23.わたしの故郷
五十人もの子供たちを連れたわたしは、ひたすら森の中を歩き続けた。
そして、ほぼ丸一日かかって、次の日の夕暮れにようやく、ウッドランド村へとたどり着いた。
「や、やっとかぁ……」
「ついた……の?」
体力の限界に達していた子供たちは、口々に安堵のため息をついて、その場にへたりこんだ。
「ありがとー! みんなのおかげで、村に着いたよ!」
と、わたしは声を張り上げた。
みんなここまでよく、頑張ってくれたと思う。
水分補給を兼ねた休憩を挟みながら夜通し歩いて、明け方に少しの仮眠を取ったくらいで、食事もまともにさせてあげられなかったのだ。
なのに、一人の脱落者も出さず、不満も言わずによく付いて来てくれたよ。ほんとに。
「それじゃ、わたし達はここで……?」
「うん。そうだよ。ここがウッドランド村。君たちがこれから暮らす村なの」
這うようにして隣に来たアンジェラに、わたしは告げた。
ここは、エンタリオ街道から南に広がる森林の中に作られた村だった。
人口は500人ちょっと。
大木のウロを利用して作った家や、太い木の幹に寄り添うようなツリーハウスが立ち並び、農業や猟をして生計を立てている。
必要最低限の品物を買い出しに行く以外は、ほぼ自給自足の生活をしているから、村に通じるのは獣道のような細い街道しかない。
「リース! おかえりなさい!」
わたしが子供たちに村の紹介をしていると、見知った女の子が駆け寄ってきて。
後ろに座り込んだ、大勢の子供を見て目を丸くしていた。
「リースが人を連れてくるのはさすがに慣れたけど、こんなに大勢なのは初めてよね」
と呆れたような……褒めているような……判別の付きにくい笑顔を浮かべて、わたし達を歓迎してくれた。
わたしが結界の中であったことを彼女に話しているうちに、わらわらと人が集まってきて、話が終わるころには、何十人もの村人に取り囲まれていた。
村に入る前、道中で見つけた魔装具カルプトを通じて、村への連絡はしておいた。
小さな翼を羽ばたかせて飛び回る小鳥のような形をしたカルプトは、村に近づく者の探索と、村の外に出た人達との通信や連絡が主な役割だった。
村の周りには常に十数機のカルプトが飛び交っていて、わりと簡単に村との連絡が取れる。
ウッドランド村の人たちは、【虜囚】の人がほとんどなのだ。
わたしと同じような境遇の人たちが集まって、静かに平和に暮らすことを目指して築き上げた村だから、外からどんな人が来るのかはいつも警戒しているし、村の用事で外に出た人の安全にも気を使っている。
逆に言えば、そういう人たちの村だからこそ、奴隷にされそうだった子供を連れてきても歓迎してくれるのだ。
「ところで、そこの人は?」
わたしを取り囲んでいた女性の一人が、離れて立っているアレクを指さして聞いてきた。
その言葉に、一斉に彼へと好奇の視線が集まった。
みんなそのことが聞きたくて、じっと我慢していたみたいだった。
確かに、軍服のような装いのアレクが、子供たちと毛色が違うのは、誰の目にも明らかだった。
妙に鋭い目つきと整った顔立ち。
細身ながらも引き締まった体躯。
訓練された者の佇まい。
あちこち汚れていながらも、人の目を引かずにはいられない、非常に目立つ人物なのだ。
「こっちはアレク。今回のことを手伝ってくれたの。とってもいい人だよ」
と、独りぼっちだった奴の背中を押して、みんなの前へと紹介した。
彼が敵じゃないことを宣言してあげて、とにかく安心してもらわないと……
などとわたしが気を遣っているにも関わらず。
その姿を目の当たりにした女の子たちが、黄色い歓声を上げた。
それから始まった質問攻めに、彼はいちいち真面目に答えていた。
……確かに、アレクの見た目はいいと思う。
たぶん、村の誰よりもカッコいい。
それは認める。
でも、女の子に取り囲まれて、デレデレしているのはサイアクだと思う。
わたしはなんだかムカムカして、その姿を視界に入れないようにしながら、他の人にこれからのことを相談した。
カルプトを通じて子供たちのこともアレクのことも、村にはあらかじめ相談していて、連れてきていいと村長さんに言われていたので、それほど混乱もなく、受け入れてもらえそうだった。
