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第4話 喰われる……!?

 バスを降りて少し歩くと、伊勢神宮内宮の入り口に着く。


 ここも外宮と同じように、入ってすぐのとこに立派な木製の橋があった。こちらは宇治橋(うじばし)と言って、五十鈴(いすず)川にかかる全長百メートル以上ある大きな橋なんだ。神と人を結ぶ橋、とも言われているんだって。


 橋の反対側には内宮のこんもりとした森が見える。

 たしかに一歩一歩橋を渡っていると、なんだか人の世を離れて神聖な場所に入ろうとしているような厳かな心地になってくる。


 橋の先にある大鳥居を抜けると、そこはもう神の住まう場所だ。

 橋を渡って道なりに歩くと、神苑(しんえん)と呼ばれる庭園も見えてきた。

 隅々まで綺麗に整備されて掃き清められている。ここが二千年という遥か昔からたくさんの人たちの信仰を集めてきたっていう重みに圧倒されそうだった。


 そこを過ぎると、右手に先ほど渡った五十鈴川が再び見えてくる。

 そこが、御手洗場(みたらし)と呼ばれる場所だった。


 川のそばぎりぎりまで石畳が続いていて、川の水に触ることができる。

 昔は参拝の前に川の水で身体を清めたんだって。


 いまは川の中に入ることはできないけれど、手水のかわりにここで手を清めることができるんだ。


 ほかの参拝客がしているのをまねて、僕も石畳のはじまで行くとしゃがんで手を川の水に晒してみた。

 おお。案外冷たい。

 ひんやりとした水が、心地よかった。水はとてもよく澄んでいる。海に近いからか、ほんのりと潮の香も漂っていた。


 水の中をのぞいてみると、小さな魚や、岩陰に沢ガニまでいる。

 と、そこにキラキラと七色に光るピンポン玉みたいなものが一つ、川の中程を流れてくるのが見えた。


 なんだろう?


 不思議に思っていると、その光るピンポン玉みたいなものは僕の前を流れに任せて通り過ぎた……かと思ったのに、急に角度を変えて僕の方に漂ってくる。


 明らかに川の流れに逆らった動きでこちらに吸い寄せられるようにすいすいと迫ってくると、呆気に取られて川につけたままになっていた僕の右手にスポッと収まった。


「わわわ、なんだこれ!?」


 手を川から出してぶんぶん振る。

 なのにその光るピンポン玉は僕の手にしっかり糊づけされたみたいにびくともしない。なんだこれ。


 弱ったなぁ。どうしたら取れるんだろう。

 と、そのとき、


「小僧。神饌(しんせん)を盗んだな」


 頭上から太く低い声が降ってきた。


「へ?」


 顔を上げると、いつの間にそこにいたんだろう。

 川の上に座っている、巨大な……僕の背丈の倍ほどはありそうな巨大な赤い犬が、凶暴な犬歯を剥き出しにして僕を睨みつけていた。


 巨大な犬のようなものは、歯をむき出しにして唸る。


「神のものを盗るなぞ、万死に値するぞ」


 その地の底から響くような声が水面にさざ波を起こした。僕の肌もビリビリと震える。

 そして言い終わるやいなや、その巨大な犬は水面を蹴って僕のほうに飛び掛かってきた。


「へ、え……うわっ」


 何が起こっているのかさっぱりわからない。なんでそんな凶暴な獣が目の前にいるのか、なんで人間の言葉をしゃべっているのか、なんで僕に対して明らかな怒りを向けてきているのか。


 わからない、わからないけれど、とにかくここにいたら危ない!


 とっさに立ち上がると、よろけそうになりながらもなんとか駆け出した。

 でも数歩走っただけで、石畳に躓いて派手にこけてしまった。


 まずいっ。そう思った瞬間、あたりが暗くなる。

 すぐ耳元に低いうなり声が聞こえた。


 おそるおそる振り向くと、今にも僕に食らいつこうとしているかのような巨大な口がすぐ目と鼻の先に見えた。

 生暖かい息が顔にかかる。


「小僧、逃げられると思ってるのか?」


 ビリビリと鼓膜が振動する。

 恐怖に竦んでしまいそうだった。

 犬歯なんて僕の腕よりも太い。そんな巨大な口の向こうに、僕を睨みつけている大きな瞳があった。


 いまにも、その口にパクリと食われそう。

 でも、このまま食われるなんて納得できなかった。


 こいつはさっきなんて言った? 神のものって言ったか?

 そんなもの盗った覚えなんてない。でも、もしかすると。

 ワケがわからないながらも、ピンポン玉みたいなのがくっついたままの右手をぶんぶんと降ってみる。


「これか!? これのことなのか!?」


「そうだ。それは我が神から預かりもの。それを横取りしたのはお前であろう」


「横取りしたんじゃない! 川を流れてきたんだ!」


 手をぶんぶん振りながら必死に言う。


「嘘じゃないって! いまだって、放そうとしてるのに離れないんだよ!」


 巨大な赤犬は、そんな僕の様子を見ると「ふむ」と唸ってその場にお座りをした。まだ歯茎をむき出しにして、今にも飛びついてきそうだったけど、一応話を聞くつもりはあるようだ。


「確かに、くっついているようには見えるな」


「そうだよ! 返せるんなら、いますぐ返すからこれ取ってくれよ!」


 ピンポン玉のようなものは僕の右手の平にくっついたまま、どれだけ激しく振っても引っ張っても取れない。どうなってるんだこれ。


 それでどうしようもなくて、手のひらをその巨大な赤い犬の口の前に差し出す。そのまま腕ごとパクリと喰われそうで怖かったけれど、その犬はこの玉の正体を知っているようだったから。


 赤犬はジッと睨むようにこちらを見下ろしてくる。

 ごくりと生唾を飲み込んで、僕も見上げるしかできなかった。


 どれくらいそうやって視線を交し合っていたんだろう。ほんの数秒だったかもしれないし、数分だったのかもしれない。


 しばらくそうやって見つめ合ったあと、赤犬が口を開いた。その口調にはもう、さきほどまでの怒りの色はかなり薄くなっていた。


「お前……この内宮に来る前に、外宮に行かなかったか?」


「へ? あ、うん。そうだけど」


 確かに、ここに来る前に外宮に寄った。だって、それが伊勢神宮をお参りするルールだって聞いたから。


「そのとき、豊受大御神の力を強く浴びたりしたか?」


「……え? どうだったかな。ほかの人と同じように参拝しただけだったけど。……あ、そういえば。三ツ石のところにはかなり長い間いたっけ……」


 それを聞いて、赤犬は口の端を挙げてハッと笑った。


「そのせいだな、人間。これは豊受大御神から承った神饌だ。お前の手に残っていた神の気に惹かれて寄ってしまったんだろう」


「じゃ、じゃあ。どうすれば取れるんだ、これ……って、うわっ」


 突然、赤犬が僕の右手にパクリと喰らいついた。


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