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旅的あやかしシェアハウス ~観光地でリモートワークしてたら、神の使いがついてきた~  作者: 飛野猶
第2章 伊勢の夜に聞こえる「火を貸してくれませんか」
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第16話 俺らの神命

 シェアハウスに戻ると、僕とアカガネは肉吸いを探した。家の周囲はもちろん、あのベンチのある公園や、最初に肉吸いと出会った赤福本店裏に流れる五十鈴川あたりも探しに行った。

 でも、肉吸いの姿はどこにも見当たらなかったんだ。


 仕方ない、また明日探そう。

 そう思いながら帰る途中で見つけた弁当屋さんで弁当を二つ買ってシェアハウスまで歩いて帰ってきた。


 僕は親子丼。アカガネはとんかつ弁当だ。たぶん、アカガネは見た目通り肉が好きなんだろうな。

 そうして弁当が入った袋を手にとぼとぼ歩いていると、川中さんちの塀が見えてきたあたりでアカガネが僕のシャツの裾を引っ張った。


「何?」


 足を止めると、アカガネは僕のシャツから口を離してくいっと川中さんの家の方に顎を向けた。


「え?」


 なんだろう?

 じっとそちらに目を凝らしてみたら、……あ、みつけた! 

 電信柱の陰に隠れるようにして、和服姿の女性が立っているのが視える。間違いない。あれ、肉吸いだ!


 やっぱりアカガネの予想通り、彼女は再び川中さんの家のそばまで戻ってきてたんだ。

 でも、電信柱の陰から事務所の方を見ていた彼女は、照明のついていない事務所を確認すると肩を落としたように立ち去ろうとしていた。


 僕とアカガネは彼女の方へと急いで駆け寄る。

 足音に気づいた彼女がこちらを見て、また逃げ出そうとした。


「待って! 肉吸い! 川中さんが、君に会いたがってるんだ!」


 そう大きな声で呼び止めると、彼女は足を止めてくれた。

 脚の早いアカガネの方が先に彼女のもとへたどり着く。そのあとだいぶ遅れて僕も走りついた。やばい、最近あんまり運動してなかったから、完全に運動不足だ。


『ほ、ほんまなん? あの人が……? ウチに会ってくれるん……?』


 まだ信じられないといった様子の肉吸い。

 息を弾ませながら、僕は大きくうなずいた。


「そう、なんだ。ごめん。僕、君のことを川中さんに話しちゃったんだ。君が会いたがっていることも、君が何者なのかも……」


 僕の言葉に彼女がはっと息を飲むのがわかった。

 ようやく整ってきた呼吸で、僕は続ける。


「川中さんの病状は想像してたよりもずっと悪くて。仕事もやめなきゃいけないくらいで。だから……君のことを話したんだ。そうしたら、君に会いたいって」


 彼女は手に持っていた鏡をぎゅっと胸に当てる。元から色白の顔が、さらにほとんど卒倒しいそうなほどに血の気が引いたように見えた。その眉間にはきゅっと深い皺が寄る。


『そんなに悪くなってはったんや……』


「明日の面会時間に、僕たちと一緒に病院へ行かないか?」


 肉吸いはうつむき加減のまま、何か考えているようだった。

 その震えた唇から掠れた声が漏れる。


『……ウチ……ほんまに、ちゃんとあの人の悪いとこ吸い尽くせるんやろか』


「……え」


 顔を上げた彼女の目には、不安そうな色が濃く浮かんでいた。


『ウチ、もう何十年も人の肉吸うてへんのや。ウチのことを視える人も、火を貸してくれる人も見つからなくて、もう何十年も。そやから昔と比べて、どんどん力が弱くなってる。遠くからとはいえ、いつも見てたんにあの人の病気が悪くなってんのに気づかへんかったんも、たぶんそのせいや。……もう、前みたいにちゃんと吸いきることなんてできひんかもしれん』






 その可能性をまったく考えてなかった僕は、肉吸いの話に言葉をなくす。

 肉吸いのその力だけが、彼女自身にとっても、川中さんにとっても大きな希望に思えてただけに、ショックが大きかった。


 でも考えてみれば、アカガネが神命を受けたのだって、全国の神様やあやかしが力をなくしていて、それを助けるためで……。

 あれ? 助けるためって……。


「あ、そうか! 神饌(しんせん)!」


 思わず叫ぶと、アカガネがにやりと笑った。


「ようやく思い出したか、小僧。それぞ、まさに俺らの神命よ」


「俺らじゃなくて、お前の、な。どこやったんだっけ、あの金色の袋。……そうだ、僕のカバンに」


 肩から提げていたボディバッグを下ろして、チャックを開ける。

 中をごそごそと手探りで探すとすぐに金色をした神袋がみつかった。

 お守り袋くらいのサイズになってたから、ここのところすっかり存在を忘れてしまってた。


 神袋をバッグから取り出すと、勝手にむくむくと元の大きさに戻る。五色の閉じ紐を解いて袋を開けたら、あったあった。中に、あの七色に光る玉のようなものがいくつも入っている。


「これ、僕が手で取り出しても大丈夫なもの?」


 一応アカガネに聞いてみるものの、


「もう既に一度手に引っ付いていたからな。いまさら変わりはないだろ」


 と、なんかもう手遅れみたいなことを言われてしまう。

 まぁ、実際、霊感すらまったくないまま二十九年間生きてきたのに、この前、内宮で川を流れていた神饌を拾ってからというもの、あやかしが視える体質に変わってしまったうえに、こんな妙な同居人までできちゃったわけだしね。


 僕は袋から神饌を一個取り出すと、肉吸いに差し出した。

 神饌は、つきたてのおもちみたいにふっくらやわらなか触感をしている。

 彼女はそれを手の平に受け取ると、何これ?という目で僕を見た。


「それは、豊受大御神から授かった神饌だよ。あやかしたちに力を与えてくれるんだってさ。もしよかったら、食べてみて。もしかしたら、君の不安は解決するかもしれないから」


 肉吸いはまだどこか不安そうな顔をしていたけれど、アカガネが「ほれ、食うてみい」と薦めるのもあって、はむっと神饌に噛みついた。


 一口食べてみたらおいしかったみたいで、最初不安そうだったのがうそのようにパクパクと二口、三口と口に運んですぐに食べてしまった。


 最後の一口をごくりと飲み込んだときのこと。

 彼女の全身が、髪の先までパーッと一瞬黄金色に輝いた。

 その光自体はすぐに消えてしまったけれど、青白かった彼女の顔はどことなくふっくらとして健康そうな肌艶になっていた。


『な、なんなん、これ!? 身体に力が戻ってきたみたいや!!』


「だから、さっきこの小僧が言っただろう。神からの授かりものよ。かつてのような力が戻ってきただろ?」


 アカガネに言われて、肉吸いはぎゅっとこぶしを握ると、『うんっ』と力強くうなずいた。


『これならウチ、やれそうな気がする』

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