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28.模擬戦闘のゆくえ

 木製の古い机の上に、おいしそうな食事が並べられていく。

 わたしは木の椅子に座って、並べられた料理に目を輝かせていた。

 焼き立てのパン、温かいスープ、甘い木の実を使ったジャム、スパイスの効いた燻製肉のローストに色とりどりの野菜を使ったサラダ。

 どれも美味しそうで、わたしは今すぐかぶりつきたかった。

 小麦粉を使った白いパンは豆を混ぜ込んだ堅パンと違って、とても柔らかくておいしい。

 白パンの作り方はハンナさんが知っていて、他の家の人にも教えてあげているのだ。

 そのおかげで徐々に作れる人が増えていて、高価な小麦粉をもっとたくさん手に入れようと、何年か前からは小麦の栽培にも挑戦しているくらいなのだ。

「これ全部、食べていいの!?」

 興奮のあまり、わたしはハンナさんに詰め寄ってしまった。

 いつもはお芋を蒸かしたり炒めたりしたものを食べているわたしにとっては、柔らかなパンなんて、この上ないご馳走だった。

「もちろんよ。あなたは大活躍をしたのだから、このくらい贅沢しても罰は当たらないわ」

「でも、アレクやダリルさんの分は……」

「いいのいいの。あの人たちはご飯よりも楽しいことをしているのだから、気にしないで全部食べちゃって」

 そのお言葉に甘えて、わたしは目の前のご馳走を堪能した。

 パンも肉もおいしすぎて、お腹から幸福感があふれ出てくる。

 ガツガツ食べ続けるわたしをハンナさんはにこやかな笑顔で見守り、自分の分を少しずつ口にしていた。

 自分の分を食べきり、アレクの分も胃袋の中に放り込んで、わたしはようやく満足した。

 ダリルさんの分までいけそうな気もしたけど、さすがにそれは自重した。

(食べ物の恨みは怖いもんね……)

 と思ったから。

 食後にハンナさんお手製のお茶をいただいて、わたしはふにゃふにゃの軟体動物のようになっていた。

 ハーブの香りが、体の隅々にまで染み渡る。

 このまま寝てしまいそうで、あくび混じりでハンナさんと雑談していると。


 裏庭から聞こえる激突音と爆発音が、気になってきた。


「二人とも元気だよねー」

 わたしはお茶をすすりながら、呆れた調子で言った。

「男の子同士、ああして遊んでいる方が、仲良くなれるものなのよ」

「アレクはともかく、七十越えの男の子はいないと思うけど……」

「あら、あの人はいくつになっても、子供みたいなものなのよ」

 わたしが指摘しても、ハンナさんは気にしてなかった。

 それからも、彼女は村での出来事を楽しそうに話してくれて、村の外でのわたしの活躍とかも聞いてくれた。

 そうしてしばらく雑談に花を咲かせて、お茶がすっかり冷えちゃっても。


 まだ、戦っている音が聞こえる。


 と言うより、だんだん激しさが増してきていた。

 窓にはめられた、格子で区切られた小さなガラスがビリビリ震えてくるくらいに。

 軽い手合わせじゃなかったのか……

「ちょっと様子を見てくる!」

 椅子を蹴倒す勢いで、ついにわたしは立ち上がった。

 あんな大きな音を立てられたら、気になって仕方ない。

 いい加減にしないと、アレクの病気が悪化しちゃうじゃないの!



