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探偵の苦悩(1)

 私は依頼料のガムをポケットに突っ込むと、

「また困ったことがあれば、いつでも声をかけてくれ」

と言って背を向けた。

 そしてその足で、園庭の隅にある主のいなくなったウサギ小屋の前へ行く。

「待たせたようだな」

 そこにいた依頼人は、ビクリとこちらへ顔を向け、辺りをオドオドと窺うように見た。

 依頼人は大抵不安を湛えた目をしているものだが、この依頼人もその例に洩れず、不安に瞳を揺らしていた。

「今来たところだよ」

「よかった。

 話を聞こうか」

 私はウサギ小屋の前のブロックに腰を下ろしながら、対面のブロックを勧めた。

 依頼人──花田君──は逡巡を浮べていたが、すぐにキッと目をあげた。

「小林紀美ちゃんは、誰かにチョコをあげる気かな」

 やれやれ。もうすぐバレンタインデーなだけあって、この手の依頼が多い。意中の相手が、誰かにチョコを渡すのか、または、自分以外にもチョコを渡そうとするライバルはいるのか。

 小林紀美は、大人しいが優しくて人気がある。気が休まる女というのだろうか。

 まあ、私には関係がない話だが。

「その調査が依頼というわけだね」

「ああ。依頼料は、小袋スナック1つでどうかな」

「おいおい。慈善事業をしているわけじゃないんだがね。3つだ」

「……わかった。じゃあ、2つ」

「いいだろう。引き受けた」

 私達は依頼料に折り合いをつけると、何も無かったような顔をして立ち上がり、別々に教室へと戻って行った。

 探偵が忙しいなんてろくなもんじゃないが、おかげで私の懐は温かくなりそうだ。


 母が放り出している料理本を、チラリと見る。表紙にはケーキと紅茶のカップの写真が印刷されていた。

 両親はこの前の春に「結婚8周年記念」のお祝いをしていたので、もうすぐ9年になる計算になるが、未だに新婚のように仲がいい。

 たぶん母は、父と私のために手作りのチョコレートケーキを作ろうとしているのだろう。

 内緒とか言う割に、こういう風に本を放り出してあるあたりが、母の詰めの甘い所だ。

 だが、こういう女も嫌いではない。完璧すぎる女は、私には合わないだろう。

 父も妻子のために頑張るマイホームパパで、愛情はいっぱいだが、決して完璧ではない事は時々電話をかけながら上司に頭を下げている事からわかる。

 母との相性もいいのだろう。勿論、私とも。

「俊ちゃーん、おやつにするから手を洗ってらっしゃーい」

「はあーい」

 私はせいぜいかわいい声で返事をして、本に気付かなかったふりをして洗面所に向かう。

 去年はチョコレートクッキーだったが、今年はケーキらしい。

 バレンタインか。しばらくは、甘い匂いがこの体に染みつきそうだ。やれやれ。


 



 

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