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3.わたしに反対する者達

「それじゃ、今から村に……」

 と、わたしが地面に落ちた短剣を拾い上げ、腰の鞘に差し直して、アレクにこれからのことを話そうとしていると。

 背後から、ガサガサと草を踏みしめ藪をかき分ける音がしてきた。

「こっちなのか?」

「確かこの辺りに……」

 という、複数の男性の声も聞こえてきた。

 しかもそれは、聞き覚えのある声だった。

 わたし達が声のする方を窺っていると、そんなに時間も置かずに。


 茂みの中から、三人の男が現れた。


「またお前かよ」

 と中央に立つ男が、出てくるなりそう言った。

 いつものように、嫌悪感丸出しの表情を浮かべて。

 彼の名はジェイク。

 ウッドランド村の村長の息子で、いつもわたしを敵視しているヤな奴だった。

 使い古された皮のズボンとブーツ、ブラウンのレザージャケットといった格好で、金属製のライフル銃を肩に担いている。

 それは、マグリット・ライフルと呼ばれる魔装具だった。

 銃身内に封じられた魔鉱石という核が持つ魔力を使って、様々な効果を持つ魔法を発射できるという代物だった。

 ゴルドニア国軍の正規兵も扱う武器で、殺傷能力は火薬を使う銃の比ではなかった。

 彼の背後に控えた取り巻きの2人、ティムとバートは猟師の息子で、手入れの行き届いた前装式の猟銃を両手に持っていた。

 そんな、魔獣にでも挑むような武装で固めた三人が、わたし達の前に現れたのだ。

「何よ、文句あるの?」

「あるに決まってるだろーが。この地獄耳が」

 舌打ち混じりで吐き捨てるジェイクが、わたしをギロリと睨みつけた。

 まあ、邪魔者扱いは仕方なかった。

 少し前に、村に駆け戻ってきたティムが、見たこともないよそ者が倒れていると騒いでいたのを聞きつけたのだ。

 ジェイクたちが武器を準備する隙をついて先回りして、わたしがアレクに接触しちゃったから、腹を立てているのだろう。

 見知らぬ人を村に招き入れるのを、彼は極端に嫌うのだ。

「しゃーねぇ。お前もまとめてとっ捕まえてやる」

 片手を上げたジェイクに応じて、ティムとバートの二人は銃床を肩に当て、銃口をわたし達に向けてきた。

「ちょっとっ、いきなり何なのよ!?」

「素性の知れない奴を村に近づけるわけにはいかねぇ。それくらいお前も分かるだろーが」

 自分を睨みつけるジェイクの言葉。

 ナイフのように放たれた警告を聞いたアレクが。


 心底ほっと息を吐いたのを、わたしは見逃さなかった。


(んー……追いかけられる心当たりがあるのかな?)

 彼の反応を見てそう思ったけど、その理由を聞いてる場合じゃない。

「だいたい、なんでわたしもなの!?」

 と抗議の声を上げなきゃいけないのだから。

 あいつは、わたしまで捕まえるって言っているのだ。

 そりゃあ、これまで色んなことをやらかしてきたけれど……

「ンなもん、お前だって身に覚えがあるだろう」

 二丁の銃に守られたジェイクは言った。

(うーん……どれのことだろう?)

