26.重なる誤解
お昼過ぎになって、やっと治療がひと段落した。
二人で広場の中心に向かうと、そこでもお昼ご飯の用意を始めていて、怪我を治した何人かの子供もお手伝いをしていた。
グレンさんたちの指示のもと、水汲みやら火おこし、テーブルや食器の準備をしている男の子や女の子。
ちっちゃい子たちがテキパキ動き回る姿はとても愛らしくて、いつまでも見ていられそうだった。
「今日も、いるね」
とエイミーさんが視線で示したのは、テントのそばにいる、微笑ましい光景を乱す奴らだった。
広場の周囲を、取り囲むように立っている男ども。
猟銃や大型の鉈で武装していて、中にはマグリット・ライフルを持っている者もいた。
お手伝いで動き回る子供にも胡乱な視線を向けているので、不幸にも目が合ってしまった子は、小さな悲鳴を上げて逃げていった。
「武器を持ってウロチョロしないでよ! みんなが怯えてるじゃないの!」
「これも仕事だ! 文句を言うな!」
抗議したわたしに言い返してきたのは、村の自警団の団長で……誰だったっけ?
ともかく強面の団長は、七人ばかりの仲間と共に、広場に設けられたテントを見張っていた。
彼らは、村の平穏をかき乱す者たちを決して許せないのだ。
たとえそれが、幼い子供であったとしても。
その思いを代表している一人が、ジェイクだった。
あいつは、村の平和がすべてだった。
この村のことが最も大事で、わたしのすること……村の外から他の人たちを連れてくるのに反対していた。
「こんなところで、何やってるんだ?」
と、団長とにらみ合いを続けるわたしに声をかけてきたのは。
まき割り用の斧を担いだアレクだった。
彼は、眉を吊り上げた団長を見返すと。
「あんたも仲間を睨んでいるより、自分の仕事に戻った方がいいんじゃないのか? ブレンダさんが探していたぞ」
「な……に……?」
「やーっと、見つけた」
アレクに応えるように、赤ん坊を背負った女の人――ブレンダさんが、顔をひきつらせた団長の肩を叩いた。
「うちのことをほったらかしてー、若い子と遊んでいるなんてー、いい度胸じゃないのー」
「あっ、やっ、これもしご……」
ニコニコとした笑顔の奥に隠された感情を察した団長は、まともに言い返すこともできなかった。
「お話は帰ってからしようかー。たーっぷりと、ね?」
彼女は有無を言わせず団長の腕を掴む。
「あんたらもとっとと帰りなさい。他にもすることがたくさんあるでしょ」
「は、はいっ!」
ひと睨みで見張りどもを追い払った彼女は、手を振ってわたしに軽くあいさつすると、自分の夫を引きずるようにして行ってしまった。
残されたわたしとアレクは、お互いの顔を見合わせて。
思わず、吹き出してしまった。
「お前は、見張りに立たなくてもいいのか?」
二人でひとしきり笑ってから、アレクはそんなことを聞いてきた。
「わたしも自警団員だけど、所属はエイミーさんと同じ医療班だから、ああいうのはしなくていいの」
「医療、か?」
わたしの返事に、アレクはとても残念そうな顔をしていて。
……彼の、言いたいことは手に取るように分かった。
「ふんっ。どーせ『もったいない』とか思ってるんでしょ?」
「いや、そんなことは……」
その指摘は図星だったのか、彼は言葉に詰まった。
「リースにあんなことをさせたら、それこそもったいないわ。この子は、医療班にいるべきなのよ」
と、エイミーさんがわたしを援護してくれた。
たぶん、半分くらいはお世辞だと思う。
わたしは、エイミーさんから治癒魔法の理論や、病気や怪我の種類とかその診断方法とか対処法とかの医療の知識について教わっている。
とても分かりやすくためになる授業で、王立学校を卒業して村に戻ってきてからというもの、彼女がわたしの先生だった。
だからわたしの技量についてもエイミーさんはほぼ把握していて、そんなに良い生徒ではないことも知っているはずなのだ。
診断はちょくちょく間違えるし、治療の前に患者さんが怒って帰ったことは一度や二度ではない。
でも……
「そ、そうなのか?」
と、戸惑いながら聞き返したアレクには、彼の中でのわたしの評価がどうなっているのかを、真面目に問い質した方がいいような気がしてきた。
(ま、いーけどね……)
わたしはとにかく、気分を切り替えた。
人の評価なんか、気にしてもしょうがないと思い直したのだ。
「ごっはん。ごっはん。ごはんにしよ~~」
軽い調子の歌を歌いながら、作っておいたご飯をリュックから取り出した。
ここには、ご飯を食べに来たのだ。
「お食事は、みんなで食べた方が楽しいと思うの」
というエイミーさんの考えに乗っかったのだ。
それに、わたし達がいれば、さっきみたいな物騒な奴らがうろつかないようにもできる。
「飯って……」
「お芋よ。食べてみる?」
興味深そうにわたしの手元をのぞき込んできだアレクに、木でできた容器に並んだお団子を見せてみた。
蒸して柔らかくしたお芋に川魚の身を刻んで混ぜて、小さく丸めて焼き上げたもの。
「あら、美味しそう」
「お前って、芋好きなんだな……」
わたしのご飯を見た、エイミーさんとアレクの反応は正反対だった。
「ってそんな、わたしがお芋ばかり食べてるみたいに言われても……」
顔をしかめた男に、わたしは思わず言い返してしまった。