 裏手の扉を開けて外へと出ると、のどかな風景が広がっていた。

 広い畑は青々とした麦に覆われ、緑のじゅうたんが柔らかな風にたなびいている。

 木の柵で区切られた畑の一角には数頭の家畜が放たれ、大きな戦闘音を気にも留めずにのんびりと草をはみ、時々間延びした鳴き声を上げている。

 わたしは畑の奥へと進み、森を切り開いた草むらに出た。


 そこから、重い物がぶつかり合う音が響いていた。


 アレク達が戦っているのは、見えなかった。

 ひっきりなしに魔法の雷や暴風が巻き起こっているから、激しい戦いがまだ続いているのは分かった。

 でも、音と光だけしか感じられないのだ。

 二人の姿が見えないのは、当たり前ではあった。

 魔力で肉体を強化して戦っているのだから、普段のわたしじゃその動きを目で捉えるのは不可能だった。

 わたしは目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。

 身体の中心、胸の辺りに存在するモノに意識を向ける。

 自分の魂とでも言うべき存在に触れて、中に秘められた魔力を紡ぎ出す。

 そうしてあふれ出てきた【力】を、体内の血流を通じて、身体の隅々まで満たしていく。

 皮膚感覚が鋭敏になり、筋肉が太く強くなり、全身に張り巡らされた神経が高ぶっていく。

 準備、完了。

 ゆっくりと胸に溜めた息を吐き出し、ゆるりと目を開くと。


 二人が、戦っている姿が見えた。


 思った通り、アレクはすでにボロボロだった。

 土とほこりと草にまみれ、全身に殴られた痕があった。

 赤黒く腫れた右の前腕は、骨が折れちゃってるかもしれない……

 息が上がって苦しそうで、限界以上に強化している身体から大量の汗が飛び散っている。

 死に物狂いの表情で、手にしたライフルから立て続けに魔法を放ち、自在に動き回る相手を捉えようとしていた。

 一方の、ダリルさんは……


 鼻歌でも歌いそうな雰囲気だった。


 ハンデのつもりなのか武器も持たず、向かってくる不可視の弾を軽やかに回避。

 ライフルから放たれた魔法が顕現する頃には、ダリルさんは別の場所へと移動していた。

 そうして攻撃が途切れたタイミングを狙ってアレクに密着し、大きな拳で殴りつけるのだ。

「ぐっ……」

 重い打撃を辛うじて腕で受けたアレクの口から、こらえきれない呻きが洩れる。

 鼓膜をつんざく音を発し、殴られた彼があえなく吹っ飛ぶ。

 空中で辛うじて体勢を立て直し、激突しそうだった木を両足で蹴って、追撃の足技を見切る。

(あ、そうじゃない!)

 と思った時には遅かった。

 逃げる先を見破られて、服を掴まれてしまった。

 ダリルさんの剛腕で無理やり引き寄せられて、とどめの拳がみぞおちにめり込む。

 瞬間、爆弾がさく裂したような大きな音がして、殴り飛ばされたアレクがわたしの目の前まで滑ってきた。

 地面にはいつくばった彼は銃を取り落とし、お腹の辺りを押さえていた。

 体中のそこかしこに痣ができてて、痛々しい姿をさらしていた。

「ちょっと! 無茶しないはずじゃなかったの?」

 わたしは思わず声を上げ、介抱しようと手を差し伸べた。

「くそっ。化け物め……」

 アレクはそんな悪態をつき、わたしの手を払って立ち上がった。

 何よぅ……治そうと思ったのに。

「いやぁ、なかなか……なかなかのものだったぞ。アレク」

 むくれたわたしの脇から、ダリルさんの声がした。

 満足そうな笑顔を浮かべて、感心したように何度もうなずいていた。

 上半身裸で、七十代とは思えないくらいの鋼の肉体。

 筋肉で盛り上がった両肩から汗が湯気のように立ち昇っていて、存分に戦えたことがとても嬉しそうだった。

「だが、魔力の使い方に無駄が多い。自分が祝福持ちだからといって、むやみに身体を強化するものではないぞ。肉体が負担に耐え切れなくなって、パフォーマンスが低下してしまう。それに……」

 さわやかな笑顔で講義をたれていたダリルさんは、わたしの方を見て。

「リースも気付いたことがあるだろう?」

「アレクは、ちょっと素直すぎるかなーって思うよ」

 意見を求められたわたしは、正直な感想を口にした。

 彼の性格が戦い方にも出ているのか、相手の誘導に容易く引っかかってしまうのだ。

 だから、わざとらしい大技や引き込むための後退にも乗っかってしまって、待ち受けた次の一手で簡単に仕留められてしまう。

 さっきの最後の瞬間も、逃げやすい方に逃げちゃったから、あっさりダリルさんに捕まってしまったのだ。

「その通りだ」

 ダリルさんは、我が意を得たりとばかりに大きくうなずいた。

「力比べしかしない魔獣との戦いならともかく、人間との戦いとなると、相手の裏をかこうとする動きが多くなる。だから、不意を突くための誘いや牽制を、いかに看破するかという技術も重要になってくる」

 ごもっともな指摘に、アレクはぐうの音も出なかった。

「そうだな……当面は対人戦闘に特化した形で、訓練を組み立てるとしよう」

 これからの方針を決められて、ダリルさんは大変満足そうだった。

「それに、だ」

 ちょっと意味ありげに、ダリルさんは言葉を切って、またわたしの方に視線を向けた。

 なんか、嫌な予感がする……

「魔力の使い方なら、リースに教わってもいいのではないかな?」

「彼女に?」

 びっくりしたような顔で、アレクはわたしを見た。

「そうとも。魔力による身体強化に関しては、わしよりも上手いくらいだからな。わしの自慢の弟子だよ」

 とダリルさんが褒めてくれるものだから、わたしに向けられたアレクの視線に熱がこもってきた。

 予感、的中。

 そんなふうに熱いまなざしで見つめられたら、なんだかとても照れくさい。

「ダリルさんの手が空いてない時なら、別にいーけど……」

 彼の熱意を跳ね返せず、わたしはつい了承してしまった。

「ありがとう。助かる」

 そう言って、アレクは顔を輝かせた。

 まるでお日様のような笑顔が眩しすぎて、わたしは彼を直視できなくて。

「うん……まあ、あなたが強くなればわたしも助かるし……」

 辛うじて、そう返事するのがやっとだった。

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