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旅的あやかしシェアハウス ~観光地でリモートワークしてたら、神の使いがついてきた~  作者: 飛野猶
第2章 伊勢の夜に聞こえる「火を貸してくれませんか」
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第12話 待って!

 川中さんが入院してから五日目の朝。

 布団を畳んで押し入れへ片付けているときに、廊下にある電話が鳴った。

 抱えていた布団をよいしょっと押し入れの中に入れると(ふすま)を締めて電話へと急ぐ。


 でも、このシェアハウスに電話なんて、いったい誰からだろう。

 受話器を手に取って耳に当てると、聞こえてきたのはゆっくりとした男性の声だった。


『古谷さんですか?』


 か細い声に、一瞬誰だかわからない。


「は、はい、古谷ですが……」


『川中です。すみません。連絡遅くなって。この前は救急車呼んでくれて、どうもありがとうございました』


 名乗られて、ようやくわかる。声のハリがなくてまるで別人のような声だったけれど、相手は川中さんだった。


「川中さん!? もう電話とかしても大丈夫なんですか?」


 しかし彼はそれには答えず、


『ごめんね。いま仕事中だったかな』


「いえ。大丈夫です。このあとコーヒーでも淹れてからそろそろ始めようかなと思ってたとこだったんで」


『そうか……』


 彼はそう呟くと何かを考えるようにしばらく黙り込んだあと、再び話し始めた。


『もしできたら、ちょっと頼みごとをお願いしたいんだけど。……いいかな。他にお願いできる人がいなくて。手が空いた時でいいんだけど』


「はい。もちろん。いいですよ」


 そう快諾すると、電話の向こうからはホッとしたような雰囲気が伝わってきた。

 川中さんの頼み事というのは、まだしばらく退院できそうにないけど、緊急入院だったので身の回りのものを何も持ってきていなから、財布やスマホ、パソコンや着替えなど身の回りのものを持ってきてほしいというお願いだった。


 僕は電話口でメモを取ると、今日の午後の面会時間に持っていくことを約束して電話を切った。


 そして、その日やるべき仕事を午前中に全力で片付ける。それが終わったら母屋に行って川中さんに頼まれたものを探て見つけると、紙袋二つに詰め込んだ。

 メモを見ながらもう一度、頼まれたものがちゃんとそろっているか確認する。


 うん。大丈夫そうだ。さて、これをどうやって持っていこう。歩いていくには病院は遠いし、前回行ったときは救急車に同乗していったので行き方がよくわからない。

 スマホで検索してみると、バスと電車を乗り継いでいかなきゃいけないっぽい。結局、今回は荷物が多いからタクシーで行くことにした。


 地元のタクシー会社を検索して、電話で配車をお願いする。

 十分ほどでここに到着するというので荷物を持って庭に出て待っていると、アカガネが僕のすぐ真後ろにするっと寄ってきて、「おい」と小声で囁いた。


「何?」


「塀の向こう側、見てみろ」


「へ?」


 アカガネの視線の先を追ってみると……。


「あ!」


「バカ、気づかれるぞ」


 塀の向こう側。あの雨の日に僕が彼女を見つけたのと同じ場所に、彼女の頭が見えた。肉吸いだ。

 彼女は今日も川中さんを眺めに来ていたらしい。彼女の視線はじっと事務所の方に注がれている。僕たちのことなんて目に入っていないようだ。

 川中さんは、ここにはいないことも知らずに。


 それを思うと、僕はもういてもたってもいられなくて。

 荷物をそこに置いたまま、彼女の方に駆け出していた。





「肉吸い!」


 僕が声をかけると、彼女はびくっと大きく肩を揺らせて驚いたようだった。そして、あの日と同じようにすぐに走って立ち去ろうとする。


「アカガネ! お願い!」


「ちっ……しょーがねぇな」


 アカガネは渋々といった様子で駆け出すと、矢のような速さで庭を横切った。そして塀を飛び越えた瞬間、僕が初めてアカガネに会ったときと同じ最大サイズになって肉吸いに飛びかかる。犬が虫でも捕まえるように前脚で地面に押し付けるようにして肉吸いを捕らえた。

