12.悪党どもは掃討あるのみ その2
「貴様らぁ!」
と絶叫したのは、太っちょの男だった。
頭髪がなく、脂肪が付き過ぎて顎のない顔には、吹き出物がたくさん浮き出ている。
やたらとキラキラ輝く服は、炎に焼かれて所々に穴が開いていた。
まさに、不健康が具現化したような男で、たぶん、エクスプロードでバラバラに破壊された馬車に乗っていたのだ。
あいつが、このキャラバンの責任者なのかな?
「我が商会の商品を狙う不届き者どもが! 今こそここで叩きのめしてくれるわ!」
怒りの炎に燃える男は、護衛の壁の背後で叫んでいた。
自分は安全な場所にいて、偉そうにふんぞり返っているのが、とても腹立たしかった。
「どうする? まだ三十人はいるぞ」
戦意に満ち溢れるわたしとは逆に、アレクは気圧されているようだった。
十重二十重の人の壁。
剣や銃など、それぞれの武器で武装した手練れたちが、絶対逃がさないという決意を胸に、わたし達を包囲していた。
マグリット・ライフルや魔法攻撃用の杖、それに実弾を放てる銃を持っている者もいる。
さっきは不意を付けたけど、これからは真正面から戦わなくちゃならない。
「二人でがんばろっ」
アレクの心配はひとまず置いといて、わたしは満面の笑顔で励ました。
負けるかもという不安を抱えたままでは、本当の力を発揮できない。
絶対勝てるという自信を持つのは、実戦に臨む際の基本なのだ。
「いっくよー!」
わたしが真横に薙ぎ払った炎の刃を合図に、再度戦闘に突入した。
無数の攻撃魔法が迫る中、わたしは真っ先に前装式のライフルを持つ男に突撃した。
そいつが肩付けに構えた銃が、火を噴くのと同時。
わたしは地面を蹴って跳躍。
地面を穿つ弾丸を尻目に、一足でその足元に着地。
防御魔法を中和しながら伸び上がり、煌めかせたダガーでライフル銃を真っ二つに切断。
ひるんだ男の足を払って転ばせ、胸を思いっきり踏みつけた。
複数のあばら骨が折れるのを右足に感じつつ、次の標的に向けて突っ込む。
たかが数十人のゴロツキなんて、怖くなかった。
本気になったダリルさんとのタイマンの方が、よっぽど恐ろしかった。
何をやっても太刀打ちできなくて、自分に向けられた濃密な殺意に包まれて、一手ずつ確実に死へと追い詰められていくのは、トラウマレベルの恐怖なのだ。
どんな修羅場だろうと、アレの恐ろしさに比べたら、お遊びのようなものだった。
頭を狙って振り下ろされる剣先を読み切り、一歩前に出て懐へと踏み込む。
柄を持つ女の腕を横から殴りつけて、最も弱い部位……肘をへし折る。
彼女が痛みに耐えかねて離した剣を、空中で奪い取って。
身体を回転させて、後方へと投げつけた。
飛んできた剣に【輝く盾】が反応し、虹色の光を放つ。
簡単に動きを止められ、投擲の効果は全くなかった。
でも、それで十分。
眩い光で、ライフルの照準をくらましてくれればいい。
わたしは一点で旋回する勢いを生かして、剣を失った女の鎧の隙間、脇腹に拳をめり込ませた。
口から泡を吹いて、前のめりに倒れ込んできたそいつの鼻先を蹴り飛ばし、その反動で後ろに跳躍。
背後に回り込んだつもりの敵の顔面に、頭突きを喰らわせた。
陥没した鼻を押さえて、仰向けにひっくり返った男と一緒に地面を転がる。
そのすぐ後に、私を狙った銃弾が空を切り、背筋がゾッとする音を奏でた。
一人で多数を相手にする時は、絶対に止まったらダメなのだ。
動きを止めたら最後、絶好の的になってしまう。
常に動き続けて、狙いを定められないよう立ち回らないとならない。
身体をひねって起き上がりながら、わたしは撃ってきた相手を探した。
左前方。
【輝く盾】の内側で膝をつき、立てた銃身に次弾を装填している女を見つけた。
わたしは彼女の手前、盾の境界にダガーを投げつける。
紅い刀身が地面に突き刺さって。
「吹っ飛べ!」
わたしの叫びに伴って、短剣を中心に紅蓮の火球が生まれた。
地中に生じた爆炎が固い岩盤を砕き、女を守る盾や周りに立ちはだかる三人の仲間を、その地盤ごと。
空中へと放り上げた。
【輝く盾】が七色に反応して、エクスプロードの炎は防ぎ切っていた。
自分の無事に安堵し、空中で姿勢を立て直そうと身体を捻っていた彼女たちを。
アレクが放った電撃が飲み込んだ。
黄金に輝く六匹の蛇は、展開していた輝く魔法の盾を粉砕。
その顎で、まだ空にいた敵に食らいついた。
全身を感電させた三人はなす術もなく地面に叩きつけられ……
それきり動かなくなった。
【輝く盾】は魔法と物理の両用防御だから、魔法防御は完璧じゃない。
魔法の爆発を防いだ直後では、あれだけの威力の電撃は防ぎきれないのだ。
「負けてらんない、よね!」
短剣を回収したわたしは、すぐさま次に躍りかかった。
まだ敵はいる。
一番近くのチームの盾役に突っ込み、マグリット・ライフルの銃撃を受けながら、盾に穴を開けて中に飛び込んだ。
後退しようとする盾役の男のこめかみを短剣の柄で殴り倒し、【盾】を展開する魔装具を粉砕。
そのまま、残り三人に挑もうとしたわたしを。
刃の雨が飲み込んだ。
「ちょっと! わたしまで巻き込まないでよ!」
切り裂かれた敵が風の刃に押し流された後で、わたしはアレクに文句を言った。
【防護壁】が反応してくれたからよかったものの、下手すればわたしも刻まれるところだったのだ。
「お互い様だろうが! 文句を言うな!」
そう叫び返してきたアレクは、余裕がないのだろう。
わたしの方を見ることもなく、群がる敵との戦闘を続けていた。
ほんの一瞬、止まったわたしを狙って。
輝く大剣の切っ先が、首を落とそうと横薙ぎに迫って来た。
とっさに突き出したダガーの刀身で、薙ぎ払いを防ぎつつ。
その力を利用して、横っ飛びに跳躍。
烈風のような一閃から逃れたわたしは、剣を引こうとする相手に合わせて接近。
わたしの突進を止めようと、旋回してくるゴツい靴先に手を添えて。
ふわりと、宙に。
舞い上がった。
必殺の一撃を外して、目を見開く男。
それでもなお大剣を振り回そうと身をよじり、刀身を振り上げる。
鋼の軌道を読み切ったわたしは、上体を反らして。
その軌跡をよけると、組んだ両手で握った柄頭を頭上から振り下ろして。
派手な音を伴って、男の脳天を叩き伏せた。
敵は残り半分。
脳震盪を起こして倒れた男を踏み台に、戦場全体を見回したわたしは。
勝利を確信していた。




