20.救出、そして逃亡
「さあ、みんなー!」
さっきまでの落ち込んだ気分を押し隠して、わたしは元気いっぱいに話しかけた。
正直言ってカラ元気だったけど、無理やりにでも自分を奮い立たせたかったのだ。
どんな状態であっても、自分の始めたことは最後まで成し遂げないといけないから。
「今から檻を壊すから、ちょっと下がってて!」
わたしはそう宣言してから、【炎の短剣】を振り上げた。
刀身が紅く染まり、十分な熱量を帯びてから。
檻の格子を、切り落とした。
無事に炎熱魔法が使えて、わたしは胸をなでおろした。
その反応は、わたしがわたしである証明、なのだ。
隷従魔法で作られたモノではなく、生まれた時からの【わたし】でなければ、魔鉱石は反応してくれない。
わたしは檻の中に入り、彼らの手足を拘束する枷を、一人ずつ破壊していった。
子供たちが着ている服はボロボロで、臭いも結構すごかった。
手足は鞭や殴打の痣だらけで、顔を火傷している子や爪が剥がされている子もいた。
彼ら全員には首輪がはめられ、それにぶら下がったプレートには六桁の番号と、誰かの名前が書かれていた。
きっと今の主人か、これから主人になる奴の名前なのだ。
わたしはその首輪も寸分たがわず切断して、発動しかけた爆発魔法も【防護壁】で消滅させた。
そうしてようやく自由になった子供たちの反応は。
とても、鈍かった。
檻の中にへたり込むように座ったままで、動こうとしなかったのだ。
顔を上げてわたしを見るくらいで、わたしから逃げようともしなかった。
彼らは、どうしていいのか分からないのだ。
生まれて一度も自由を手にしたことがないから、その大切さが理解できないんだ。
「これから! 君たちの怪我を治せる所に行くから! そこでならおいしいご飯がいっぱい食べられて、誰にも怯えずに眠れるから! おねーさんたちについてきて!」
だから、これからどんなことがあるかを、わたしは大声で教えてあげた。
「本当……なんですか?」
と、最初に返事をくれたのは、子供たちの中でも年長の少女だった。
たぶん十代半ばで、ショートカットの黒髪と、宝石のように煌めく大きな目が印象的な女の子だった。
「そう! さっき見た通り、君たちを苛める奴らはもういないの! だからっ! もう何も怖がらなくていいの!」
わたしがそう告げると、座り込んだ彼女に変化が起きた。
その大きな瞳にいっぱいの涙を浮かべた後、生まれて初めての希望を見たように表情が輝いたのだ。
「イザベラ! 私達助かるんだって!」
あふれる喜びを分かち合うように、彼女は隣に少女の手を取った。
「うん……よかった……」
イザベラと呼ばれた同い年くらいの少女は控えめな、はにかむような笑顔を浮かべていた。
その微笑みはとても可愛らしくて、思わずギュッと抱き締めたくなるほどだった。
「ありがとうございます! ありがとう、ございますっ」
「ありがとう、です」
何度もお礼を言いながら、二人は飛び出すように檻を出て荷車を降りた。
イザベラと、最初に声を上げたのはアンジェラという名前らしい。
檻から出たアンジェラ達を目の当たりにした他の子たちも、ようやく顔を上げてわたし達の方を見てくれた。
「助けて、くれるの?」
「ごはん……?」
「痛く……ないの?」
そして、ようやく事態を呑み込めたのか、堰を切ったように疑問や質問があふれ出てきた。
「痛くないよ! ご飯もあるよ! だから早く、ここを出て!」
わたしがそう声をかけると、子供たちは恐る恐るという感じで立ち上がり、のろのろと檻の外へと出て、わたし達の元へと集まってくれた。
わたしはアレクと一緒になって、幼い子が荷車から降りるのを手伝った。
そのころには少しずつはにかむような笑顔がこぼれ始め、これからの未来に希望を抱き始めているようだった。
「歩けない子は、みんなで支えてあげて! わたし達から絶対離れないで! 分かった!?」
「は……い」
と控えめな返事があって、みんなで手を繋いだり肩を貸したりしてくれた。
そうしてやっと行軍の隊列が出来上がったころ。
「どうやら、時間をかけ過ぎたらしい」
アレクが舌打ちしそうな顔で言った。
彼が睨みつけるような視線を向けた先、取り残された荷車の周囲の変化に、わたしも気付いた。
キラキラと、輝く光の粒が生まれ始めていたのだ。
新たな誰かが、ここに転移してこようとしてる!