 彼女は、


『ぎゃっ!』


 とか何とか声をあげて、アカガネの脚の下でぺしゃっと倒れている。


「あ、アカガネ! やりすぎだよ、やりすぎ!」


 慌てて僕もアカガネの前脚のところまで走り寄ると、そのもこもこした前脚に踏まれている肉吸いをのぞき込む。


「ごめんね……大丈夫?」


 アカガネが前脚をどけると、肉吸いはよろよろとその場に座り込んだ。長い髪がさらにくしゃくしゃになってしまって、なんだかとっても申し訳ない。


「ふんっ。あやかしがこの程度で潰れるわけがないだろう」


 と、アカガネは言うので、


「だとしても、雑に扱っていいわけないだろ」


 僕が言い返したら、アカガネは「せっかく手伝ってやったのに」と不機嫌そうにつんとそっぽを向いてしまう。

 そもそもあやかしを助けるのはお前の仕事じゃなかったっけ? どっちかっていうと手伝っているのは僕の方なんだけど。


 そんなことを思いながらも僕は肉吸いをこれ以上怖がらせたくなくて、できるだけ笑顔を作りながら彼女に手を差し出した。


「いきなり、驚かせてごめんね。ちょっと話したかっただけなんだ。立てる?」


 肉吸いはこくんと静かにうなずくと、僕の手をとってゆっくりと立ち上がる。着物についた砂を手で払いのけながらも、右手には今日も大事そうにあの鏡が握られていた。


「あのね。肉吸い。一つ確認したいんだけど。君が鏡を返したかった相手って……いつもあそこの事務所にいる川中さんのことだよね?」


 そう言いながら事務所の方を指し示すと、肉吸いは躊躇いながらもこくんと小さくうなずいた。


『そう。いつもあそこにいてはる人。ここに住んでるんは知っとったけど、もうずっと鏡を返しにいけなくて。ウチ、ここで見てばっかりや』


 そっか。やっぱり、彼女の片思いの相手は川中さんだったんだ。


『でも、ここ最近あそこにおらへんな。どこか行ってしもたん?』


 肉吸いのその言葉に、僕は正直に答えようかどうか迷ってアカガネに視線を向けた。

 アカガネはしゅるしゅると狼サイズに戻ると、とことこと歩いて肉吸いのそばへ行く。


「やはり、あの男が倒れたのは、お前が肉を吸ったからではないようだな」


 その言葉を聞いた瞬間、肉吸いは大きく目を見開いた。


『倒れた!? 倒れたって……ほんまか!? あの人、倒れはったんか!?』


 肉吸いはアカガネの顔をつかんで、がくがく前後に振る。アカガネはうっとうしそうな顔で、水を切るようにぶるっと身体を振って肉吸いを引きはがした。


「ああ、もう。もみくちゃにするんじゃないっ」


 アカガネは僅かに歯をむくが、いまの肉吸いは気にしている余裕もなさそうだった。


 『そっか、やっぱそうやったんや……ウチがもっと早くに鏡返しに言ってたら……』


 肉吸いはそう呟くと、胸の前で鏡をぎゅっと抱きしめてボロボロと大粒の涙を零しはじめた。






「と、とりあえずさ。僕が知っていることは話すから、どっか落ち着ける場所に行こうよ」


 ここは公道。それほど人の通りは多くないとはいえ、行きかう人たちが僕のことを怪訝そうな目で遠巻きに見ながら通り過ぎていく。

 それもそうだ。ほかの人たちにはアカガネも肉吸いも視えないんだもの。きっと僕が一人でここで慌てたり独り言言ったりしているように見えるだろう。


 変な噂でも立てられたら、シェアハウスを経営している川中さんにもご迷惑がかかりかねない。

 かといって、肉吸いを勝手に川中さんの家の敷地内に入れるのも気が引けた。

 そこで、近くの公園に行って話すことにしたんだ。


 ちなみに、あのあとすぐに迎車を頼んでいたタクシーが迎えに来たけれど、ちょっと用事ができたからと伝えて一時間後にまた来てくれるように頼んだ。

 その分料金は余計に取られるだろうけど、まぁ仕方がない。


 公園の木陰の下のベンチを見つけると、僕は腰を下ろす。

 肉吸いは僕の隣に座ってくれた。さっき僕が渡したハンカチを鏡と一緒に抱いている。涙はもう止まっていたけれど、目は赤くなったままだ。


 公園には幸いいまは誰も人がいない。

 ここなら気兼ねなく話せるだろう。


 そこでまずは僕から話し始めた。川中さんが五日前の夜に突然倒れて救急車で搬送されたこと。そのまま入院したこと。退院のめどは立っておらず、長期入院になる可能性が高いこと。


 僕の話を肉吸いは黙って聞いていた。胸にはあの鏡を強く抱きしめて、うつむき加減で地面をにらんだまま。

 僕が話し終わったあとも肉吸いは黙っていた。


 木々の間を小鳥が囀りながら数羽飛んでいくのが見える。梅雨時とはいえ屋外にある公園は結構蒸し暑い。日向は日差しがきつそうだったから、念のために木陰を選んでよかった。


 僕は言葉を促すこともなく、彼女が話してくれるのを待った。アカガネは木陰で伏せて休みだす。でも、耳はこっちを向けているから眠ってはいないんだろう。

 しばらくの沈黙ののち、肉吸いがようやくぽつりぽつりと話し始めた。


『ウチ……知ってたんや。あの人が、病気を抱えてるって、こと……』

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