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21.囚われた者の運命

 間違いなく、死んだと思った。

 草に覆われた柔らかな地面に横たわり、森の木々の隙間から星降る夜空を見上げているのが、信じられなかった。

 あの時、結界に触れる直前、全員の防護ができたのだろう。

 無我夢中だったから、人数が合っているかどうかを確かめる暇もなかった。

 だから、みんな無事に封印結界を抜けられたのは、奇跡のように思えた。

 たくさんいた敵は、わたし達を追いかけられなかった。

 彼らだって、封印結界を抜けられないのだ。

 結界の隅に追い詰めたはずのわたし達が突如として消えたから、きっとパニックになっているに違いない。

 それに……

 結界を抜けられたのもだけど。


 ヘクターの隷従魔法を受けて、逃げられるとは思わなかった。


 魔法をかけられたら最後、わたしは死ぬまで彼の奴隷になっていたはずなのだ。

 自分以外の誰かがわたしの身体を操るのを、ただ見ているしかできなかったはずなのだ。

 そのはずが……

「ほんとなん……だよね?」

 さっきの出来事を思い返し、力なく草むらに寝そべったわたしの傍らでは、小さな泉で遊ぶ子供たちの歓声が響いていた。

 みんなの身体を洗ってあげたくて、何より飲み水を確保したくて、森に入ってすぐの泉へとやって来たのだ。

 最初はおっかなびっくりだった子供たちも、水の冷たさと美味しさと、泉でみんなと遊ぶ楽しさを味わううちに、その表情が和らいできた。

 自由を手にした子供たちの笑顔と、楽しそうな声を聞いていると。

 わたしは、やっと信じられた。

 そうだ。

 生き残れたのだ。

 しかも、売り飛ばされそうだった子供たちを、助けられたのだ。

 その事実を噛み締めていると、身体の内側から安堵が沸き上がってきた。

 子供たちが楽しそうに水遊びをしている隣で、わたしは一人草むらの上で寝転んでいた。

「リース」

 静かに横になっているわたしに声をかけてきたのは、アレクだった。

 彼は夜目にも分かるくらい複雑そうな顔をして、何かを、聞きたそうだった。

 わたし達はしばらく無言で見つめ合い。

「……これから、どうするつもりだ?」

 隣で片膝をついたアレクは、そう聞いてきた。

「ここから南へ丸一日ほど歩けば、わたしが住んでいるウッドランド村に着くの。そこなら、この子たちも受け入れてくれると思うよ」

 エンタリオ街道の南にあるこの森は、わたしの庭のようなものだった。

 どこに泉や洞窟があるのかは全部知っているし、森の植生だって分かっている。

 村への道程も頭に入っていて、地図なんかなくてもたどり着けるのだ。

「そうか。それなら安心だな」

「……聞きたいことは、それ?」

 とわたしは聞き返した。

 アレクが本当に知りたいことは、これからのことではないと思うのだ。

 聞かれた彼は一瞬、息を呑み。

 やがて意を決したように、こう言った。


「お前は、【虜囚】(グリミナ)だったんだな」


「そう、だよ」

 とわたしは身体を起こして答えた。

 自分自身、もっと声が震えると思ったけど、意外と落ち着いた声が出せた。

「わたしは生まれた時から、隷属の証を持っているの」

 グリミナとは、王権に反逆した一族を示すものだ。

 裁判や王家の指示により、叛徒と定められた者はその親族も含めて、虜囚へと転落する。

 グリミナの証を魂に刻み込むための魔装具を、王家は持っている。

 そして。


 グリミナの血を引く者だけが、隷従魔法にかかってしまう。


 反逆者のけがれた血を持つ者達は、人権なんて認められてなかった。

 一生をかけて身内の罪を償い、殺されようと文句さえ言えない……

 それがここ、ゴルドニア王国の掟だった。

「わたしの父さんは、異国の人だったの。だから、わたしの母さんはスパイだって疑われて……それで裁判で有罪になって、グリミナにされちゃった」

 それは、わたしが生まれる前の話だった。

 新しく戴冠した王様が出したお触れによって、国を挙げた大規模なスパイ狩りが行われたらしく、港町ハルフェンで静かに暮らしていた父さんと母さんが標的にされたのだ。

「だからわたしも、隷属の証が魂に刻まれているの。生まれた時からずっと」

 グリミナの因子は遺伝する。

 両親のどちらかがグリミナだった場合、グリミナの子供しか生まれない。

 叛徒の血は薄まることなく、隷従魔法の力からは逃れられないのだ。

 それに絶望して子供を諦めた人や自殺した人は大勢いるし、生まれた子供がグリミナだと分かって、親子ともども配偶者に殺された人もいる。

 隷属の証は、悲劇の象徴でもあった。

「アレクも、隷従魔法を使えるんでしょ?」

 とわたしは聞いた。

 あの時、足に切りつけた短剣を止められたのは、アレクがそう命令したからなのだ。

 ヘクターが作り上げたモノを、【魔鎧】(アルマトーラ)の莫大な魔力を使って押さえつけ、自分がかけた魔法の方を有効にしたのだ。

 その時、わたしの身体が彼のものになったのは間違いなかった。

 今わたしが自分を保てているのは、ヘクターが自分の魔法を解除した後に、アレクもわたしにかけた隷従魔法を解除してくれたからだと思う。

「そう……だ」

 とアレクは苦しげに答えた。

 血でも吐きそうな声だった。


「なら、わたしを奴隷にしてみる?」


 と、わたしは聞いてみた。

 なるべく軽い調子で言いたかったけど、やっぱり声が震えちゃった。

 これからの人生を決めることを聞くのは、とてつもない勇気が必要だった。

「な、なにを……言ってるんだ……?」

 アレクは目を見開き、呆然と呟いた。

 わたしの言った意味が理解できなかったみたいに。

「いつかは、ヘクターみたいな奴がわたしを支配しちゃうかもしれない。わたしの心や身体をメチャクチャにするかもしれない。そんなことになるくらいなら、あなたに支配された方がいいかなって思ったんだ」

 隷従魔法の使い手にかかれば、わたしは彼らの物になってしまう。

 そうでなくても、王国の司法に関わる役人たちは、グリミナの烙印を刻む魔装具や、隷従魔法を扱える魔装具を保有している。

 わたしがそうであることを知られれば、わたしは彼らの手によって、簡単に奴隷へと堕とされてしまう。

 それは、避けようのない事実だった。

「あなたは強いし、優しいし……誰かの所有物になるしかないなら、アレクのような人に仕えるのがいいと思うの」

 たどたどしくも自分の口から出てきたのは、とてもいいアイデアのように思えた。

 最低な未来を避けられないなら、よりましな未来を選択してもいいじゃないか。

「わたしはそんなに可愛くないけど、あなたのために色々できるよ。あなたの身を守れるし、魔法であなたの病気の進行を抑えられるし、料理とかの家事もそれなりにはできるから」

 わたしの話を聞いて。

 アレクは顔を伏せて、ブルブル震えていた。

「どう? いい考えでしょ?」

 彼の感想とか返事とかを聞きたくて、わたしは四つん這いになって、ずいっと顔を近づけてみた。

 こういう時は、どうしたらいいんだろ?

 どう振舞ったらいいのか分からず、ともかく伏せられた彼の顔を見つめてみた。

 わたしが真剣だと知ってもらうために。

 やがて顔を上げたアレクは。

 大きく息を吸い込んで……


「ふざけたことを、言うな!」


 と、大声を張り上げた。

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