15.アレクとヘクター
「そうか……分かった」
不承不承な雰囲気ながらも、アレクが従ってくれて、わたしは安堵した。
誰が乱入して来ようとも、救いを求める人を、助けなければいけない。
苦しむ彼らを見捨てるなんて、できるはずがない。
そう決意を固めたわたしに。
濃密な殺意が、覆いかぶさってきた。
とっさに短剣を頭上に構え、頭を狙ってきた鉄塊を受け止めた。
全身の筋肉がきしみ、地面に足がめり込む。
「よそ見をしてていいのか? ここは戦場だぞ?」
手にした武器で殴りかかってきたヘクターは、余裕の笑みを浮かべていた。
わたしは渾身の力で鉄球を押し返し、その直後に力を抜いて、相手のバランスを崩す。
身を引いた直後、魔力を帯びた鉄塊が地面に突き刺さって複数の亀裂が入る。
砕けた石のつぶてが、周囲に飛び散る。
あんな打撃を喰らったら、一発で頭が弾け飛んでしまうだろう。
ヘクターは側面から襲ってきた魔法の刃をものともせず、次いでアレクへと襲い掛かった。
「まずは顔を確認しようか」
そう言いつつ、白銀に輝く籠手に包まれた手を伸ばす。
アレクを助けに行こうとしたわたしを。
氷の壁が取り囲んだ。
「邪魔よ!」
【防護壁】展開。
閉じ込めようとする氷の棺桶を押し返している間にも。
ヘクターは、アレクの覆面を掴んだ。
ビリッと軽い音を立てて、顔を隠していた布が引きちぎられ、籠手の爪先が引っ掛かったのか、彼の頬から血が一筋、流れ落ちる。
さらけ出されたアレクの顔を見たヘクターは。
何かに気付いたように、目を瞬かせ……
「そうか!?」
と、歓喜の叫びを上げた。
「お前、アレックスか!?」
「……久しぶりだな。ヘクター」
喜びに満ちたヘクターと対照的に、アレクは切り捨てるように応じた。
まるで二人とも、知り合いのような口ぶりだった。
「フハハハッ。お尋ね者が自分から来てくれるとは、俺はなんて運がいいんだ!」
「俺も伯爵家の次男坊が、こんなところでこんなことをしているとは思わなかったよ」
親しみの欠片もない声でアレクは応じて、腰だめに構えた銃を発砲。
地から生えた岩の槍が、飛翔したヘクターに追いすがる。
「ふん……まあいいさ」
アレクの言葉を受け流し、迫りくる槍の穂先をモーニングスターの一撃で薙ぎ払う。
「これで俺も、英雄の一人になれるんだ。そのくらいの無礼は許してやろう」
ふわりと着地したヘクターは、いかにも上機嫌で、鼻歌でも奏でそうなほどだった。
「貴様を殺せば、褒美も爵位も思いのままなのだからな!」
「俺だって、そう簡単にやられはしない!」
「くははっ。【鎧】もなしに、どうやって戦うつもりだ!? そんな銃で、俺に勝てるとでも?」
楽しげな笑みを満面に浮かべて追撃するヘクターに、アレクは押されっぱなしだった。
左側から狙われると、どうしても反応と反撃が遅れる。
それに、マグリット・ライフルの魔法では、ほとんどダメージが通らないのだ。
魔法障壁……じゃないと思う。
鍛え上げた肉体と魔力で強化した皮膚とで、全ての攻撃魔法を跳ね返しているみたいだった。
「下がりなさい! とにかく距離を保って戦うの!」
声の限りに叫んで、劣勢のアレクの援護に向かう。
でも。
地面から生える槍が、氷の棺桶が、わたしをことごとく足止めする。
特に【氷棺】は無効化できるまで、周りにできた壁に阻まれてしまって、どうしても近づけないのだ。
苛立たしさともどかしさが募っていく。
アレクの言う通りだった。
こいつは、ただの酔っ払いなんかじゃなかった。
鍛錬を積み重ねた王国軍の正規兵であり、部隊をまとめ上げる士官なのだ。
「なんでそっちばっかり狙うのよ!」
「弱い方から叩くのは、当たり前の戦術だろう?」
鼻で笑うヘクターに、アレクは反論する余裕もなかった。
派手に振り回されるモーニングスターと、的確に急所を狙ってくる籠手をよけるのがやっとの状態なのだ。
やがて……
足元から生まれた槍に足を取られ、アレクはバランスを崩した。
姿勢を立て直す、ほんの一瞬。
そのすきを突き、止めとばかりに振り降ろされる鉄塊。
頭が砕かれる。
その、最悪の結末を防ぎたくて。
「邪魔を……」
わたしは、もう一段加速。
「するなあぁぁ!」
目の前にできた氷塊を、突進力で無理やり打ち砕き。
立ちはだかろうと回り込んできた兵士の頭を掴んで。
膝を顔面にめり込ませ、踏み越える。
わたしは突進する速度を保ったまま……
真紅の刀身で、迫りくる鉄塊を打ち据えた。




