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19.魔鎧の圧倒的な力

 わたしは、短剣を取り落とした。

 さっきまで頭と身体を支配していたモノが小さくなって、代わりに生まれたもう一つのモノが、わたしの中に満ちていた。

 新しくできたそいつは、わたしに何の命令もしなかった。

 ただその場にたたずむだけで、わたしが動けるようにしてくれた。

 自由を手にしたわたしはその場にうずくまり、血があふれる足の傷を押さえた。

 【再生】(リジェネイド)起動。

 治癒の力を右手に発動して、少しでも傷を小さくする。

 血が止まったのを見てから、わたしは傷口をふさぐ効果のある薬をポケットから取り出して、傷口に塗り込んだ。

「馬鹿な! 俺の魔法を押さえつけたのか!?」

 目を見開いたヘクターはアレクを見て、言葉を失った。

 その声に引かれて、治療を終えたわたしが顔を上げると。

 静かにたたずむ、アレクの姿が見えた。

 様々な魔法に進路を妨げられ、苦戦を続けていたはずの彼の身体が。


 青く輝く、光に包まれていった。


 丸く眩い光は、徐々に形を変えていった。

 頭と四本の手足が伸びて人の形を取り、手の指と靴とが作り上げられ、その細部が作り込まれていく。

 やがてその光が消えると。

 全身に蒼き鎧をまとった青年が、そこにいた。

「まさか! 【魔鎧】(アルマトーラ)……だと!?」

 驚愕の叫びを上げたヘクターはたじろぎ、顔を引きつらせていた。

 驚きと恐怖のあまり、額に滝のような汗をかき、じりじりと後退していく。

 それくらい、鎧を身に着けたアレクには威圧感があった。

 彼の周囲には、魔力が満ちていた。

 魔力探知が使えないわたしでさえ、感じ取れるくらいの圧倒的な力。

 物理的な圧力までも伴う莫大な魔力が、アレクの全身からあふれ出ていた。

 アルマトーラという言葉は、聞いたことがある。

 大陸でも数人しか使えない伝説の魔法。

 巨大な魔力を源として、その鎧はあらゆる攻撃を跳ね返し、その拳はあらゆる防壁を貫ける。

 一人で一軍にも匹敵する戦力となり、【魔鎧】を使いこなした者は、世界史に残るほどの業績を残せるという……

「き、貴様は……それを、使えないはず……」

「使えたさ。あの時だって」

 ひどく落ち込んだ声で、アレクは答えた。

 視線を落とし、肩を落とし、まるで自分に失望しているみたいに。

 身にまとった力とは、まるで似つかわしくない態度だった。

「ハッ、下らない嘘をつくな! その鎧も、ただの幻視なんだろうが!」

 ヘクターは自身を鼓舞するように叫ぶと、モーニングスターを両手に掲げて地を蹴った。

 一瞬でアレクに肉薄し、その巨大な金属の塊を、彼の頭めがけて振り下ろす。

 岩をも砕く一撃。

 敵の渾身の打撃を。

 アレクは蒼い小手に包まれた右の拳で迎撃。

 ガキッと、金属を打ち鳴らす音が響いたかと思うと。


 魔鉱石の塊が、バラバラに砕け散った。


「そ、そんな……はずは……」

 自慢の武器が失われた事実を受け入れられず、ヘクターは呆然と呟いた。

 何重にも防御魔法がかけられ、鋼よりも硬い魔鉱石が素手で砕かれたのだ。

 わたしだって、それが目の前で起きてなければ、ひどい冗談だと思っただろう。

「俺はこれを、使えなかったんじゃない。使わなかったんだ(・・・・・・・・)。自分の命惜しさに」

「なん……だと?」

