第7話 赤福本店で赤福を食べよう!
そうして僕たちは通りの奥にあるコンビニまで行くと、目当ての裁縫セットを手に入れた。
さて、立ちながらだとやりにくいから、どっかに座って縫えたらいいんだけど。
そこでふと、さっき通り過ぎた店を思い出す。ガイドブックで見た時からずっと行きたいと思っていたんだ。
「なぁ、もういっこ行きたいところがあるんだけど!」
「別に構わんが」
アカガネの許可を得て、僕たちが向かったのは『おはらい町』と呼ばれる通りの中ほどにある店。
『赤福本店』
伊勢に来たら、伊勢名物・赤福を食べなきゃでしょ!
この本店ではその出来立てを味わうことができるんだ。
しかも、その佇まいは、このレトロな建物が並ぶ『おはらい町』通りの中でも際立っていた。明治十年に建てられたという木造建築で、伊勢の伝統様式である切妻造りのとても風情のある建物なんだ。
さっそくその暖簾をくぐろうとして、あることに気づく。
「アカガネは、無理そうだね……」
思わずアカガネを見上げた。
入り口の間口は広かったが、それでもアカガネの頭は二階に掲げられた赤福の看板くらいまである。どれだけ身体を低くしても入れそうにない。
だけどアカガネは、
「ああ。ここに入るのか。待っておれ」
そう言うが早いか、しゅるしゅるしゅると身体が縮んでいって普通の狼くらいのサイズになった。
「ほれ。これなら問題はなかろう」
「そんな便利なことできるんだ」
「小さくなるのは割とどうとでもなる。大きくなるのはさっきの大きさが限度だがな」
そういうものらしい。あやかしって、僕らの知ってる質量保存の法則とかからはずいぶん自由な存在のようだ。
「よし、行こう」
さっそく一人と一匹で暖簾をくぐると、店内からすぐに声をかけられる。
「いらっしゃいませ。そちらでお会計をお済ませください」
入って左手のところに会計をする場所があった。先払い制らしい。
そちらへ行くと、会計の女性が朗らかな声をかけてくれる。
「おひとり様でよろしいですか?」
「あ、いえ……えっと。二人分、いただいてもいいですか?」
「かしこまりました。お二人様分ですね」
にこやかに二人分の会計をしてくれる。一人分が二百二十円。二人分だから四百四十円を払って、レシートをもらうと案内の人が座敷へと案内してくれた。
店の奥は広い座敷になっていて、「こちらへどうぞ」と案内された場所に靴を脱いであがる。僕の後ろからアカガネもひょいっと座敷に飛び乗った。
ほとんど待つことなく、湯呑に入った番茶と赤福が二つずつ乗った皿が僕たちのところに「ごゆっくり」という笑顔とともに届けられる。
赤福は、餅をこしあんで包んだ和菓子。伊勢の名物なんだ。
皿を手に取って添えられた割りばしで赤福を一つ口の中に頬張った。
うん。餅が柔らかくて、こしあんもほどよい甘さ。番茶が口の中の甘さをすっきり洗い流してくれるから、つい次々に食べたくなってしまう。
隣を見ると、伏せをしたアカガネが皿の赤福をペロッと食べていた。そして目を閉じてモグモグしている。
「いい甘さだな」
「だろ。たまに関西へ出張に行った同僚から赤福を土産にもらうことがあって、いつか地元で食べてみたかったんだ」
軒下に掲げられた風鈴がちりんちりんと涼しげな音を立てて揺れる。
目の前には五十鈴川が見えた。そこから川を渡ってさわやかな風が座敷に入ってくるので、とても心地いい。歩き回って疲れた足をいやすのにもちょうどよかった。
いつまでも居たくなってしまうけど。
「そうだ。あの袋、縫わなきゃ」
僕はボディバッグからさっきコンビニで買った裁縫道具を取り出すと、針に糸を通す。裁縫はあまり得意ではないけど、これくらいなら普段からほつれたものを自分で直したりしているからできないわけじゃない。
アカガネが咥えてきた神袋を膝の上に乗せると、中の玉がこぼれないように気を付けながら、一針一針縫っていった。
最後に玉結びをして糸を切ったら、
「はい、これでできあがりっと。もう下に向けても玉が零れ落ちたりしないはず」
「玉ではなくて、神饌だ。これからはお前が持っておけ」
「それは別にいいけど」
一応提げられるように赤い紐がついているが、アカガネが首から提げていたくらいだから紐はとても長い。それに、神袋自体も直径ニ十センチほどあるのでどうやって持っていようかと悩んでしまう。紐を短くして僕も肩から提げた方がいいのかな。
なんて神袋を持ったまま悩んでいたら、突然神袋がしゅるしゅると小さくなって僕の手のひらに収まるくらいの大きさになってしまった。
「うわ……びっくりした」
しかも長かったあの赤い紐も、今は手に提げるのにちょうどいいくらいの長さになっている。
「コレは身に着けるものの大きさに勝手に合わせてくれるのでな」
「へぇ……すごいな」
これなら僕のボディバッグの中にも入りそうだ。神袋の中には、玉……じゃなかった、神饌がパンパンに入っている。
それなのに不思議と重さはまったく感じなかった。