27.わたしの師匠
その次の日。
わたしはアレクと二人で、村の外れにある丸太小屋風の家を訪れた。
「こんにちは、ハンナさん。ダリルさん」
と家の前の椅子に座って談笑していた初老の夫婦に、わたしは挨拶した。
「あら、リース。いらっしゃい」
と柔和な笑顔で応えてくれたのは、総白髪の女性、ハンナさんだった。
背はそれほど高くなく、華奢な身体と細い手足。
継ぎはぎの多い服を着て、膝の上に乗せた布を使って裁縫をしているみたいだった。
そして、もう一人の大柄なおじいちゃんが、ダリルさん。
きれいに禿げ上がった頭と整えられた白い髭を持ち、七十代とは思えないくらい筋骨隆々とした体つきをしている。
「こっちはダリルさんとハンナさん。村の相談役のご夫婦なの。ダリルさんは、わたしの師匠でもあるんだ」
わたしはアレクに、二人を紹介した。
ダリルさんは昔、すごい冒険者だったらしい。
若き日には、古龍とか魔王とかとも戦ったことがあるって自慢している。
それが嘘ではないと思えるくらいダリルさんは強くて、わたしなんかじゃ片手であしらわれてしまうのだ。
「こっちがアレク。わたしの患者さんなの」
アレクが律義に頭を下げると、ダリルさんは白く染まった腕を見て、アレクの引き締まった顔を見て、値踏みするような表情を浮かべていた。
「それで、今日は彼からお願いがあって……」
わたしがそう切り出すと、アレクが一歩前に出た。
「俺に、戦い方を教えて欲しい。俺は、もっと強くなりたいんだ」
決意のこもった顔で、アレクは言った。
ダリルさんがこの村にいると知ってすぐ、紹介して欲しいと頼まれたのだ。
「そうさな。教えるのはやぶさかではないぞ」
ゆるりと立ち上がったダリルさんは、わたしより頭一つ分、アレクよりも背が高かった。
「だがその前に、お前にその価値があるかどうか、見せてらおうか」
鋭い眼差しでアレクを睨みつけ、威圧するような声で言った。
上から見下ろしてくるおじいちゃんの迫力が強すぎて、傍にいるわたしまで気圧されそうだった。
「そんなもの、いくらでも証明してやるさ」
間髪入れず、自信ありげにうなずくアレク。
ダリルさんが放つプレッシャーを跳ね返し、負けじと睨み返していた。
「そうか。ならまずは一戦いこうじゃないか」
「ちょっと、いきなりそういうのは……」
「望むところだ。あなたと手合わせできるなんて、この上ない名誉だからな」
わたしが止めるのも聞かず、不遜な笑いを浮かべた二人は、今にも殴り合いを始めそうな雰囲気を醸し出していた。
(そうじゃなーい!)
とわたしは思った。
普通に訓練をしてほしかったのに、なぜいきなり模擬戦闘になるのか……
ダリルさんの訓練はほんとに厳しくて、その分成果も十二分にあるから、アレクのためになると思って紹介したのに。
わたしも子供のころから、ジェイクたちに交じって護身用の格闘術とかを学んでいた。
たまたまわたしは筋が良かったらしくて、年を重ねるごとに要求されることが増えていた。
実戦での身体のさばき方、敵の攻撃の見切り方、効率よく敵を倒すための攻撃方法。
【炎の短剣】や【防護の指輪】、マグリット・ライフルをはじめとした魔装具の使い方。
王国内に出る魔獣の種類や対処法、魔獣に遭遇せずに野営する方法、食料の見つけ方と調理法とかのサバイバル術。
王都のような都会での身の振り方。敵意や悪意を隠した人の見分け方などなど。
課されることが多すぎて、死にそうなくらい大変だったけど、おかげで村の外へ出るようになって二年、無事に生きてこられた。
「無茶しないでよ! あなたは病人なんだから」
「分かってるって。心配するな」
知ってる。
簡単に分かってるという奴ほど、何一つとして理解してないのだ。
その証拠に、闘気で瞳を爛々と輝かせたアレクは、わたしの忠告なんてちっとも聞いていそうになかった。
「ダリルさんも。少しは手加減してよね」
「殺しはせんよ。わしの可愛い娘を預けられるかどうか、確かめてやるだけだ」
ガハハと豪快に笑いつつ、アレクの肩をバシバシ叩いた。
たぶん村の誰かから、彼がわたしの護衛を買って出たというのを聞いていたのだろう。
そもそも「娘」と言っても、わたしとダリルさんとは本当の親子じゃない。
母さんが病に臥せって、父さんが死んでからは、ダリルさんとハンナさんがわたしの親代わりになってくれたのだ。
「少なくとも、あなたの期待には応えられると思う」
「そうか。それは頼もしい」
お互い楽しそうに笑い合いながら、二人は連れ立って家の裏に姿を消した。
「もうっ」
わたしは、命知らずなアレクに腹を立てていた。
きっと、彼はダリルさんにボコボコにされるだろう。
殺しはしない、というのは本当に言葉通りの意味で、エイミーさんの治療を受けても、数日は再起不能になると思う。
それに、魔力の消耗は病気の進行につながるというのに。
他の部位に症状が出ちゃったら訓練どころじゃないし、母さんのように寝たきりになってしまうかもしれない。
そういう、色んなことを考えなくちゃいけないのに。
彼はわたしの心配なんて、これっぽっちも分かっていない。
どうなっても知らないからねっ。




