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第27話 結界が晴れて

 トモカヅキがシェアハウスに結界を張ったせいで、通信系がすべて遮断されてしまった。しかもドアも窓もなぜか開かない。カギは開いているのに、どれだけ力を入れてもピクリとも動かなかった。


 これも、結界の効果なのだとアカガネは言う。


 幸い電気とガス、水道はいつも通り使えていたし、食料も雨の日を見越して多めに買い込んであった。それにインスタント麺なんかもいくつかストックがあったからそれで当座を凌ぐことはできた。


 ついでに、トモカヅキが出たとき山田さんと長澤さんは外出中だったようで家の中に姿はなかった。もしかしたら彼らが帰ってきたときに外からドアを開けてくれるかもと期待したけれど、そんな奇跡はついぞおきなかった。


 はじめはネットができないと仕事ができない! と慌てていた森岡さんだったけど、一日もするとあきらめたようだ。静かに部屋へ篭っている。


 僕もネットがつながらないととくにすることもなく、自分の部屋でのんびりと過ごしていた。食料がなくならないかという心配はあったけど、いざとなればアカガネが内側から結界を壊すこともできるようだし。

 でもアカガネがそうしなかったのは、


「この結界は、トモカヅキが何らかの意図をもって張ったものだろう? 今のところ俺は困ってないから壊す必要もない」


 のだそうだ。牛乳がなくて甘ったるいカフェオレが作れないのだけは残念そうだったけどね。


 でも、僕も同じ考えだった。僕たちはただ巻き込まれただけで、この結界はおそらく森岡さんのためにトモカヅキが張ったもの。

 だから僕たちが勝手に壊すのはなんだか無粋なことのように思えたんだ。

 その間も、窓の外ではずっと大粒の雨が降りしきっていた。


 そして、結界を張られて三日目の午後。

 僕の部屋に、ノートパソコンを持った森岡さんが飛び込んできた。


「古谷さん! ネット、つながりますよ!」


 暇にあかしてアカガネのノミ探しをしていた僕は驚いて顔を上げる。


「え? ほんとに!?」


 デスクの上で充電していたスマホを手に取って開いてみると、ほんとだ!

 さっきまで全く使えていなかったネットが、いまはさくさく動く。

 森岡さんはノートパソコンをぎゅっと胸に抱いたまま、僕の前に正座した。


「あ、あの。……これから会社に連絡してみようとおもんですが……勇気が持てないので、ここでやってもいいですか?」


「ああ、うん。いいですよ」


 デスクに閉じてあった僕のノートパソコンをどけると、そこに森岡さんが自分のノートパソコンを置く。そして椅子に座って画面を開くと、パソコンを起動させた。

 すぐにメーラーを開く。

 そこには……。


「あっ……」


 森岡さんは口元に手を当てて、言葉をなくした。

 そこには、彼女のことを心配する沢山のメールが溢れていたからだ。


 会社の上司からと思しきもの。同僚や友人からのもの。音信不通だったせいで家族にも連絡がいったのか、両親からのメールもある。

 それを一つ一つ確認していく彼女の眼は潤んでいた。


 そして全部読み切ったあと一つ深呼吸して、彼女は上司からのメールに返信を書き始めた。


 体調を崩して電話やメールにも出られなかったことを詫びる言葉。

 そこまで書き終えてから彼女は僕の方に視線を向けてきたので、僕ははっきりと頷いて見せた。

 仕事のことを相談するなら、今しかない。


 彼女も僕の目を見て頷き返すと、キーボードで文字を打ち始める。はじめは迷いつつ打っていた文字だったけれど、すぐに早いタッチで文字が打ち込まれていく。


 仕事が多くて終わらなくて、抱えすぎたあげく無理して体調を崩してしまったこと。だから、仕事の量を見直してほしいと丁寧に言葉を綴る。


 最後に送信ボタンを押したら、ほぅっと彼女は深く息をついた。その顔は、どこか晴れ晴れとしていた。


「この三日間。ネットがないとやることがなくて。いろいろ考えたんです。それで、本当は何がやりたかったのかとか……いろいろ思い出して」


「やりたかった、こと?」


森岡さんはこくんと大きくうなずいた。


「私……あこがれの人がいて、その人みたいになりたくていまの業界に入ったんです。初めのころは少しずつその人に近づけるのがうれしかったはずなのに、いつのまにか目の前の作業をこなすのに精一杯になって、ここ最近すっかり忘れていたなぁって」


 はにかむように笑った彼女の横顔はほがらかで、それでいて目にしっかりと意思の力が宿っていた。初めて会ったときとは大違いだ。素直に、とても素敵だと思った。


「きっとなれるよ。あこがれの人みたいに。あ、そうだ」


僕はボディバッグの中をごそごそと探し出す。あれ? どこいったんだろう。僕が持っているよりも、今の彼女こそ、これを持つのにふさわしいと思ったのに。


「そうだ。引き出しに入れたんだ。ちょっとごめんね」


そう断って、森岡さんが座っている僕のデスクの引き出しを開ける。

そこには、あの石神さんで授かったお守りのコブクロが入っていた。

それを手に取ると、森岡さんに手渡す。


「これ、あげる。石神さんっていう女性の願いを必ず一つ叶えてくれる神様のお守りなんだ。きっと、君の願いも届けてくれるんじゃないかな」


 小さな麻袋には、ドーマン・セーマンが描かれている。その中にコロッと小さな石が入っているのが触るとわかる小さなお守り。

 手のひらのお守りをしみじみと眺めて、彼女は笑顔で「ありがとう」とお礼を言ってくれた。


 そこへ、森岡さんのディスプレイにメールの新着があったお知らせが表示される。

 森岡さんの上司からのメールのようだ。すぐに彼女がメールを開いてみるとそこには、彼女に仕事を押し付けすぎていたことへの謝罪と、仕事分量を見直してもし必要なようなら彼女のチームにもう一人ベテランをつけることなどの内容が書かれていた。


 まだこれからも会社や上司との交渉は続いていくんだろうけど、ひとまずはうまくいったみたいだね。きっと今の彼女ならもう、トモカヅキの世話になることもなくやっていけるだろう。


 そんなことを思っていたら、バンと威勢よくドアが開く音とともに、「ただいまー」という元気な山田さんの声が聞こえてきた。


 森岡さんとともに玄関にいくと、山田さんが「はい」と手に持っていた紙袋を渡してくる。


「お土産。イセエビだよ、イセエビ。今晩はみんなで鍋しようや! いやー。知り合いが別荘買ったってんで遊びにいっててんけど。ずーっと雨で参ったわ、ほんま」


 山田さんの後に続いて玄関に入ってきた長澤さんが、あれ? という顔をして僕と森岡さんを見比べた。


「森岡さん、なんか顔色よくなったね。あ……もしかして、古谷くんと……」


 にやっと笑うその顔で、何が言いたいか察して僕は慌てて否定する。


「な、なんにもないですって!」


 そんな僕と長澤さんの様子を、森岡さんは笑顔で見ていた。

 いつの間にか、窓の外の雨もすっかり上がって晴れ間が顔をのぞかせている。そろそろ梅雨明けも近いのかもしれない。


 そしてそのあと、自分のパソコンを見てみると僕にも沢山のメールが来ていた。

 こんなに心配してくれる人がいるのはありがたいなぁと思う反面、三日間完全に音信不通だったことの言い訳をどうしようと頭を抱える。一つ一つ返信するのに、四苦八苦。本当に大変だった!

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