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第29話 噴泉池の湯

『噴泉池』は、下呂温泉街の真ん中を流れる飛騨川の河川敷にある無料露天風呂……っていうのはガイドブックで見ていて知っていたけど、実際行ってみると想像以上に河原のど真ん中だった!


 河川敷のはじ、川幅のほぼ中央にぽつんとある露天風呂。

 もちろん周りに囲いは何もなくて、360度見渡せる。逆に言うと、橋や周りのホテルからも丸見えなんだ。


 僕が行ったときは朝の十時くらいで、もうすでに地元の人や観光客が数人入っていた。しかも風呂は一つしかないから、混浴。当然、水着は着用しなきゃならない。


 それは知っていたからちゃんと水着は持ってきてあったんだけど、あたりを見回してみても更衣室らしきものが何もない。

 え? これ、どこで着替えればいいの? 


 どうすればいいのかわからなくておろおろしていたら、僕の後から年配の男性数人のグループがやってきた。あの人たちどこで着替えるんだろうと見ない振りしながら見てみると、露天風呂のそばまで来たとたんパッパッとその場で脱いで露天風呂に入っていった。


 そっか、水着着てくればよかったのかぁ!

 ……と、今更後悔しても遅いので、僕は草むらの陰に隠れてこっそり着替えることにした。うう、なんか恥ずかしいけど仕方ない。今度来るときはちゃんと服の下に水着履いてこようと固く決意する。


 なんとか草むらで水着に着替えると、いよいよ露天風呂に!

 ひょうたん型をした露天風呂からはもくもくと湯気が立ち上っている。


 そこにまず片足をつけてみた。おお、ちょうどいい湯加減。

 ここは注水も加温もしていない、源泉かけ流しの100%温泉水なんだって。

 足から入って、とぷんと肩までつかる。


 アカガネも子狼サイズになると、ジャブンと湯舟に飛び込んだ。大きく水しぶきがあがって、周りの人の目がこちらに集まる。小さくなったのは気を使ったんだろうけど、それなら入り方も気を遣え!


 でも他の人にはアカガネの姿は視えないのだから、僕が水しぶきをあげたと思われている。


「すみません」


 周りの人に頭を下げて謝ったあと、まるで自分とは関係なさそうにすいすいと泳ぎだしたアカガネの首根っこを掴んだ。


「なにをする」

「なにをする、じゃないだろ。もっと静かに入れよ」


 小声で注意するものの、


「わかったわかった」


 アカガネは全然わかってなさそう。僕もあまり挙動不審にしていると怪しまれるので手を離すと、アカガネはそのまま気持ちよさそうに犬かきで泳いで行ってしまった。


「ふぅ……」


 人の多いところに来るときは、いつも以上にアカガネの行動に気を付けておかなきゃな。やれやれ。なんて思いながら、露天風呂の淵に寄りかかって目線をあげた。


 離れた場所に、川に沿って立つホテルや川を渡る橋が視える。

 露天風呂の周りには遮蔽物はなにもないから遠くまでよく見渡せた。だだっぴろいところでお風呂に入っていると開放感が半端ない。空にだってすぐ手が届きそうだ。


 手で湯をすくってみると、透明な温泉の湯がとろりと指の間をすり抜けていった。

 とてもやさしいお湯。湯の温度もちょうどいいし、このロケーションの開放感と相まっていつまでも入っていたくなる温泉だった。


 ぼんやり景色を眺めながらずーっと湯につかっていたら、髪の毛を誰かに引っ張られる。見上げると、いつの間にかアカガネが湯から上がって僕のすぐ背後にお座りしていた。


「いつまで入ってるんだ。俺はもう、ゆで狼になっちまいそうだったぞ」


「ああ、うん。なんか、気持ちよくてつい。って、もうこんなに時間経ってたのか」


 露天風呂の脇にバスタオルとともに置いてあったスマホに手を伸ばして見てみると、もうここにきてから二時間近く経っていた。


「もう出るよ……っと、うわっ」


 立ち上がって湯から出ようとしたとたん、ぐるんと目の前の景色が回りだした。あれ? どこが地面なのかわからない。倒れそうになる寸前で、アカガネが僕の腕をつかんで支えてくれた。どうやら、長風呂しすぎて眩暈をおこしたみたいだ。


「長時間風呂につかりすぎだ。馬鹿者」


「へへっ。ありがとう、アカガネ」


 風呂から上がると、山から川を渡ってくる風が吹き抜けていって、火照った体をほどよく冷やしてくれた。

 バスタオルで身体を拭いて、服を着ると着替えはおしまい。


「喉乾いたな。ちょうど昼飯の時間だし、なんか食いにいく?」


 普段はコンビニで買ったものとか、簡単に自炊したものとか食べてるけど、今日くらいは観光気分で美味しいもの食べに行ってもいいかもな。給料も入ったことだし。


「俺は肉が食いたいな。肉」


「肉か……肉っていうと、飛騨牛が有名だよね。飛騨牛の店を探してみようか」


 河川敷を歩いて堤防をのぼり、道路へと出る。下呂大橋を渡ると、温泉街の中心まで来た。あちこちに建てられた街灯には『下呂温泉まつり』の垂れ幕が見える。


 下呂温泉まつりが始まるのは明日から。

 その祭りの準備らしき作業をしている人たちも、そこかしこに見受けられた。


 このお祭りを見たくて、この時期に下呂温泉に来たんだもんね。お祭り楽しみだな。垂れ幕をみるたびに、わくわくと子どもみたいに心が高鳴った。


 そのあと行った飛騨牛のステーキもとっても柔らかくておいしかった。きめの細かい霜降り肉で、脂のうまみがじわーっと口の中に広がってとろけるようになくなっちゃうんだ。あんなに上質なお肉食べたの初めてかも。


 また是非食べにこなきゃ。そのためにお金貯めないとね。

 なんせ、肉となると僕の倍以上食べるあやかしが一緒にいるんだもん。でもあのペースで食べられたら僕のお財布はあっという間に空になっちゃうから、今度飛騨牛食べに来るときは、事前にアカガネの好きなあまったるいカフェオレをたらふく飲ませてからにしようと心に誓った。

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