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第30話 龍神火祭りの龍!?

 下呂温泉まつりは、例年八月上旬に四日間かけておこなわれる。その中でも一番勇壮なのが、白鷺橋周辺で初日に行われる『龍神火祭り』だ。


 龍神火祭り自体は夜の六時から始まるのだけど、当日は日が高いうちから道の両側に夜店がずらっと並び、浴衣を着た女性グループや観光客、地元の人たちなどでにぎわっていた。


 僕も昼過ぎから祭り会場になっている温泉街に出向いて、夜店を覗いて歩く。

 金魚すくいに惹かれたけれど、金魚をとってもシェアハウスを引っ越すときにもっていくのが大変なので諦めた。


 アカガネは成獣サイズのままついてくる。さっきチョコバナナを買ってあげたら、パクリと一のみに食べてしまった。相変わらず食べるの早いよな。なんて思いながらぶらぶら歩いていたら、人だかりのある屋台を見つける。覗いてみると射的屋だった。


「アカガネ。射的があるよ。やってみようよ」


「俺がどうやって、引き金を引けるというんだ」


 確かに、狼の口じゃ引き金は引けないよな。


「ああ、そうか。じゃあ、僕だけやるね」


「勝手にすればいいだろ」


 そう言いつつも、アカガネは自分ではできないことでも僕のやっていることをジッと眺めていることも多い。


 今回も、僕が射的のタマを込めて狙いを定めて撃つところまで、隣に座ってじーっと見ていた。どうやら、人間のやることに興味深々みたいなんだ。本当は自分でもやってみたいのかもしれない。


 僕は射的用の棚に並んだ招き猫の置物に狙いを定めて引き金を引く。コルクのタマはパンという軽い音とともに発射されて、狙っていた置物のすぐ近くに当たった。


「あ、くそ。はずれた」


 もう一発同じものを狙うけれど、今度は置物の下側に当たってタマは弾けた。


「もっと上を狙ったらどうだ。上」


「うるさいなぁ。わかってるよ。わかってるけど当たらないんだってば」


 置物はどっしり重さがあるから、なかなか倒れそうにないな。あの招き猫、かわいかったから欲しかったんだけど諦めよう。今度はもう一段上にあるチョコ菓子の箱に狙いを定める。


 でもどのタマも思うようにあたらず、最後の一発でまったく狙っていなかった隣のキャラメルの箱に当たった。キャラメルの箱はあっさり向こう側に落ちて、店のおじさんが僕に渡してくれる。


「ほう。うまいこと当てたな」


 アカガネは感心してたけど、あれ完全にマグレなんだよな。でも、景品もらえたからまぁいいか。


 そのあと、イカ焼き食べたり、かき氷食べたり、りんご飴食べたりしていたら段々と夕方の太陽が西の空に沈んで空が赤くなってきた。

 いよいよ、龍神火祭りがはじまるみたいだ。




 ライブ会場にしつらえられた舞台の上で、おそろいの法被(はっぴ)を来た大人や子どもたちが威勢よく太鼓を鳴らし始める。


 さらに爆竹の音が響くと、上半身裸、下はひざ丈までの白股引をはいた男たちに担がれた巨大な龍が現れた。


 龍は約二十メートルほどの長さがあり、それを何十人という男たちが長い棒のようなもので支え、動かしながら街を威勢よく練り歩き、駆け回る。


 龍を支えているのは、みんな厄年を迎える男性たちなんだそうだ。


 龍は口から盛大に火花や色とりどりのガスを吹きながら、自由自在に動き回っている。その姿はまるで、本物の龍が飛び回っているようで、僕はもう夢中で見入ってみしまった。


 龍は全部で五匹。それに、大きなお椀の神輿もある。

 これは、この地に伝わる伝説をもとにしているんだそうだ。


 かつてこの飛騨川には『椀貸せ淵』と呼ばれる大きな淵があった。その淵は竜宮城に続いていたといわれている。ここら一帯は耕作地も少なくて生活に窮していたけれど、村人たちはとても正直者ばかりだった。


 そのため、村人たちが冠婚葬祭などでお椀が沢山必要になったときはこの淵に立ってお願い事をすると、翌日、必要なだけの椀がこの淵においてあったんだそうだ。村人たちは椀を使い終わったあとは綺麗に洗って再びこの淵に戻す決まりだった。


 ところがある日、村人の一人が誤って借りた椀を割ってしまう。しかも、謝ることもなく逃げたことから、龍神が怒って暴れだし、それ以降二度と椀を借りることはできなくなったのだという。それがこの地に伝わる伝説だった。


