ホラーは苦手
ミラルダに無理矢理、怪しげな店に引きずり込まれた健太郎は、彼女のマントの裾を握り締めつつビクビクしながら、躊躇する事無く進む彼女の後を追った。
薄暗い店内には何に使うのか分からない不気味な物が所狭しと置かれている。
ガラス瓶の中、緑色の液体に浮かんでいるのは、よく分からないが動物の臓器に見えた。
かと思えば、角と牙を持った骨格標本の様な物が突然棚の影から現れる。
そんな商品に怯えながら、健太郎はミラルダに話しかける。
「コホー……」
ねぇ、ミラルダ、もう帰ろうよ。この店の主人は絶対ヤバい奴だよ、きっと黒魔術の信奉者に違いないよ……。
「なんだいミシマ、あんた、ドラゴンだって倒したくせに意外と臆病者だねぇ」
「コホー……」
しょうがないだろ。ホラーは苦手なんだよ……。
自分のマントを掴み、キョロキョロと落ち着かないミシマにミラルダは苦笑を浮かべた。
「まぁ、苦手なもんの一つぐらいあった方が、愛嬌があっていいかもね」
クスクスと笑いながらミラルダは店の最奥まで進み、カウンターでパイプをふかしていた白髪で口髭の眼鏡を掛けた老人に話しかける。
「やぁ、ベック爺さん、久しぶり。元気だったかい?」
「……レベッカんトコの半獣娘か……今日は何の用じゃ?」
「竜の素材を買い取って欲しいんだよ」
「竜の素材じゃと? ……お前さんが倒したのか?」
訝し気に自分を見るベックに首を振って、ミラルダは後ろでマントの裾を握って内股チックになっている健太郎に左手の親指を向ける。
「倒したのはこのゴーレムのミシマだよ」
「ゴーレム? ……ドラゴンを倒せる様な強力なゴーレムをテイムしたのか?」
「違うよ、ミシマは自分の意思で私を助けてくれたんだよ」
「ダンジョンのモンスターが人をのう……ふむ……何だかビクビクしてて、余り強そうには見えんな」
「コッ、コホー!」
あっ、あんたの趣味の所為だよッ!
「フンッ、まぁいい。……物を見せてみろ」
両手を振り上げ抗議の声を上げた健太郎を一瞥し鼻を鳴らしたベックは、ミラルダに視線を戻して右手を差し出す。
「あいよ」
ベックの言葉を聞いたミラルダは鞄を探り、カウンターにブルードラゴンから得た素材を並べた。
牙に角、鱗の他、肉や爪を並べていく。
ちなみに鞄の中は空間魔法で広さを拡張し、冷気魔法で冷やしているらしく、肉なども暫くは腐らず持ち運べるそうだ。
まぁ、ダンジョンに潜るのだから数日掛かる事もあるだろうし、それで素材が腐っちゃあ仕事にならないもんね。
「ほう…………ほうほう…………こいつぁ……倒したって事はこれだけじゃ無いんじゃろ?」
ベックは並んだ素材を眼鏡の蔓を弄りながら丹念に観察し、やがて顔を上げミラルダに尋ねた。
「まあね」
「ふむ……牙は一つ銀貨200、爪は100、鱗は50、角は1000、肉は……そうじゃな……その塊一つで200でどうじゃ?」
「うん、それでいい。いいだろミシマ?」
相場等、まるで分らない健太郎はコクコクとミラルダの言葉に頷きを返した。
「契約成立じゃな、じゃあ、あるだけ売ってくれ」
「あるだけって……竜丸々一匹分だよ?」
「うちの商会を舐めるな。竜一匹買うぐらいの資金はあるわい……デニス!!」
ベックが店の奥に声を張り上げると、小太りの若者が奥から顔を覗かせた。
「何です、親方?」
「こいつ等を倉庫に連れていって買取してやれ。価格はコレじゃ」
ベックは取り出した紙にペンで何やら書き込むと、デニスと呼ばれた青年に紙を差し出した。
その紙を受け取りながら客、つまりミラルダと健太郎に視線を向けたデニスは露骨に顔を顰める。
「……半獣人かよ」
「デニス、お前は客の種族で対応を変えるのか?」
「でも親方、俺の村はいつも獣人に襲われてて……」
「襲ったのはコイツではないじゃろ?」