 明かされた事実を前にして、ヘクターの顔が引きつった。

 この力が本物なら、とても勝ち目がないことを理解したみたいだった。

「俺は、知っていたはずなんだ。お前が畜生以下だってことを」

 アレクに侮蔑されても、ヘクターは一言も言い返せなかった。

 目前に迫った生命の危機を前にしては、言い争う余裕なんてないのだ。

「なのに、俺は力を抑えてしまった。それが過ちだったんだ」

 両手を握り締めたアレクは、体内の力をさらに解放。

 密度を増した魔力に押され、ヘクターは突き飛ばされたように地面を転げた。

「ひ、ひぃっ!」

 もはや貴族の誇りも体面もなく、動物としての本能に従ったヘクターは、背を向けて逃走を開始した。

「俺は初めから、こうするべきだったんだ」

 一目散に逃げる貴族に一足で追いつくと、アレクは赤い制服の襟首を掴んで引き倒して。


 相手の右足を、無造作に踏みつけた。


「あがあああっ! あ、足がっ! 俺の足がああぁ!」

 骨が砕ける音が周囲に響き渡り、つぶれた足を押さえたヘクターは地面にうずくまった。

 あまりの激痛に口から泡を吹き、失神しかけているようだった。

「痛いか? 痛いよな? 骨が砕かれたんだから」

 ヘクターの悲鳴を無視して、アレクはひどく冷たい声で問いかけた。

「お前はその痛みを、これまで何人に与えてきたんだ? 反抗できない人々に、自分が何をしてきたのか、これで少しは理解できただろう?」

「き、貴様らっ! なにをしているか! 俺を守れ!」

 必死の命令を受け、配下の兵士が一斉に銃撃を開始。

 魔力を帯びた敵意の雨が、アレクへと襲い掛かる。

 でも。


 その全てが、彼の手前で受け止められていた。


 蒼く輝く鎧が、全ての魔法を無力化し、弾丸を飲み込んでいた。

「邪魔だ」

 短く呟いたアレクが左腕(・・)を地面につけると。


 地中から、無数の蒼き槍が生み出された。


 アレクの意思で生まれた鋭い穂先が自在に形を変え、散開していた兵士を追跡。

 懸命の回避をものともせず、瞬く間にその手足を刺し貫いた。

 マグリット・ライフルの【岩槍】(テラクルス)なんて比じゃない。

 アレク自身の魔力を使って生み出した槍は、あまりに数が違い過ぎた。戦場全体を茨の園に変えて、逃げ惑う兵士の身体を縫い付けてしまったのだ。

「バ、バカな……そんなバカな……本物の、アルマトーラだ、と……?」

 兵士の攻撃を封じたアレクは、這いずって後退するヘクターの前に膝をついた。

「俺の言いたいことは一つだけだ。彼女にかけた魔法を解け」

「だ、誰が! 貴様の命令など聞くものかよ!」

 巨大な力を前に怯えながらも、ヘクターはつばでも吐きそうな声で叫ぶ。

「まあ、お前の好きにすればいいさ」

 それに無機質な声で応じたアレクは、無造作に片手を向けて。

 逃げようとする貴族の頭を、つかみかかった。

「な、なにをっ……!?」

 地を這いずるヘクターは、眼前に迫る手を両手でつかみ取り、押し返そうと渾身の力を込めた。

 それでも全く歯が立たず、大柄な貴族の身体が地面にひっくり返った。

「俺も、俺の好きにするだけだ。お前を殺しても、俺の目的は果たせるんだからな」

 とても低く冷たい声で言い放ったアレクは、震えるヘクターの抵抗をものともせず、彼の頭を手でつかみ取ると。

「ま、待て! よせ! 俺を殺せば俺の家も、王都の連中も黙っちゃ……!」

 必死の恫喝を最後まで言い切るよりも先に。


 アレクは掴んだ頭を、地面に叩きつけた。

 