 と、わたしは思った。

 思い当たる節が色々あって、どれの事なのか分からなかったのだ。

「ごめーん。よく分かんないや」

「……ラクス=ウルでの騒ぎのことだ。あれで王都から警告が来てる」

 頭を掻きつつ軽い調子で言ったわたしに、いらだち混じりの声が返ってきた。

 ジェイクのこめかみがピクピク震えているのが見えて、冗談では済まなそうな雰囲気だった。


 ……うわ。マジで怒ってる。


「だ、だって、あれは仕方ないじゃない! 山火事に巻き込まれて、大怪我した人がいっぱいいたんだから!」

 わたしは両手を振り回して弁解した。

 ジェイクが言っているのは、10日ほど前に立ち寄った街での出来事だった。

 三つの山を焼き尽くした火事に街の半分近くが飲み込まれ、大勢の人が火にまかれて火傷を負っていた。

 街にいる治癒術師の手が全然足りなくて、けが人が路上に放置されている状態だった。

 戦場のような悲惨な状態を見かねて、わたしが勝手に【再生】(リジェネイド)と持っていた薬を使って、その人たちを治療したのだ。

 夜が明けて衛兵に見つかるまで治療を続けてから、わたしはとっとと逃げ出した。

 その時までには十数人の命を救えて、その人たちや彼らの家族に大変感謝されたのに。

「それが、余計なことだっつってんだよ。けが人を救うのは正規の治癒術師に任せて、お前は黙って見ていればよかったんだ」

 ジェイクの言いたいことは分かる。

 ゴルドニアでは、あらゆる行為に王権の許可が必要なのだ。

 領内に住むにも、商売をするにも、畑で作物を育てるにも、わざわざその土地の領主に申請して、王都の役人に認めてもらわなければならない。

 もちろん、切り傷を治すような簡単な医療行為でさえ、国家免許を持った術師でなければ、してはいけないことになっていた。

「じゃあ、あそこで苦しんでた人たちは死んでも良かったって言うの!?」

 わたしだって、無免許で薬や回復魔法を使うのは、違法だっていうのは知っている。

 でもだからって、今にも息を引き取りそうだった人たちをほっとけなかった。

 わたしはほんの少しでも治せる魔法が使えて、火傷や外傷に効く薬を持っていたのだから。

「……俺が言いたいのは、優先順位の問題だ」

 わたしの追及には答えず、ジェイクは静かに告げた。

「俺たちはただでさえ、王権に目を付けられている。お前が余計なことをすればするほど、村の存続が危うくなるんだ」

「ダリルさんや村長さんがそう言ったの?」

「親父は、何も言ってねえよ。だが、今回の警告はシャレにならないレベルだったってことだ」

 眉間にしわを寄せてわたしを見据えるジェイクの瞳は、一切の反論を許さないものだった。

 王都からの使者とのやり取りは本当に一触即発、それこそ軍を動かしかねないくらいだったのかもしれない。

「だから今日こそはお前を捕まえて、これ以上出しゃばれないようにしてやるのさ」

 肩に担いだマグリット・ライフルを手に構えたジェイクが顎で指示をすると、左右で銃の狙いをつけていたティムとバートが、威嚇するようにもう一歩、前へと出た。

「やれるものなら、やってみなさいよ!」

 と、わたしは思わず声を上げて、売られた喧嘩を買っていた。

 ちょっぴり、後悔はした。

 村には、迷惑をかけたくない。

 ダリルさんやエイミーさんや村のみんなを、困らせたくはなかった。

 みんないい人たちで、十二年前に母さんが病気になった時も、わたし達家族が村で暮らせるように取り計らってくれたし、六年前に父さんが魔獣に襲われて死んだ時も、我が事のように悲しんでくれた。

 わたしがこうして生きていられるのは、ウッドランド村のみんなのおかげなのは間違いなくて、心の底から感謝している。

 でも、それが分かっていても、わたしは引けなかった。

 ジェイクの言う、「優先順位」がわたしのは違うからだ。

 村のみんながわたしにしてくれたことを、村の人以外にもしてあげたいと思っている。

 そのために治癒魔法や薬のことを勉強しているんだし、父さんが遺してくれた魔法を改良しているのだから。

 売ったケンカを買われてしまって、ティムとバートは自分の背後を振り返った。

 もめ事慣れしてない二人が動揺しているのは明らかで、すぐにでも逃げ出したい気持ちがにじみ出ていた。

 三人で銃を突きつければ、大人しく従うとでも思っていたのかもしれない。

 そんなもので……


 わたしを従わせようなんて甘すぎる。


「いいだろう。聞き分けのない奴には、たっぷりとお仕置きをしてやる」

 ジェイクはそう宣告すると、迷っていた二人の尻を軽く蹴飛ばし、わたしに照準を合わせさせた。

わたしはその三人を見据えたまま。

 腰の後ろ、留め金につるした短剣に触れた。

 所有者であるわたしの指示を受け、刀身がほのかな熱を持ち始めた。

 手のひらに伝わるその熱が、わたしに戦う力をくれた。

 炎熱魔法が使える【炎の短剣】(フラムダガー)と、右の薬指にはめた【防護の指輪】(ヴァルト・リング)

 この二つも魔装具と呼ばれる武器と防具で、内部に秘められた核が魔力を集めるので、所有者の魔力は使わないのだ。

 だから、わたしのように魔力のない人でも簡単に魔法が使える。

 ジェイクの持っているマグリット・ライフルにだって、わたしに向けられた猟銃にだって、対抗できる自信はあった。

「ごめんアレク。余計な争いに巻き込んじゃった」

「いいさ、気にするな。どのみち、こいつらは俺も狙っているようだから」

 こういった荒事に慣れているみたいに、アレクは冷静だった。

「そう……それじゃ、わたしが合図をしたら、左の方へ逃げてね。ティムの方が外しやすいから」

 彼は猟師の息子だけど、根が優しすぎるのが欠点だった。

 森の獣を撃つのも躊躇するくらいなので、動き回る人間に当てるなんてことは、ほぼ不可能だろう。

「ちょっと待て! お前は!?」

 わたしの意図を察したアレクが、小声で鋭く聞き返してきた。

「だいじょーぶだって。あんな奴らに負けないもん」

 わたしは心配する彼を安心させるように、片目をつぶって見せた。

 ダリルさんの元で鍛錬を重ねたおかげで、村の誰にも負けない自負はあった。

 もちろん、銃を持った相手にだって、だ。

 わたしの勢いに気圧されたのか、戦いたくないのか、ティムとバートは引き金にすら指をかけてなかった。

 命令されて照準を合わせたものの、彼らのボスが中止命令を下してくれるのを期待しているみたいだった。

 ジェイクもまだ、発砲してこなかった。

 

 でも、あいつはきっと、迷っているわけではない。

 待っているのだ。

 呼び出した自分の援軍が出てくるのを。

 それが出てくる前に決着をつけたくて。

 あいつらの機先を制したくて。


「それじゃ、レッツゴー!」


 わたしはアレクの肩を叩き、戦闘開始を宣言した。

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