村を襲撃……ミラルダがさっき言っていた兵士とやり合ってるってのは、結構な規模の対立関係だったみたいだ。
「そりゃ、そうですけど……」
「だったらガタガタ言わねぇで、さっさと仕事しろッ!!」
「……はい、親方……ついて来な、倉庫は奥にあるんだ」
デニスは不満顔だったが、ベックに一喝され渋々といった様子で健太郎達を促した。
それを見て彼に続こうとしたミラルダにベックがボソリと言う。
「許してやってくれ、あいつの妹もこの前、獣人に攫われたんじゃ」
「そう、お気の毒に……平気よ、いつもの事だから」
「すまんな、後で人を括りで見るなと諭しておくよ」
人を括りで見るな、か……そうだよな、黒人、白人、黄色人種、職業とかならサラリーマンに土木業、運送業にサービス業、んでホームレス。そんな区分けの中にも色んな奴がいるもんな。
この爺さん中々いい事言うじゃないか。……黒魔術やってるとか言って悪かったよ。
「コホーッ」
そう心で言いながら健太郎が右手の親指をビッと立てると、ベックは苦笑を浮かべ口を開いた。
「おかしなゴーレムじゃ……デニスが待っとる、さっさと行け」
顎をしゃくったベックに映画で見た米軍風の敬礼を返すと、健太郎はミラルダと共にデニスを追った。
■◇■◇■◇■
不満顔のデニスに竜の素材を買い取ってもらったミラルダは、ホクホク顔で家への道を歩いていた。
ミラルダは素材を売って得たお金を最初、全て健太郎に渡そうとしたのだが、健太郎は折半する事を彼女に提案した。
初めは駄目だよと言って受け取らなかったミラルダだが、健太郎が無理矢理、金を鞄にねじ込むと仕方が無いねぇと折半の提案を渋々飲んだ。
その買取に時間が掛かった所為で、日は傾き、町は夕暮れ時から夜へと変わろうとしている。
「へへへっ、こんなにお金を持ったのは初めてだよぉ。これでチビ達に腹いっぱい食わしてやれる……ありがとね、ミシマ」
「コホーッ」
えへへ、そんなに嬉しそうにされちゃあ、俺も嬉しくなっちゃうぜ……ん? チビ達? えっ、えっ? ミラルダって子供いんの!?
「コッ、コホーッ!?」
「なんだい? そんなに驚いて?」
「コッ、コホーッ!!」
いや、だって、嫌われてるって言ってたじゃん!! だから俺はてっきり独り身かと……。
ワタワタとジェスチャーを交え思いを伝えようとしていた健太郎と、それを解読しようとしていたミラルダの前に数名の男達が立ちふさがった。
「よぉ、ミラルダ。素材は売れたか?」
「……あんた達には関係無いだろッ!」
立ちふさがったのは昼間の門衛達だった。門衛達はそれぞれがメイス等で武装していた。
これ見よがしにその武器をチラつかせ、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
荒事に縁の無かった健太郎でも彼らの目的は分かった。素材を売って得た金を巻き上げるつもりなのだろう。
「へへッ、全部とは言わねぇよ。半分よこしゃあ、無事に家に帰してやるよぉ」
「冗談じゃ無い!! この金はミシマとあたしが命懸けで稼いだんだ!! 何もしてないアンタ達にやる義理は無いよ!!」
「いいのか? 抵抗すりゃ、お前は危険なモンスターを町に連れ込んだって事で縛り首だぜ?」
「クッ……どうせ何もしなくても難癖付けてしょっ引くつもりだろう!」
「クククッ、よく分かってるじゃねぇか」
「コホーッ」
悔しそうに歯軋りしたミラルダの横から健太郎は男達の前に歩み出る。
「ミシマ!? 何かしたらホントにこの町にいられなくなるよッ!!」
「コホーッ」
安心しろ、何もするつもりは無い。
そう心の中で呟くと健太郎はミラルダを守る様に大きく手を広げた。
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