 硬い岩盤に蜘蛛の巣のようなヒビが入り、打ち付けられた後頭部から血が噴き出て、真っ赤に染まった地面に貴族の頭がめり込んだ。

「それが、なんだと言うんだ?」

 背筋が凍りそうな殺意がこもった瞳で、アレクはヘクターに問いかけた。

 隷従魔法が解ける条件は二つあった。


 かけた本人が解除するか、死亡するか。


 そのどちらかが満たされれば、魔法の効果は消え去る。

「くそっ! くそくそくそっ! 俺は貴族なのだぞ! 王国を支える血筋を害するなど、許されるはずがない!」

「今、それを決めるのは、この俺だ。その俺に歯向かえば、どうなるかは分かるだろう?」

 貴族の脅しをアレクは歯牙にもかけず、頭を掴んだ手に力を込める。

 彼の手の中でバキバキという、頭蓋骨が砕けていく音が響いていく。

「あっ、がっ、あぁぁ」

 もはやヘクターは、意味をなさない呻きしか零せなかった。

 手足がビクビクと痙攣していて、頭を掴まれた男が激痛を味わっていることを示していた。

「これが、ラストチャンスだ。お前のすべきことをするかしないか、好きな方を選べ」

 瀕死のヘクターにアレクが問いかけた瞬間。


 わたしの中にいた、わたしでないモノが消えていった。


 その変化に気付いたのか、こっちを見て様子を窺うアレクに、わたしは両手を大きく振って。

「わたしはっ、大丈夫だから! だからもう……!」

 できる限りの声を張り上げた。

 隷従魔法が解けたことを示すために。

 アレクは茨の園を消して兵士を解放すると、力の抜けた貴族の身体を彼らへと投げつけた。

「今すぐ、俺の前から消えろ。今すぐだ」

「は……はっ!」

 凍える脅しを受けた兵士たちは、瀕死の上官と共に転移魔法を起動。

 キラキラとした小さな星の群れのような瞬きを生じた後。


 その姿がかき消えた。


 静謐に包まれた戦場には、わたし達だけが残された。

 アレクは蒼い鎧を解いて、ゆっくりと歩み寄って来た。

 その間に、わたしを見守ってくれていたモノも消えて、身体が完全に自由になった。

 アレク自身がかけた魔法を解除したんだ。

 元の迷彩柄の服装に戻ったアレクは、わたしの前に膝をつき、

「すまん……俺が情けないばかりに……」

 と、泣きそうな声で謝ってきた。

 そこには、さっきまでの恐ろしい男の影はどこにもなかった。

 むしろ、肩を震わせて泣きじゃくる男の子がいるだけだった。

「そんなこと、ないっ!」

 わたしはブンブンと首を振って、彼の言葉を否定した。

 謝るべきは、アレクじゃない。

「ごめん……なさい……」

 とわたしは頭を下げた。

 謝罪しなきゃならないのは、わたしの方なのだ。

 貴族の男に無茶な戦いを挑んで、隷属させられかけて、アレクに余計な負担を強いてしまった。

 その負荷のせいで、肘までだった白く染まった部位が、肩の周りまで広がっていた。

 蒼き鎧をまとったために、病気が進行してしまったのだ。

 アルマトーラはその力の代償として、莫大な魔力を消費する。

 アレクはただ一度の戦闘で、体内の魔力をいっぱい消耗してしまっていた。

「わたしの、せいなの。わたしがふがいないせいで……」

「気にしなくていい。俺がリース・クロムウェルを救いたいから、そうしたまでだ」

 首を振ったアレクは、ぶっきらぼうに言い放った。

「でもっ、あの時、最後までやれてたら……」

 もっと、うまく立ち回れたはずだった。

 ヘクターを投げ飛ばした後、短剣を振りかぶった瞬間、躊躇しなければよかったのだ。

 そうすれば、隷従魔法を使う余裕を与えず、一気に仕留められたのに。

 アレクに無理をさせずに済んだのに。

「殺さずに制圧しようとするのは、悪いことじゃない。殺人なんて、しない方がいいに決まっているからな」

 なのに、彼は柔らかく微笑み、わたしのやり方を肯定してくれた。

 それはとても優しく、温かな言葉だった。

「それにこいつは……」

 と、言いながらアレクは自分の左腕を指し示し。

「お前が治してくれるんだろう? それで……十分、だ」

 最後はなんだか恥ずかしそうに、それでもわたしを気遣ってくれた。

「そう……だね。そう、だよね」

 わたしは泣きそうなのをこらえて、顔を上げた。

 いくら後悔したって、泣いていたって、何も起こせない。

 わたしにできることを、精一杯やるしかない。

 彼の期待に応えなきゃ。

 父さんの治癒魔法を完成させなきゃ。

 魔法でラングロワ病を克服して、アレクを、母さんを、大勢の人を救わなきゃ。

「あまり時間もない。彼らを連れてすぐ出発しよう」

「うん!」

 そう決意したわたしは、力強くうなずいた。

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