見せた。

「そう……なの?」

「そうだよ! だからイザベラも診てもらったら? そうすればきっとパワーアップして、もっとたくさん、お洋服を作れるようにもなるから!」

「う、ん……」

 友達のお勧めを、イザベラは切り捨てなかった。

 いっぱい服が作れる、というフレーズに興味を抱いたようだった。

「アンジェラの言ってることは本当だよ。診察の間、あなたが嫌なことは絶対しないから、診るだけ診させてくれない?」

 ここがチャンスだと見たわたしは、小さな少女の手を握って懇願した。

「……」

 わたしを見つめ返したイザベラは一瞬、考えるそぶりを見せた。

 あと一押し。

「私も一緒にいるから。診察が怖いなら、抱っこしてあげてもいいから」

 アンジェラも迷う少女に迫り、優しく耳元に囁いた。

「あ、あぅ……」

 友達とわたしに二方向から迫られて、小さな少女はグルグル目を回していた。

 どうしたらいいのか、迷いに迷った果てに。

「今日のお祈り、終わった後、なら……」

「ほんと!? ありがとう!」

「でも、抱っこいらない。私、赤ちゃんじゃない」

 頬を膨らませて、イザベラは文句を言う。

 その表情があまりに可愛すぎて。

「うんうん。アンジェラには、隣に座ってもらおうね」

 思わず抱き締めたくなる衝動を抑え込むのに、とても苦労した。

 ここでそんなことをしたら、イザベラの気が変わってしまうかもだし……

「そうと決まれば、すぐ取り掛かりましょう!」

 喜び勇んだアンジェラが宣言するとほぼ同時に、坂道を登り切った。

 朝の爽やかな光が差し込む丘の上には、いつもと変わらぬお姿の石像があった。

 わたし達は、お掃除と精霊様へのお祈りをしに来たのだ。

 イザベラはヴァンドレイク様の像へ、毎日お祈りを捧げているらしい。

 アンジェラは必ず彼女と一緒に来ているみたいで、わたしも二人を見かけた時は付き合うようにしていた。

 そうして三人で石像の掃除をして、みんなで並んで膝をついて手を組み、静かに祈りを捧げた。

 風の加護への感謝と、これからもわたし達を見守っていてくださるようにと。

 わたしとアンジェラのお祈りが終わっても、イザベラはまだ目を閉じていた。

 両手を組んで頭を下げて、ただひたすら念じ続けていた。

 いつもそうなのだ。

 彼女は長い間、下手をすればお昼を過ぎても、風龍様への祈りをしていた。

 それこそ必死に、懸命に、死に物狂いで。

 その姿はまるで。

 祝福の儀式に臨んだわたしのようだった。

(そんなに、叶えたいことがあるのかな……?)

 わたしが昔の自分と、精霊様へ祈る少女とを重ね合わせていると。

 像の前に膝をついていたイザベラが。


 倒れた。


 前触れもなく、突然……


 前のめりになって、地面に倒れ伏したのだ。

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