「ちょっ……まずいじゃない!」
焦ったわたしに動じることなく、アレクはマグリット・ライフルを空に向けると。
一発の魔法弾を、発射した。
発射された弾丸が上空で無数の子弾に分裂して、空から雨のように降ってくる白い光の粒がわたし達を包み込み……
転移魔装具を抜けて現れた大勢の兵士たちから、わたし達を隠してくれた。
【幻視弾】を使ったのだ。
周囲に漂う極小の子弾の霧が光を捻じ曲げ、魔力を拡散し、音と匂いも吸収して、追跡者達からわたし達を隠してくれていた。
「これで、しばらくは大丈夫だ。気付かれる前に逃げよう」
とアレクは当然のように言ってきた。
新しく現れた彼らも、赤い制服を身に着けた職業軍人だった。
しかもさっきの分隊レベルではなく、その十数倍の人数が現れていた。
彼らは人を殺すための訓練を受けている者達で、ヘクターほどにはないにせよ、キャラバンの護衛をしていたゴロツキとは比べ物にならないくらい強いのだ。
そんな連中を、何人も相手にしていられない。
「行くあては、あるんだよな?」
「ひとまず南に走って。森の中に入ろう」
と、わたしは南に広がる森を指さした。
その指示を受けて、子供たちが一斉に駆けだした。
急いで追いつこうと、苦労して一歩ずつ足を進め始めたわたしの身体を。
アレクはひょいと軽く持ち上げて。
わたしを荷物のように、肩へと担いで走り出した。
「ちょっ、ちょっと!」
耳まで熱くなったわたしは、担いだ男の背中をポカポカ叩いた。
さすがにこれはちょっと……恥ずかしすぎるって。
「文句を、言うな。時間がないって言っただろう」
そう言い返してくるアレクの声は、少しだけ上ずっていた。
「足の怪我と隷従魔法の影響もあるはずだ。走るのは無理だろう?」
それは……そうなんだけどっ。
足の切り傷は血を止めただけで、まだ筋肉はつながっていない。
それに受けた魔法の後遺症なのか、手足にはかすかな痺れが残っている。
今の状態では、戦うどころか、歩くのがやっとかもしれない。
しかも、【幻視弾】の効果は短いのだ。
魔法の霧が晴れる前に、結界から脱出しないといけない。
アレクは遅れている子供を励ましつつ、走り続けた。
そうして前を行く集団に追いつき、手と手を取り合うように、お互い協力し合うように子供たちを促していた。
「おねーちゃん大丈夫?」
隣を走るアンジェラとイザベラの二人が心配そうに、担がれたわたしの顔を見上げていた。
「うん。心配いらないよ」
人に担がれたままというのもアレだけど、文句は言っていられない。
彼は、わたしを助けてくれたのだ。
アレクはわたしの体重を感じさせない足取りで走っている。
息も切らさず、周囲を鼓舞して、まるでリーダーのように振舞っている。
彼の肩の上に乗せられたわたしも、自分の役目を果たそうと思った。
まだ、逃げ切れてないのだ。
結界の外に出ないと、みんな捕まってしまうのだ。
ヴァルトを起動し、魔法式変更の準備。
入ってきた時と違って、何十人も守らないといけない。
そのために……
「そろそろだ」
「ゔぇっ! ちょっと早くない!?」
びっくりして、担がれたまま身体を捻じ曲げて走っている方向を見ると、本当に結界があった。
揺らめく景色が、結界の境目がどんどん広がり、大きくなっていく。
「俺たちを追い詰めるために、範囲を縮めてるのかもな」
そう言いつつ、アレクは歩みを止めなかった。
子供たちが付いてこられるギリギリの速度で走っていた。
「まって! 待ってよ! まだ準備が……」
足をバタつかせ、両手でアレクの背中を叩いて抗議した。
やっと、起動したばかりなのに。
これから全員を守れるほどに範囲を広げて、守る対象を増やすために魔法式を変えなきゃいけないのに。
「止まっている暇はない。追いつかれる」
アレクの言う通り、背後から複数の足音が近づいてきていた。
【幻視弾】の効果が切れかけていて、わたし達の姿や草を踏みしめる足音に感付かれているのかもしれない。
「早くしろ! みんな死んでいいのか!? ここで捕まってもいいのか!?」
「どっちもヤダ!」
とわたしは叫んだ。
効果範囲を広げて、必死になって魔法式を変更している中。
「よし! 突っ込むぞ! 遅れるんじゃないぞ!」
「いやあぁぁぁ! まってええぇぇ!」
威勢のいいアレクの叫びとわたしの悲鳴と共に。
全員で魔法の壁へと、飛び込んだ。




