11.悪党どもは掃討あるのみ その1
その商隊は、予想以上の規模だった。
先頭を行くのは、豪華な装飾が施された3台の大型馬車。
あそこに商会の人間が乗っているのだろう。
その後ろに、キャラバンの本隊が続いていた。
身の丈を超えるサイズの牛に引かれた十台の荷車。
ほろを被った八台と、むき出しの檻を載せた二台。
太い金属製の格子で囲われた複数の檻の中に。
合わせて五十人くらいの人が、閉じ込められていた。
いずれもボロボロの衣服を身にまとい、手足に鎖や枷がはめられている。
手足が細く不自然にやせていて、みんな顔を伏せて何もない床を見つめている。
これまでとこれから……過去と未来の運命を嘆き悲しむ彼らは。
わたしよりも年下の、十才から十五才くらいの子供、だった。
哀れな奴隷を取り囲むのは、馬に乗った男が8人と、徒歩で進む男女が40人ほど。
いずれもマグリット・ライフルなどの銃器で武装した護衛で、その他にも魔装具を持っていそうだった。
彼らは緊張感のかけらもなく、互いに談笑したり檻の中にちょっかいを出したりしていた。
展開した封印結界の力を信じ切り、襲撃なんてありえないと考えているみたいだった。
「ほろの中に、人間はいない」
魔力探知を使ったのか、荷車を睨みつけていたアレクは断言した。
彼もわたしが告げた現実を目の当たりにして、怒りに満ち溢れているのだろう。
「それなら、狙いは檻を載せた荷車だけにしよっか」
わたしはすぐ決断し、汚れた布切れを鼻と口に巻いて顔を隠した。
さすがに、相手に顔を見られたくないもんね。
「それじゃ、予定通りにお願い」
同じく布切れで顔を隠したアレクは無言で頷き返すと。
ライフルの銃口を荷車へと向け。
音もなく、密かに。
発砲。
立て続けに放たれた【風刃】の小さき刃が宙を滑空。
牛と荷車とをつないだ綱に触れると、太く頑丈なロープをたやすく切断。
突然荷重がなくなったばん獣は、前のめりにつんのめった。
互いにぶつかり合い、驚く牛たち。
間延びした鳴き声を上げると、絡め捕られていた手綱が切れたことに気付いたのか。
明後日の方向へと逃げ始めた。
慌てた御者がその背に飛び乗り、なだめようと止めようと、鞭で打ち据え鼻輪を力任せに引っ張った。
けど、元より人間よりもはるかに大きいばん獣を食い止めることはできず、何事かと騒ぎ始めた護衛達を押しのけ、焦る御者を背に乗せたまま。
ほとんどの獣たちが、キャラバンから離れていった。
後に残されたのは、牽く者がいなくなった巨大な荷車の群れと、呆然と立ち尽くす人間のみ。
今回は、とらわれた人たちの救出が最優先なのだ。
襲っている最中に、彼らを載せたカーゴに逃走されたら意味がないから、まずはその足を止める必要があった。
そして、ちょうどいい感じに、動かなくなった荷車とその前を行く馬車との距離も開いた。
わたしは廃屋の窓から、三台の馬車に狙いを定めて。
【炎の短剣】を投げつけた。
赤熱する刃が、先頭を行く馬車の足元の地面に突き刺さった直後。
「エクスプロードッ」
小声で叫んだわたしに反応して。
最大出力の爆炎魔法が放たれた。
大きく膨らんだ火球によって街道の一部がはじけ飛び、真上に差し掛かった馬車ごと、空中へと吹き飛ばした。
ダガーに込められた魔法を最大出力で放てば、このくらいの炎は出せるのだ。
半球状に広がった紅蓮の炎が、わたし達のところまでやってきて。
「ちょっ、おまっ……」
慌てて銃を引いたアレクにまで、爆風が襲い掛かった。
壁の後ろへ身を隠した彼を置いて、わたしは廃屋から飛び出し、炎のただ中を一直線に駆け抜けた。
【防護壁】が魔法の炎を打ち消しているので、わたしは爆風の中でも自由に動けるのだ。
広がる炎と立ち上る煙の中、わたしは街道の真中へ飛び出すと、地面に刺さったままの短剣を手に取った。
まず一人。
突然の牛の逃亡と爆発で、混乱のただ中にいる護衛の一人に切りかかる。
炎の中から飛び出してきた刃に反応できず。わたしの一撃をまともに受けて、手にした銃が真っ二つに切り裂かれた。
さらに続けてはなった回し蹴りで、その頭を刈り取った。
重い衝撃が足の甲に響き、相手が昏倒したのを確認するまでもなく、次の獲物へと襲い掛かる。
向こうがこちらを視認する前に懐に飛び込み、握り締めた右拳でわき腹を殴りつけた。
柔らかな手ごたえで拳が敵の肝臓にめり込み、身体がくの字に折れ曲がる。
身をかがめて低くなった頭を片手で掴み、膝で打ち抜く。
こめかみの骨が砕ける感触が、膝に伝わる。
昏倒した相手を放し、次を探すわたしの背後で。
大きな発砲音がして、わたしに切りかかろうとした騎馬の男が氷漬けになった。
体勢を立て直したアレクが、援護してくれたのだ。
廃屋からの銃撃を背に、わたしは近くにいる敵へと手当たり次第に襲い掛かり……
