竜喰らい
ファングと別れた何でも屋のカレンはロドン商会を張りベッカーが出て来るのを待った。
もちろん堂々と見張れば何をしているのかと見咎められるだろうが、今のカレンは誰にも見られる事は無い。
カレンのブレスは水のブレス、彼女はその吐き出した水を自在に操り光を歪め自身を不可視にする事が出来た。
その能力を活かし主に密偵として仕事をしている。
壁に張り付き気配を殺しターゲットから情報を奪う。
そのスタイルから彼女の能力を知る者達からは、硝子蜥蜴のカレンと呼ばれていた。
今回も同様に商会を見下ろせる建物の壁に張り付き、ベッカーが出て来るのを待つ。
ベッカーの強味は嗅覚が異常に優れている点だ。周辺の匂いを嗅ぎ分け危険な者、異質な者の存在を簡単に見つける事が出来る。
従っていくら姿を隠せるカレンといえども、ある程度距離を置く必要があった。
そして見張る事、数時間、日が暮れ闇が街を包んだ頃、目的の人物ベッカーが商会から姿を見せた。
ベッカーは中肉中背の取り立てて特徴の無い、黒髪の中年だ。
だがその見た目に騙され、商会と対立する組織の幹部や足抜けした商会員、商会に異を唱えた何でも屋がベッカーに何人も消されている事をカレンは知っていた。
そんなベッカーの後を姿を消したカレンは追う。
彼は暫く街を歩いた後、人並みが途切れたのを見計らい翼を広げ東へと飛んだ。
カレンは付かず離れずの位置をキープしながら、自分の周囲を覆った水のベールを維持しながらベッカーの左斜め上方を飛び、見下ろす形で追跡を続けた。
やがてベッカーは山中の暗い森に建つ朽ちた寺院へと姿を消した。
「さて、どうするか……」
恐らくあの寺院がファング達の求める竜信仰の教団とやらのアジトの筈だ。
だが本当にそうなのか確かな証拠は掴めていない。
このまま確認せずに帰ればファングはともかく、スケイルは残り金を払うのを渋る可能性も考えられる。
そう考えたカレンはベッカーに気取られる危険を考慮しつつも、寺院へ向けて翼をはためかせた。
■◇■◇■◇■
窓の一つから入り込んだ寺院の内部は、その外観と同じくかなり痛んでいる用だった。
遠くからボソボソと話声が聞こえて来る。
カレンはその通り名の通り、姿を隠したまま蜥蜴の様に天井を這い声の方向に近づいて行った。
ギリギリまで近づき部屋から漏れ聞こえる声に耳を澄ませる。
「……青竜の幼体はいつでもお渡し出来ます」
「そうですか、ありがたい事です。これで我々が竜になれる日も近づきます」
先に話したのはベッカー、後者は依頼人だろう。
依頼人の声はしゃがれ、かなり年配の男だという事が窺えた。
「引き渡しは予定通り守備隊が巡回で街を離れる三日後でよろしいですね?」
「はい、それで結構です」
「では三日後、本日と同じ時刻にここで……残金をお忘れなく」
「承知いたしました」
そう言うと、ベッカーが席を立つ気配が感じられ、カレンは慌てて天井の影に身を潜め息を殺した。
部屋から出たベッカーは一度鼻を鳴らし寺院に視線を巡らせたが、何も見つけられなかったのかそのまま寺院を出て西へと飛び去った。
彼が寺院を去り暫く経った後、部屋から二人の人物が現れた。
一人はフードを目深にかぶった背の高い年配の男、もう一人は金髪の少年だった。
「やったね、ローグ。これでまた新しい竜の力が手に入るよッ!」
彼が去った寺院の中、甲高い恐らく十代半ばだと思われる少年の声が響く。
「そうでございますね。これで坊ちゃまがこの国の王になられる日がまた近づきましたな」
「それは違うよローグ、この国の王では無く、世界の王だよ」
「おお、そうですな。坊ちゃまのスキルがあれば世界を手中に収めるのも容易い事でしょう」
「でも一体丸々食べないと力が得られないのがつくづく面倒だね。どうせならアニメみたいに一気に取り込むとか出来れば良かったのに……」
「坊ちゃま、スキルとは手のかかる物に御座います」
スキル? 力を得る? それにアニメ?
彼らを見下ろすカレンの脳裏に幾つも疑問符が浮かんだ。
「しかし、大昔の邪教を利用するとは爺は感心しましたぞ……」
「いいアイデアだったろう? もしバレても守備隊はありもしない教団を探して僕に辿り着く事は無い」
「確かに大貴族バルバドス家の次期当主と、この国では重罪である竜喰らいを結びつける事はないでしょうね」
「……ねぇローグ、君は何で罪を犯している僕を助けてくれるの?」
「……私は最近のベルドルグの腐敗に我慢がならんのですよ、英雄トラスの介入で平和にはなりました、しかし長い平和によって汚職は増え、先程のロンド商会の様な非合法組織が大手振っている始末……坊ちゃまの力を知った今、それは天の導きだと思えたのです……まぁ彼らを使っている私も同じ穴の狢なのかもしれませんが……」
そう言って首を振った老人に少年はその年に見合わない邪悪な笑みを浮かべた。
「大事の前の小事だよローグ、僕があらゆる竜の力を得た後に全て焼き尽くせばいいさ」
「左様で御座いますね」
ホッホッホッと老人が上げた柔和な笑い声とは似つかわしくない二人の会話に、カレンは気味の悪さを感じていた。
■◇■◇■◇■
「バルバドス家? 確かにそう言ったのか?」
「ああ、この耳でしっかり聞いたわ……所でそいつらがあんたの言ってた冒険者?」
「そうだ、ミラルダ、ミシマ、ギャガン、グリゼルダ、それに赤竜の子供のキューだ。ミラルダ、こいつはカレン、俺達の同業者で調査を手伝って貰ってる」
寺院から戻ったカレンを酒場で出迎えたファング達の横には、彼らに少し遅れてランズに辿り着いた健太郎達が座っていた。
「カレンだよ。それでその青いのがあんたより強いっていうゴーレムなの? ……私が知ってるゴーレムより随分小さくて、あんまり強そうに見えないんだけど……」
「フフフッ、見た目で判断してもらっちゃあ困るねぇ。この面白変形のミシマはそんじょそこらのゴーレムとは一味違うよッ!」
値踏みする様な目を健太郎に向けたカレンに、ミラルダは不敵な笑みを浮かべ自信満々で言い切った。
「コホー……?」
面白変形のミシマ……それってもしかして俺の二つ名なのか……?
「ミラルダ、やはりミシマの二つ名は私の考えた異界魔神のほうが……」
「いや、俺の考えた無駄に硬いミシマで決まりだろう」
「キュエーッ(どれもなんだか微妙なの……)」
「何、異界から来たのだから私の案はピッタリだろう?」
「コホー……」
もっといいのが出て来るまでは、ただのミシマでいいよ……。
「ミシマ……一体何が気に入らないんだい?」
「コホー……」
いや何って、もっとこうスタイリッシュな奴の方が俺は……。
「なんだかえらく能天気な連中だけど、ホントに大丈夫なの、ファング?」
「……恐らく大丈夫……だと思う」
「まぁ何とかなるさ、ハハハッ」
スケイルの笑いが虚しく酒場に木霊した。
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