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第33話 白鷺の導き

「俺はあいつは上流へ向かったと思うんだが、お前はどう思う?」


 雨の中を走りながら、器用にアカガネが話しかけてくる。


「うん。僕もそう思ってた」


 飛騨川が氾濫しそうなのは、もちろん川の全域に大雨が降り続いているせいもあるけど、その源流にあたる飛騨山脈が局地的な豪雨となっていることも大きいとネット上の天気情報にはあった。その山々から水が川に大量に流れこんでいる。それをどうにかしないことには、川の水は増え続ける一方だからだ。


 特に、乗鞍岳にある高根第一ダムと第二ダムの水位が危険な状態になっているとニュースではしきりに報道されていた。


「川に沿って上流に向かいながらミナシを探してみよう。できる? アカガネ」


「俺を誰だと思ってる。日本武尊(やまとたけるのみこと)に道を示し手助けした一族の末裔だぞ。道案内でしくじったとなれば一族の笑いものだ」


「え、お前そんなえらい種族だったの?」


 いつも偉そうだなと思っていたけど、そんな伝統ある出自だったんだね。

 意外に思う僕の反応に、アカガネはフンと鼻を鳴らした。


「日本武尊が山で追い詰められたときに道案内し窮地を救ったのが白と黒の二匹のオオカミだ。それが神として祀られ神格化したのよ。とはいえ、俺は怠けまくってたせいで元の白い毛からこの色に変わっちまった。それと同時に神力もほとんど失ったしな。それを豊受大御神が哀れに思って、神命を果たせば元に戻してやると約束してくれたんだ。だから、俺は神命を果たさにゃならんのだ」


 そんなことを話しながら、アカガネは飛騨川の堤防にひょいっと上る。川はさっきよりもさらに水位を増して、もういつどこが決壊してもおかしくない状態だった。


 その広い川幅を、アカガネはひとっ跳びに飛び越えると反対側の川沿いの道路を上流へとさらに走り続ける。


 でも、本当にこの広くて長い飛騨川で、しかもこの視界の悪い雨の中、あの小さなミナシを探し出せるんだろうか。

 不安が重く胃にのしかかる。息が詰まりそうだった。




 しばらくすると、川の方から何か人のざわめきのようなものが雨音と川の濁流の音に交じって聞こえてきた。


 なんだろう?


 そちらに耳を澄ませると、ざわめきは「ヤロカヤロカ」とザワザワ繰り返しているようにも思えた。


 やろうか、水をやろうか、と川から呼びかけてくる声。

 人間の声であるはずがない。


「あれは、ヤロカとかいうあやかしだな。話に聞いたことがあるぞ。ヤロカの声に応えて、ヨコサバヨコセと言うと一瞬にして水に飲みこまれるってやつだ。昔の人間はこの声を聴くと恐れをなして逃げ出したんだとよ」


「そっか……」


 こんな状態で、水をよこせなんて言う人がいるんだろうか。自分だったら、こんな豪雨の日に川からそんな風に声をかけられたら、怖くて一目散に逃げだすだろう。


 もしかするとこのあやかしは、避難勧告なんてものが存在しなかった時代に、川のそばに住む人々へ危険を知らせる警告になっていたのかもしれない。


 そんなあやかしがいるということは、きっとこの辺りは古くから川の決壊や氾濫と戦ってきた土地なんだろうと予想がついた。


 そんな川を、あのミナシたちの一族は守ってきたんだ。

 この大雨を彼ら一族の最後の戦いにしてはいけない、そう思うと一刻も早くミナシを探しだしたかった。




 どれだけ走ったのかわからない。降りしきる雨に耐えながら、かじかんだ手でただひたすらアカガネの身体にしがみついてた。

 そうしながらも、ずっと川の方へ目を凝らす。もしどこかにミナシがいたら、絶対に見逃さないように。


 でもそのとき、あることに気がついたんだ。

 さっきから川の上を、まるで僕たちと一緒に上流へと向かっているかのように一羽の大きな鳥が飛んでいた。


 その鳥はこの大雨の中、どこかに舞い降りる気配もなく、僕らの前を飛び続けている。


「なぁ、アカガネ。さっきから、あの鳥。ずっと僕たちと同じ方向に飛んでない?」


「俺も気づいてた。あれは(さぎ)だな。白鷺(しらさぎ)だ」


「白鷺……」


 そこで僕は、ハッと思い出す。

 下呂温泉、そして飛騨川は白鷺の伝説が残る土地じゃなかったか? あの伝説の中では、白鷺は薬師如来の化身だった。


「アカガネ、あの白鷺に近づける?」


「お? ああ、できるが」


 アカガネは足捌きを速くし、グンと加速して白鷺に近づこうとする。しかし、白鷺は悠然とその翼を動かすだけなのに、なぜかアカガネと同じだけ加速して、結局距離は縮まらない。