 だから、この祭りでも五匹の龍が椀を追いかけるように舞い踊る。


 通りには、勇壮な龍たちを見ようと沢山の人が集まっていた。

 祭りはいよいよ佳境を迎えていたけれど、僕は昼過ぎからずっと歩き回っていたせいで足が痛くなってきた。


 ちょっと休憩しようと、白鷺橋の欄干にもたれてコンビニで買ったペットボトルのスポーツ飲料をあおる。


「祭りとはいつ見てもいいものだな」


 そんなことを言って目を細めるアカガネ。


「そうだね。特別な日っていう感じがするし、風情があっていいよね。アカガネもお祭りを見に行ったりするの?」


「そうだな。特に昔は祭りというと一年に一度のハレの日だったからな。普段山に潜んでいるあやかしたちも、この日ばかりは里に下りてくる。ほれ、よく見てみるとあちこちにあやかしの姿が視えるぞ?」


「え?」


 言われて祭りに集まった群衆にしばらく目を凝らすと、ほんとだ!

 人の流れに交じって、頭は猿、胴体は虎、尾っぽは蛇の姿をしたあやかしが祭りを眺めているのを見つけてしまった。


「あれは、さるとらへび、だな」


「見た目そのまんまの名前なんだね」


「あっちにいるのは山童(やまわら)だ」


 アカガネが口で示した先には、街灯の上に子どもくらいの大きさのあやかしがしゃがんでいた。赤い長い髪に耳はとんがり、両腕は異様に長い。

 火の玉みたいなものも、ふわふわと三つ、四つ群れて飛んでいる。


「うわ……祭りに夢中で気が付かなかった。結構沢山いるんだね」


 ほかにもまだどこかにあやかしはいるのかな、と思って辺りを見回すと、もう一匹、すぐ近くにいるのを見つけた。

 そいつは、僕がいま寄りかかっている欄干のすぐ近くにある銅像の上に座っていたんだ。


 そこから龍たちが舞い踊る様子を目をキラキラさせながら眺めている。そいつ自身もまた、五十センチほどの龍の姿をしていた。日本昔話とかでよく描かれる、緑色の鱗をもつ胴体の長い、あの龍だ。


「龍だ。龍がいる」


 思わず僕がつぶやくと、アカガネは目で探しだす。


「ん?」


 あんまり近すぎて見えてなかったみたいだ。


「ほら、そこの銅像の上」


 僕が指さして教えると、アカガネもソレの存在に気づいた。


「お、ほんとうだ。龍の子か。珍しいな」


 龍が龍神火祭りを見に来るって、不思議な感じだね。


 でも、僕たちがこそこそ龍の話をしていたのが聞こえたのか、その龍の子はキョロキョロと辺りを気にしだし、僕と目が合って一瞬固まったあと、パッと逃げだした。


 龍の子はするすると銅像から道路へ下りると四本脚で走っていこうとする。

僕はその背中に向かって慌てて声をかけた。


「あ、待って! ごめん、つい視ちゃって。もう邪魔しないから!」


 すると、龍の子は止った。そして尻尾を支えにして後ろ脚で器用に立ち上がるとこちらを振り返る。


『ほんとに、ほんとですか?』


 不安そうなか細い声。

 僕は怖がらせたくなくてゆっくり龍の子のそばへ近づくと、少しでも目線を合わせられるようにしゃがみこんで、やさしく答えた。


「うん。邪魔しない。そうだ、これ食べる?」


 ズボンのポケットに、さっき射的でとったキャラメルが入っていたことを思い出して、箱から一つキャラメルを取り出すと差し出した。

 龍の子はキャラメルと僕を信じられないものを見るような目で交互に見比べる。


『これ、ボクにくれるですか?』


「うん。あげるよ。口開けてごらん?」


 龍の子が素直にあーんと口を開けたので、キャラメルの包装をとってその中にぽんと放り込んでやる。龍の子は、もぐもぐと両前脚でほっぺた?を抑えて美味しそうに食べていた。


「お前もお祭り見に来たんだろ? 龍のみこし、もっと近くで見てみようよ。僕の肩にのる?」


 手を差し出すと、龍の子は一瞬ためらいを見せたものの、するすると僕の腕を駆け上って頭の上に乗っかった。よしよし。キャラメルのおかげで少し警戒をといてくれたみたいだ。


「さて。もっと近くまで行ってみよう? アカガネ」


 そう言うと、アカガネはやれやれと苦笑交じりに、


「前々から思っていたが、お前はあやかしをたらしこむのがうまいな」


 感心してんのか馬鹿にしてんのかよくわからない口調で返してくる。

 たらしこんでなんかないし。人聞きの悪いこと言わないでほしい。


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