33.虐げられた少女の夢
「リースさーん」
と村の外れを歩いていたわたしに声をかけてきたのは、水がいっぱい入った木のバケツを手にした、女の子の二人組だった。
わたしが助けた子供たちの中で一番年上の二人で、アンジェラとイザベラの二人。
黒髪をうなじが見えるくらい短くしていて、明るく快活な少女がアンジェラ。
背中までの髪をおさげにして、ちょっと陰があって静かな少女がイザベラ。
見た目も性格も対称的に見える二人だけど、気が合うのかしょっちゅう一緒にいるところを見かけていた。今日も二人そろって行動しているのだろう。
「リースさんは、どこかに出かけてたんですか?」
「薬草を採りに行った帰りだよ」
わたしは手にしたかごの中に入れた、色んな種類の草や木の実を見せた。
「あなたに飲んでもらう薬を作るためのものとか、傷薬のとか、色々と見つけたの」
ここ数日、子供たちの治療にかかりっきりだったから、薬品のストックが急に減ってしまっていた。その分を補充したくて、周りの森を歩き回っていたのだった。
「あんまり、きれいじゃないですね。それに匂いも……」
「そうだねぇ。もうちょっと綺麗な方がいいよねぇ」
鼻をつまんだアンジェラの感想に、わたしは同意した。
薬効のある草や実は、おおむね黒っぽかったり鼻につくにおいがしたりする。
それに味もイマイチだから、それらを元に作り上げた飲み薬は、苦かったり不味かったりと飲みにくいものが多い。
「あ、いえ。わたしは平気ですっ。どんな味でもどんとこい、ですから!」
手で薄い胸を叩いたアンジェラは、とても元気そうに見えた。
実際、身体の傷はすべて完治していて、後はラングロワ病を治すだけというところまで来ていた。
その病気が、一番の問題なのだけど。
彼女を治せるかどうかは、わたしの腕にかかっているのだった。
「アンジェラ……そろそろ……」
背後に隠れるようにしていたイザベラが、アンジェラの肩を突っついた。
イザベラは背が低く、華奢だった。
満足な食事を与えられない状態がずっと続いていたらしく、消化機能がとても低くなっていた。
なので、少しずつ体質の改善からしていく必要があって、ご飯をたくさん食べられるようになって、健康を取り戻すにはもうしばらくかかると思う。
「二人して、どこかに行くつもりだったの?」
「精霊様の像のお掃除と、お祈りをしに行くつもりです」
「それなら、一緒に行くよ」
アンジェラの返事を聞いて、わたしはイザベラが持っていた方のバケツを持った。
「そう言えば、グレンさんも感心してたよ。みんな働き者だって」
子供たちが村に来てから十日ほど経ち、治療もかなり進んでいた。
動けるようになった子の何人かは、身の回りのことや村の仕事のお手伝いを申し出てくれていた。
小さい子も洗濯くらいならできるし、昨日からはテントの代わりとなる家も建て始めたので、できるだけ手を貸して欲しいところだったのだ。
「ずっとお世話になりっぱなしというわけにはいきませんから、わたし達にできることからお手伝いしようって、イザベラと一緒にみんなと相談したんです」
と、アンジェラが言った。
彼女たちは、いつも率先して動いてくれていた。
初めて会った時も最初にわたしを信用してくれて、村への道中でも遅れそうな子を支えてくれて、とても助かっていた。
「偉いよねー。わたしなんかしょっちゅう逃げ出してたのに」
そんなことを話しつつ、風龍様の像が建てられた丘への道を歩いているうちに。
アンジェラの服が違うことに気付いた。
出会った時に着ていた袖なしのぼろではなく、村の女性が着ているような足首まであるガウンでもでもない。
きれいに洗われた布地に細かく糸を通して彼女の体形に合わせてあって、ささやかながらも明るい色の布飾りを付けている。
シンプルなのにどこか可愛らしさもあって、まるで都市の人が着ているようなドレスっぽい感じがした。
「これ、ですか? イザベラが仕立ててくれたんです」
アンジェラは服のスカート部分をつまんで、わたしに見せてくれた。
「上手だよね……わたしにはできないや……」
「イザベラは手先が器用なのか、お裁縫を教えてもらったらすぐできるようになったんです。それで、いただいたお洋服を直してたみたいで、これは彼女の第一号の作品なんですよ」
感心しきりのわたしに、アンジェラはその場でくるりと一回転した。
その動きに合わせて、足回りに余裕を持たせたスカートが、ふわりと舞い上がる。
「わたしはもう少し、動きやすい方がいいんです、けど」
「ダメ」
と、それまで黙っていたイザベラが口を挟んだ。
「アンジェ、可愛い服、似合うと思う」
「だけど、お仕事すると汚しちゃうし、足元だって涼しすぎるよ」
「それでも、ダメ。こういう方がいい」
「……これなんですよねー」
決して譲れない意思を込めた声を前にして、アンジェラは降参といった風情だった。
「そのうち、もっといっぱい作ってあげる」
「ありがと。でも、わたしだけじゃなくて、リースさんとか他の人にも作ってあげて欲しいな」
「そうだねー。イザベラは将来、お洋服屋さんを始めるといいと思うよ。きっと繁盛するから」
わたしの何気ない思い付きに、アンジェラはぽかんとした顔をして。
それからすぐ、顔を輝かせた。
「それ、いいよね。イザベラが作った服をわたしが売るの。そうすればあなたの才能が生かせるし、ずっと一緒にいられるもの」
「アンジェと、一緒に?」
「うん! 最初はウッドランド村や近くの街を回ってお洋服を売ってお金をためて、ゴルドニアか他の国でお店を出すの。あなたが店長さんでわたしが売子さんをすれば、きっと大勢のお客さんが来てくれるよ!」
「そう、かな?」
「そうだよ! あなたはきれいなお洋服が作れるし、わたしはいっぱい話せるから、絶対成功間違いなし!」
興奮気味のアンジェラが自分の考えを披露するのを、イザベラは噛み締めるように聞いていた。
やがて得心したのか、彼女はほんのわずかな笑顔を浮かべて。
「うん。できたらいいな」
「できるよ! わたし達二人でやれば!」
友達にそう言ってもらえて、アンジェラはより一層の笑顔になった。
それからも、まだ見ぬ将来のことを話す少女たちを、とても微笑ましく思った。
そして、二人の未来を。
絶対に守らなきゃと思った。
(そのためにも、ラングロワ病を克服しなきゃいけないよね!)
と、わたしは新たな決意を固めた。