もちろん、村人みんなが、もろ手を挙げて歓迎というわけではない。
あれこれ話し合うわたし達を、遠巻きにしている人もいた。
その中心にいたジェイクと目が合って……
「またお前かよ……」
舌打ちしそうな顔つきで、前に会った時と同じことを言った。
「こんなに子供を連れてきて、どうするつもりなんだ? 村の人間を飢えさせるつもりか?」
「そうならないように、相談しているんじゃないの!」
とわたしは反論した。
村に人が増えると、食料と水がもっと必要になる。
当面は備蓄の食料を出してもらうとしても、自給自足でやっていくには農地を広げて、狩りに出る人を増やさないといけない。
食べ物がなくなる前にそれができるかどうかを、きちんと考えて計画しないといけないのだ。
「まあ、何とかなるんじゃないか? 飯が足りなくなる前に、この子たちにも手伝ってもらって畑を開墾するとかすれば、十分間に合うだろうよ」
と、わたしが相談していた相手、グレンさんは太鼓判を押してくれた。
「それより問題は王権の方かもな。俺たちの人数が増えると、何かするんじゃないかと警戒されるだろう」
「そうだ! 下手に村の規模が大きくなると、反乱でも起こすつもりかと言われかねないぞ!」
グレンさんの話に乗っかったジェイクが、かさにかかって言ってきた。
「でもっ。わたし達は何もしないよ! ただここで暮らしているだけなのに!」
「それはお前が決めることじゃねえって……」
「お前が帰ってくる時は、いつも大騒ぎだな。リース」
さらなる文句を積み重ねようとしたジェイクを、遅れてやって来た男性が制した。
体格のいい壮年の男の人で、垂れ下がった目じりと人のよさそうな笑顔が特徴的な人だった。
頭髪がちょっと寂しくなっているけど、それもまたチャームポイントなのだ。
「ただいま! 村長さん!」
とわたしは手をブンブンと振ってあいさつした。
「しかしまあ、今回も良くやってくれた」
村長さんにそう言ってもらえて、わたしはとても嬉しくなった。
一生懸命、頑張った甲斐があるというものだ。
「アレク殿と言ったかな? あなたがリースを手伝ってくれたのだろう? 村を代表して礼を言わせてくれ」
それから村長さんは、女の子に囲まれて鼻の下を伸ばしたアレクに声をかけて、右手を差し出した。
「礼なんか不要だよ。俺は当然のことをしたまでだ」
真面目な顔に戻ったアレクはそう言いつつも、差し出された手を取って村長さんと握手を交わした。
「親父がそんなだから、こいつが調子に乗るんだよ!」
二人の間に漂う和やかな雰囲気をぶち壊そうとしたのは、ジェイクだった。
「リースがしたことは、素晴らしいことだ。そこは認めてあげなさい」
「でもよ、そのおかげで村が大変なことになるかもしれないんだぜ。冬を越せなかったらどうするんだよ!?」
「この村には、まだまだ人を受け入れる余地はある。あれこれ文句を垂れる前に、自分達のできることを考えた方がいい」
「けどよ、親父っ!」
「お前はもう少し、他の人との折り合いをつける方法を学んだ方がいい。そうすれば、より成熟した人間になれるだろう」
そーだそーだ。
ジェイクは自分の意見ばっかり主張するんじゃなくて、わたしや村の人の話も聞くべきなのだ。
「俺は、村のために言ってるんだ。こいつの好き勝手にやらせたら、取り返しのつかないことになるかもしれないだろ!?」
「そう思うのなら、リースともっと話し合い、納得できるところを探すべきだ。相手の言葉に耳を傾け、自分の足りない部分を認め、お互いを理解し合うのだ」
「こんな奴と話なんて……!」
「それは、召喚術師として必要な能力でもある。今のお前では、風龍様と対話するなど、夢のまた夢だ」
「ぐっ……」
父親に窘められて、ジェイクはとうとう言葉に詰まった。
風の上位精霊、ヴァンドレイクを召喚し、共に戦うことが、彼の目標なのだ。
子供のころからずっと自分の父親に教えを請い、風龍様との対話を試みている。
まあ、召喚に成功するどころか、その声すら聞こえないらしいけどねっ。
悔しそうに顔を歪める男に、わたしは思いっきり舌を出してやった。




