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旅的あやかしシェアハウス ~観光地でリモートワークしてたら、神の使いがついてきた~  作者: 飛野猶
第2章 伊勢の夜に聞こえる「火を貸してくれませんか」
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第13話 あやかしの後悔

 肉吸いは掠れた声で語った。


『ウチな。あの人に鏡渡されたときにホンマは視えてたんや。あの人の腹のところに、黒い小さなシミがあること。……そういうんが視えるときはな。そこに悪い(さわ)りを持ってるっちゅうことやねん。そやけど小さい障りくらいやったら、ある程度歳のいった人間はみんなもっとるもんや』


 だから人に近づいて、そういう部分を吸わせてもらうのだと肉吸いは言った。

 なのにそのときは、火をもらえただけでなく鏡まで貸してもらえたうれしさに舞い上がり、肉を吸うのを忘れてしまったのだという。


『そのあとも何度もあの人のこと見てたのに。鏡返さなあかんてそのことばかり考えて、あの人の腹の障りがどうなってるかなんて全然気づいてへんかった。それが、倒れてしまうほどに大きくなってしもてたなんて』


 膝の上に握られたコブシの上に、ぽたっぽたっと大粒の雫が落ちる。


『ウチ、アホや……。ほんま、アホや。あの人のこと、何度も何度も見てたんに、自分のことばっかりで。もっと早くに鏡返しにそばに行ってたら、絶対気づいたはずやのに』


 彼女のコブシは白くなるほどにかたく握られていた。それを見ながら、僕はなんと声をかけていいのか言葉を探すけれど、結局、


「病気は……急に悪くなることもあるもんね……」


 そんな言葉しか出てこなかった。


 肉吸いが最初に川中さんに出会ったのがどれくらい前なのか詳しくはわからないけれど、ずいぶん長い間、鏡を返すべきかどうか迷っていたようだったからもう数か月は経つのかもしれない。

 それくらいの期間があれば、病によっては急激に悪化することもありうる。


 僕だって、川中さんが倒れるそのときまで、彼が具合が悪いのかもしれないなんて思いもしなかった。もしかすると彼自身すら、病魔に侵されていることに気づいていなかったのかもしれない。


 でも、肉吸いは自分の行動が悔やんでも悔やみきれないようだった。

 彼女は俯いて肩を揺らす。

 垂れた長い黒髪の間から、こらえた嗚咽が聞こえてきた。


『いますぐ、……あの人のとこに行きたい。そしたら、あの人の悪いとこ吸ってしまえるんに。もう、鏡なんてどうでもええ。今も苦しんではるんやったら、一刻も早くあの人のとこに行きたい……』


 嗚咽の合間にさしはさまれる、彼女の吐き出すような声。

 彼女は川中さんがどこに入院しているのかを知らない。だから会いに行くこともできない。もし病院の場所を知っていたとしても、招かれていないあやかしは容易にその中へ入ることはできないだろう


 と、そのとき伏せて耳だけこちらに向けて話を聞いていたアカガネが、のっそりと顔をあげて言った。


「病院だったら、俺らはこれから行くところなんだがな」


「ば、ばかっ! アカガネ! それ言っちゃったら……」


 肉吸いを見ると、案の定、彼女はハッとしたように泣きはらした顔をあげて、黒い瞳を真ん丸に開いて僕を見ていた。


『ほんまか……? お前ら、これからあの人んとこに行くんか……?』


「あ、ええと……えっと……」


 ごまかそうとしたけれど、アカガネがはっきり明言しちゃったんだからごまかしようもない。彼女のすがるような瞳から逃れられず、僕は仕方なく頷いた。


「う、うん……そうなんだ。これから彼に頼まれた着替えとか荷物を病院にもっていくところで……」


 と僕が言い終わるが早いか、肉吸いはバッと立ち上がると僕の足元に手をついて土下座した。


『どうか……! どうかお願いします! ウチを、あの人んとこに連れてってください!!』






「え、ええええ!? ちょ、肉吸いっ!?」


 土下座なんてしたことはあってもされたことは初めてだったので、驚いて僕も立ち上がるとあたふたしてしまう。


 前に僕が土下座したのは何の理由だったっけ。あ、そうだ。姉の大事にしていたフィギュアにぶつかって壊しちゃったときと、仕事でトラブルがあって上司と一緒に謝りに行ったときだ。あのときトラブルになったのは本当は先方の連絡ミスだったんだけど、大口のお客さんだったから事を荒立てなくないって上司に言われて謝りにいったんだっけ。


 そんなことが一瞬にして脳裏をかけめぐるけれど、目の前の光景にどう対処していいのかの解決にはまったく役に立たなかった。


「お願いだから、顔をあげて」


 そう頼むけれど、彼女は頑として聞き入れてくれない。首を縦に振るまでテコでも動かないぞというように地面に貼りついていた。


「……肉吸い」


 よく見ると、彼女の小さな背中が震えている。

 彼女にとって僕たちだけが頼みの綱なのは痛いほどよくわかる。

 もし彼女が人間だったなら、川中さんの了解を得たうえで病室へ連れていくこともできるだろう。


 でも、彼女はあやかしなんだ。

 一見、人と同じように見えていても、人とは根本的に違うもの。


 あやかしは人に悪い影響を与えるものもあるとアカガネは言っていた。彼女のその病気の部分を吸うっていう行為が、正直どんなものなのかよくわからない。そんなことが本当にできるのか? 吸われた人間の身体は大丈夫なのか? もし肉吸いを川中さんに会わせて彼の病状がかえって悪くなったら……。

 それを考えると、


「……ごめん」


 僕はただ、そう答えるしかできなかった。

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