「好き嫌いはともかく、お芋は、とても便利な食べ物なの」
とりあえず蒸すか焼くかをすれば食べられるし、すっごくお腹いっぱいになれるし、必要な栄養素はあらかた含まれている。
最悪、これさえあれば飢えずには済むのだ。昔の人は、これだけで飢饉をしのいだって言われるくらいなのだから。
それに種を植えておけば勝手に育つし繁殖するし、栽培の手間もほとんどかからない。
そういう素晴らしさを説明しているうちに、みんなの分のご飯も焼き上がった。
荒く挽いた麦をこねて焼いた堅パンと、家畜の乳を発酵させたチーズ、畑で採れた野菜を茹でて作ったサラダ。
それら五十人分の食事を配膳するのをわたし達も手伝って、チーズとサラダをおすそ分けしてもらって、みんなで食べ始める。
わいわい言いながら、所々で揉めるのをたしなめながら、楽しく食事を進めていった。
「試しに一つ食べてみる?」
わたしの前に座って、ちらちらとこっちを見てくるアレクに、わたしはお芋団子を一つ手渡した。
彼は恐る恐る受け取ると、端の方から少しずつかじりつき。
「意外とうまいな。これ」
と言いながら、あっという間に平らげてしまった。
「意外、は余計だと思うけどー?」
と、わたしは文句を言いながらも、物欲しそうにしている彼にもう一個あげた。
ぱあっと顔を輝かせたアレクは、追加の一つも幸せそうに食べてしまった。
(少し多めに作っておいてよかったー)
と思った。
自分が作ったものを誰かに食べてもらうのは、ちょっと嬉しかった。
「もっと欲しいなら、今度作ってあげよっか?」
「いいのか? それなら……」
「あらあらー、お似合いねー」
隣でわたし達のやり取りを眺めていたエイミーさんが、からかうように言ってきた。
「違う!」
反射的な態度で、アレクは強く否定した。
(お似合い……って?)
とわたしは思っていた。
何のことだか分からなかったのだ。
「ほら、ディアンさんとローラさん的な……そういう雰囲気なんじゃないかなーって思ったの」
ぽかんとしているわたしに、エイミーさんはわたしの両親の名前を付け加えた。
そこまで言われて、やっと気付いた。
瞬時に頭に血が上って。
「違うの!!」
とアレクと同じく、強く否定した。
彼とわたしとは、父さんと母さんのような、夫婦のようなモノとは絶対に違う。
それに……
「わたしは、男に興味はないの!」
と、叫んでしまった。
結婚とか夫婦とか、そういうのは考えたこともなかった。
今は魔法や薬の勉強をしたいと思っているのに、そんな余裕はなかった。
「まさか……」
という声が聞こえた。
わたしの魂の叫びに衝撃を受けたのは。
「お前も、そうだったのか……」
アレク、だった。
「どーいうことだと思ってんのよ!? 勘違いしないで!」
倒れそうなほどにのけ反ったアレクを、引っ叩いてやりたかった。
果たしてどんな想像をしているのか、真っ赤になった彼は、まだ驚いているようだった。
(っていうか、「お前も」って何なの!? 誰と比較してるの!?)
そうも思ったけど、それはなぜか口にできなかった。
「いや、知り合いにも女の子が好きな女がいるから、それはいいんだ。人それぞれなんだからな……」
自分を納得させようと、説得しようとするみたいに、彼は何度も頷きながらぶつくさ言っている。
わたしの言ってることなんて、これっぽっちも聞いてそうになかった。
このままだと勘違いが加速して、取り返しがつかないことになりそうなので。
「お前がそっちでも、俺は構わない。これからも俺は全力で……」
「ちがうの!!」
とわたしはまた声を張り上げた。
そりゃあ、人それぞれっていうアレクの言い分は分かるよ。
理解できるけどっ!
「わたしはっ、男好きなの!!」
とにかく誤解を解きたくて、またもわたしは声の限りに叫んでしまった。
「男……好き……?」
傍らから、唖然としたような声がした。
「リースはそんなっ、男を漁るような、いかがわしい女の子だったの?」
今度はエイミーさんが、わざとらしくよろめいていた。
「どこで教育を間違えたのかしら……このままじゃローラさんに申し訳が……」
「ちょっとー……なんでそうなるのよぅ」
ああもうっ。
何もかもがおかしな方向に……
「それに、本当にそうだとしても、自分のそういう趣味とかは隠した方がいいよ。みんなの目もあるからね」
頬に手を当てたエイミーさんから呆れたように忠告されて、わたしはやっと気が付いた。
自分が、みんなの注目を集めていることに。
「リース。大丈夫だ心配するな。俺たちみんな、全部分かっているから」
周りを代表して、グレンさんがそう言いながらわたしの背中を叩いた。
「分かってるって何が!?」
「そうですよ。わたしもイザベラも応援してますから」
わたしの訴えはあっさり聞き流され、アンジェラもとても楽しそうに、隣の少女とうなずき合っていた。
それを合図に、周囲からはやし立てるような笑いが沸き上がった。
大人だけでなく、小さな子たちまでもがよく分かってないまま、周りにつられて嬉しそうに手を叩いていた。
「だーかーらー何なの!? なんだっていうの!? 笑い事じゃないんだよー!」
わたしは本気で泣きそうだった。
注目を浴びて恥ずかしすぎて、今すぐ逃げ出したかった。
まあ……
アンジェラたちも楽しそうだから……いいん、だけどね。
どーも納得いかない……