 それで確信した。あれは、普通の白鷺なんかじゃない。

 あやかしか、もしかしたら本当に薬師如来の化身なのかもしれない。


 第一、僕たちと白鷺との間は十メートル以上の距離がある。それなのに、この視界の非常に悪い土砂降りの雨の中、あの白鷺だけははっきりと姿をとらえることができていた。

 よく見てみると、白鷺の身体自体がうっすらと光を帯びているようでもある。


「くそ、全然追いつかねぇ。アレは、なんか強い力を帯びたモノだな」


「………なんだか、僕たちを先導しているようにも見えるよね」


 すると突然、白鷺が一声鋭く鳴いた。そして白鷺は体を傾けて飛ぶ軌道を変えると、川からどんどん離れだす。

 川と白鷺、どちらに従って先に進むべきか。一瞬迷ったけれど、すぐに答えは出た。


「アカガネ。あの白鷺を追ってほしい」


「いいのか?」


「うん。信じてみよう。僕たちも白鷺伝説をさ」






 うっすらと光をまといながら白鷺は雨の住宅街を抜け、山の方へと飛んでいく。

 僕たちもその後を追って山の中へと入っていった。


 アカガネは山肌をひょいひょいと大股で跳ぶようにして登っていく。アカガネにとってはアスファルトの上よりも山道の方が走りやすいらしく、みるみる木々の間を飛び越えていった。


 白鷺に導かれるままに何度か山を登ったり下ったりしているうちに、やがて前方に巨大な湖が見えてきた。

 いや、あれはおそらくダム湖だ。


「アカガネ。ちょっと場所を確認したいんだ。どこか木陰にでも入ってもらえるかな」


「ちょっと待ってろ。あそこが良さそうだな」


 大きな木の下の陰にアカカゲが入ったとたん、身体に降り注ぐ雨が格段に少なくなる。僕は急いでボディバッグからスマホを取り出した。スマホもぐっしょり濡れている。防水機能付きなので水没しても大丈夫なタイプだけど、画面のタッチパネルが濡れると機能しなくなってしまう。


 シャツで何度か拭いてなんとか水滴を落とすと、今いる場所を地図アプリで検索してみた。


 先に飛んで行った白鷺は僕たちが追いかけてこないと見るや、戻ってきてこの木の上に止まっている。


「やっぱり、ここはもう乗鞍岳のすぐ近くだ。あの見えている湖は高根第一ダム」


「ということは、この近くにあの龍の小僧はいるのか?」


「だと、いいんだけど」


 はなから僕もアカガネも、ミナシは飛騨川の源流近くにいるんじゃないかと考えていた。白鷺が僕たちを導いたのも同じく源流の方向。僕たちの予想と同じだ。

 ということは、この辺りにミナシがいると信じたかった。


 ただ白鷺が導いてくれたおかげで、ここまでかなりショートカットしてくることができた。蛇行する川に沿ってミナシを探しながら走っていたら、きっと倍以上の時間がかかったことだろう。


 僕がスマホをしまってアカガネが再び走り出すと、白鷺も木の上から飛び立ってダム湖の方へ向かっていく。


「行こう、アカガネ」

「わかってるよ」


 アカガネも山の斜面の木々を縫うようにして白鷺の後を追う。

 白鷺はダム湖の上を飛び越えると、さらに斜面に沿うようにして山肌を登っていった。アカガネも湖の上を走ってついていく。

 白鷺はさらにいくつか山を越えると、とある山のてっぺんまで飛び上がり、そこにすくっと真っ直ぐに生える一際高い一本杉の小枝にとまった。


 もしかして、白鷺が僕たちを連れてきたかったのは、ここなんだろうか?

 ガスってあまり視界がよくない。それでもその杉の木の真下までたどりついて上に目を凝らすと、てっぺんあたりに白鷺とは違う別の生き物がいるのが視えた。


「あれだ! 見つけた!」


 それは、木のてっぺんにしがみつくようにして空を見上げている小さな龍の姿。

 まぎれもない。僕たちが探していた、ミナシだった。






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