最初の爆発の煙が晴れる頃には、アレクの銃撃と合わせておよそ十人を仕留めていた。
護衛たちも、さすがに最初の衝撃から回復してきていた。
魔装具の起動音があちこちから聞こえてきて、わたしを包囲しにかかっていた。
彼らは四人で一つのグループを作っている。
前衛三人がマグリット・ライフルを装備して、一人がその背後に控えている。
後衛が防護魔法【輝く盾】でグループの守りを固めて、前衛がライフルの魔法で攻め立てるつもりなのだ。
完全に囲まれる前に、わたしは敵の一角に切り込んだ。
撃ってきた複数の魔法を【防護壁】で受け止め、距離を詰める。
電撃も氷結も土の槍も、わたしの突進には何の影響も与えなかった。
魔法の雨を突っ切り、彼らを守る壁に。
接触。
バチッ、と小さな雷のような音がしたかと思うと。
鉄壁の防御魔法に、わたしが通れるくらいの穴が開いた。
【輝く盾】なんて、【防護の指輪】の敵じゃない。
難なく無効化して盾に穴をあけ、その向こう側にいる敵に挑む。
「馬鹿な!」
と狼狽え、照準が揺らいだ正面の男の頭上を飛び越える。
わたしの狙いは、後衛の女だった。
彼女が防御と支援を担っているのは間違いなかった。
その懐に飛び込み、驚愕に見開かれた瞳を正面に見据える。
脇から別の男が、短刀で切りかかって来た。
わたしはその切っ先をギリギリまで引き付けて、ナイフの動きを見切って身を翻し、光る刃が振り抜かれた瞬間を狙って。
後衛の女の肩を掴んだ。
かなり強引に、力任せに引き寄せると。
振り上げた右足で……
彼女の膝を蹴り抜いた。
「ぎゃあああ!」
膝がへし折れ、悲鳴を絞り出して悶絶した女の手首を踏みつけ、腕輪の形をした魔装具を破壊。
すると、この四人を守っていた盾が消えた。
「今よ!」
わたしの合図と寸分たがわず、雷をまとった6匹の蛇が顎を開けて、男どもに襲い掛かった。
アレクの放った【雷蛇】が、無防備な男どもを丸ごと飲み込んだのだ。
三人まとめて吹っ飛ばしたその一撃は、ここにいる誰よりも威力が高く、肉体の強化をしているはずの護衛たちが、いともたやすく黒焦げになっていた。
その戦果を確認したわたしは、ちらりと視線を檻の方へと向けた。
見てしまったのだ。彼らを。
その子たちは、意思を感じないすりガラスのような目をしていた。
幼い顔には表情もなく、どこか遠くを見ているような、自分を見失っているような感じがした。
袖なしの汚れた服を着せられ、手足を鎖につながれ、首輪をはめられ、どこにも逃げられないようにされていた。
体中に様々な怪我を負い、長期間にわたって虐待されていたように見えた。
そんな子たちが、何十人も、檻に閉じ込められていたのだ。
わたしよりも年下の、年端もいかない子供たちが……
五年前、わたしがこの子たちくらいの年齢だったころは、こんな状態じゃなかった。
わたしもジェイクもティムもバートも、まだ見ぬ未来に希望を抱き、勉強に訓練に家の手伝いにと汗を流し、忙しい生活に励んでいた。
みんなで時に遊び、時にケンカをして、それでも楽しく笑顔で暮らしていた。
こんな……死んだような目をしているなんて、考えられなかった。
エンタリオ街道の先は、自由都市同盟の領土だ。
そこでは、あらゆる自由が認められている。
人を売り買いする自由でさえ。
彼らは、その商品なのだ。
同盟の人が買い、その人生と肉体とを好きに弄ぶための。
そんなのが……
許されるはずがない。
「絶対許さない!」
湧き上がって来た怒りに、我を忘れそうになった。
戦闘中だということも頭から消えそうで、バラバラに砕けて地面に散った馬車を、睨みつけてしまった。
わたしの動きが止まって、一瞬のスキが生じて。
頭上に、影が差した。
馬に乗った男が、回り込んできたのだ。
後装式の真新しいライフルをこちらに向け、引き金にかけた指に力を込める。
「やばっ!」
わたしはとっさに両腕をあげて、頭と胸とを守った。
【防護壁】で実弾は防げない。
強化した皮膚と筋肉と骨とで、受け止めるしかなかった。
怪我をする覚悟を決め、歯を食いしばったわたしの足元から。
十数本の槍が立ち上がった。
「なんだと!?」
叫んだ男が発砲するよりも早く。
正面に伸びた鋭い穂先が、わたしを狙った男を、馬ごと貫いた。
「この馬鹿! 無茶苦茶するな!」
転げるようにわたしへと駆け寄ってきたのは、アレクだった。
彼が【岩槍】で、わたしを守ってくれたのだ。
「馬鹿じゃないもん! わたしは当然のことをしてるの!」
「だからって、敵のど真ん中に突っ込む奴がいるか! 死にたいのか!」
真正面から反論するわたしへ、アレクも負けじと言い返す。
「そうしないと勝てないでしょ! 敵なんて全部まとめて叩き潰せばいいじゃない!」
言い争うわたし達の背後では、生き残った護衛たちがそれぞれの武器を手に、二重三重の囲みを作りつつあった。




