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第34話 これを……!

「ミナシー!!」


 手に口を当てて、一本杉の根本から叫ぶ。

 ミナシはきょろきょろしていたが、すぐに真下にいる僕たちに気づいたようだった。

 たたたっと木を駆け下りてくると、


『ナオキしゃん! アカガネしゃん! どうしてこんなとこに!?』


 ミナシは目を丸くしていた。

 そして、ハッと顔を強張らせる。


『ごめんなさい。ボク、どうしても川のことを放っておけなくて。お二人に睡眠の術をかけて、無断で出てきてしまいました。でも、ボク、帰らないですから! この雨をなんとかしないと、川が……!』


 いっきにまくしたてるミナシ。その口調からも必死さが伝わってくる。


「わかってるよ」


 止めようとしたって彼は断固としてここを離れないだろう。


「だから、僕らは君を止めにきたんじゃない。ただ、これを渡したくて」


 そう言うと僕はボディバッグから神袋を取り出した。神袋もぐっしょり濡れていたけれど、手に取ると元のサイズに戻る。帰ったらまた、陰干ししておかなきゃね。


 その袋の口を開けると、中から神饌(しんせん)を取り出してミナシに向かって投げた。


「受け取って!」


 ミナシは、大きく口を開けてパクッと神饌を受け取った。


「豊受大御神の神饌だ。それを食えば、最盛期の力を取り戻すだろうよ」


 アカガネが説明を加えるが、それより先にミナシは神饌を飲み込んだ。


 するとミナシの全身が黄金色に光り出す。しかも、光るだけでなく、ムクムクと身体が大きくなっていった。長さだけでなく太さもどんどん増していく。


 あっという間に、もとは五十センチくらいしかなかったミナシが、体長二十メートルはありそうな巨大な龍となっていた。


 一本杉に纏わりつくようにして掴まっていたが、前脚を木から離すと、ゆっくりと空中を掻くようにして天に昇っていく。


『ありがとうです! これで、もっとたくさん雲を食べられるです!』


 天から大きな声が降ってくる。身体はこんなに巨大化しているのに、声はミナシのままだった。


 立派な龍となったミナシはどんどん上空へと昇っていく。そして、厚く空を覆った黒雲の中に飲み込まれるようにして見えなくなった。


「すげぇ……本当に、龍だ……」


 昔、修学旅行で京都へ行ったときにお寺で見た天井絵の見事な龍。いままさに、その本物を見た気持ちだった。

 

「さすが、弱っていても水神だな。ほかのあやかしとは反応が違う。ただ……神饌でできるのは元の姿に戻すだけだ。これでどこまで雲を食えるかだが……」


「そうだね……。なぁ、アカガネ。なぜあやかしや神様たちは、神饌がないと元の姿を保てないくらいに力が弱くなってしまったんだ……?」


 ふと、ずっと疑問に思っていたことを口にしてみる。ミナシだって、本来はこんなに立派な龍だったのだ。それがなぜ、あんなに小さくなってしまっていたんだろう。


「それにはいろいろと理由があるが。まぁ、あれだ。一番の理由は、俺らが本当に存在すると心から信じる人間が減ったからだ」


「……え?」


「あやかしも八百万の神も、人の恐れや願いから生まれた。だから、人が忘れてしまえば力を保てなくなる。そういうものだ」


「そっか……」


 雨はいまだに衰えを見せる気配がないどころか、ますます強くなっている。


 スマホでもう一度天気情報を見てみると、ここ飛騨山脈一帯は降雨量が観測史上初となる記録的なレベルに達していた。


 そして梅雨前線に沿って、西にもずっと関西の方まで雨量が真っ赤に表示されている。積乱雲が帯のように連なっていた。


 雲は西から東へ日本列島に沿うように移動する。ということは、まだこれからこの地には西で発達した雨雲がどんどんやってくるということだ。


 ほかに何か情報がないかと、SNSも見てみた。

 『飛騨川』で検索すると、沢山の投稿が目に飛び込んでくる。川の下流域で取られたと思しき写真がいくつもアップされていた。


 どの写真にも『今にも決壊しそう』『近隣に住んでるやつは、早く逃げて!』『やばい。飛騨川が溢れそう』そんな文字が綴られている。


 僕は、ミナシが雲の中に消えて見えなくなってしまった真っ黒な空を見上げる。


 ミナシ、がんばれ。


 そう祈るしか、もう僕にはできることなんて何もなかった。


 そうやって空を見上げていたら、この山の上空に雲が渦を巻いていることに気づいたんだ。

 ミナシが大きく渦を描くように、この空の雲を食い始めたんだとすぐにわかった。


 それはまるで、もっとずっと巨大な龍が空でとぐろを巻いているようにも見える光景だった。


 だから、思わず僕はそれをスマホで写真に撮った。

 何枚も何枚も。


「何をしてる? 俺たちもそろそろ引き上げるぞ。ここら一帯の山は水を含みすぎている。いつどこで地滑りが起きてもおかしくないぞ?」


「うん、わかってる。あとちょっと。ちょっとだけ待って」


 僕はその撮った写真の中で一番映りがいいものを、SNSに載せた。

 そして、


『飛騨山脈上空が龍みたいになってる。雨雲を食って飛騨川を守ろうとしてるみたいだ』


 とコメントをつけた。

 もし、誰かがこの投稿を見て、少しでもこの飛騨川に、そして今もこの川を守ろうとしている龍のことを思い出してくれたら。そうしたら、ミナシの力になるんじゃないかって、そう思ったんだ。


 と、そのとき。

 ゴゴゴゴゴという地鳴りのような音が響くとともに、アカガネに乗る僕にも揺れが伝わってきた。


「じ、地震!?」


 こんな大変なときに!? と思ったけれど、アカガネがすぐさま否定する。


「いや、とうとう地滑りが起きたんだろう」


 そう言うと三角の両耳をピンと立てて、森の中のとある方向に耳を澄ませていた。


「どうした? また、地滑りが起きそうなの?」


「いや……、悲鳴のようなものが聞こえた気がしたんだ。人じゃないな、あやかしの声だったようだが」


 え? それってもしかして。


「地滑りに巻き込まれたあやかしがいるかもしれないってこと!?」


「かもしれんな……」


 僕は急いでボディバッグにスマホを締まって、アカガネの背をぺちぺちと叩く。


「行こうよ。もしかしたら、まだ助けられるかも」


「ああ、もう。くそっ。相変わらず、あやかし使いの荒い眷属だな!」


「あやかしを助けるのはお前の神命だろ?」


 とにかく、ここにいてももうミナシのためにできることは僕たちには何もない。

 だから、僕たちはその地滑りの現場に行ってみることにしたんだ。

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