甘い空気と竜と魔人
エルダガンドの公娼キュベルの従者グラハムが目覚めると、彼の視界には土の天井が映し出された。
ボンヤリとした頭で周囲に目を向けるとベッドの横には船を漕ぐ主人の姿があった。
ずっと想いを寄せていた相手の愛らしい寝顔に暫く見惚れていたグラハムだったが、意識が覚醒していく中で唐突にここが敵地である事を思い出す。
ガバリと上体を起こしキュベルの肩を両手で抱き揺さぶる。
「キュベル様、起きて下さい、ここから逃げなければ」
「ふにゃ? なあに……にゃむ…………あっ、グラハム、起きたんだね?」
「起きたんだね? ではありません。気付かれないうちに逃げないと」
「逃げる? 何で?」
「何でって、あいつらはキュベル様を誘拐した……」
緊張感の無いキュベルの様子にグラハムは困り顔で説明する。そんなグラハムにキュベルは大丈夫と微笑んだ。
「ミラルダはいい人だし、ミシマやグリゼルダも親切だよ、ギャガンはちょっと怖いけど……あとバッツ達も竜のシャーリアも怪我をした貴方にって色々食べ物を取って来てくれたんだよ」
「ミラルダ? ミシマ? キュベル様、恐れながら相手は貴方を攫った賊ですよ。きっと貴女に何か要求する為に親切にしているだけです」
困惑気味に賊を庇うキュベルにグラハムは推測を口にする。しかしキュベルは彼の言葉を聞くと静かに首を振った。
「要求はあったよ。でもそれは自分達の為っていうよりは、みんなの為みたいだった」
「みんな? みんなとは一体誰の事です?」
「世界中のみんなだよ……グラハム、私ね、貴方がトゥインクルスター☆彡で大きくなったミシマと戦っている時、そのミシマの足元にいたの」
「あの時、あの巨大ゴーレムの足元に……」
グラハムの瞳が小刻みに揺れ、その時の状況を懸命に思い出す。
あの時は主を奪ったゴーレムに対する憎しみで、巨大化した敵しか見えてはいなかった。
「……申し訳ございません……無事、エルダガンドにキュベル様をお送りした後は、いかように処分していただいても構いません」
「しないよ、処分なんて……あのね、私、あの時凄く怖かった。このまま死んじゃうんだなって……それでね、ミラルダが言ってた命って事の意味が分かったんだ……そしたら今まで自分が提案してきた色んな事が、どれだけ周りに迷惑をかけてきたか……それがね、分かったんだよ……」
「キュベル様……一体何を……?」
「ごめんね、グラハム。私、貴方にも色々我儘言って迷惑だったよね?」
「迷惑な訳がありません……敬愛している方のお役に立てるのは騎士の誉れです」
グラハムは昔、彼女が生まれた時から騎士見習いとしてコーエン家に仕えていた。
そしてそんな少年時代から彼は従者としてキュベルに従い守る様、ずっと言われて来た。
キュベルに付き従う事は彼の生きる道であり、他にやりたい事は無かった。
仮面が外れてもキュベルは力を一切使わなかった。彼女のスキル"愛の激情"は定期的に掛けなければ効果は消滅する。
結論を言えばキュベルの魅了の力のある無しに関わらず、グラハムはずっとキュベルに魅かれていたのだ。
「……貴方は本当に私の事を……」
「勿論です。私が仕えるべき人は貴女を置いて他にはいません」
「グラハム……」
「キュベル様……」
二人は見つめ合い自然とその手は結ばれ、唇がどちらともなく近づいていく。
「いい感じの所、悪いんだけどねぇ……」
声の主は入り口に手を掛け苦笑を浮かべつつ、ピンク色の甘い空気を醸し出していた二人を見つめていた。
「あっ、ミラルダッ!? これは、そのッ!!」
「わっ、私は主に対してなんという事をッ!!」
キュベルは顔を真っ赤に染め、グラハムは従者の立場を逸脱した行動だったと顔を青くした。
「ああ、そういうのは後で好きなだけやっておくれな。それより起きたばかりで悪いんだけど、少し話を聞いてもらっていいかい?」
「話……」
「グラハム、おねがい」
「……聞こう」
「ありがとね」
肩を一つすくめ礼を言うとミラルダは室内にあった椅子をベッドの脇に置き、今後について話し始める。
「キュベルには言ったんだけど、今、エルダガンドがやってる悪だくみを全部止めて欲しいんだ」
「悪だくみ……キュベル様が発案された策謀の事か?」
「ああ、その策謀の一つ、ロガエストのブルーメタルを奪う計画じゃあ、沢山の獣人が犠牲になった。あの計画はロガエストだけじゃ無くラーグにも被害が出てた。仲間の魔人族の娘に聞いたけどエルダガンドも昔はいい国だったそうじゃないか、キュベルは計画を止めて昔のエルダガンドを取り戻す事を約束してくれた。あんたもそれに協力しちゃあもらえないかね?」
「協力……この者の話は本当ですか?」
「ホントだよ……私、今までずっとこの世界は私が主人公の、私の為だけの世界だと思ってた。でも死にかけてそれは違うって分かったの……だから……」
「……元より私は貴女の僕です。キュベル様がエルダガンドを昔に戻したいと仰るなら、喜んで従います」
「グラハム……」
「キュベル様……」
二人が見つめ合うと再度、ピンク色の空気が生まれミラルダの目には彼らの背後に薔薇の花が咲いた様に見えた。
「コホンッ」
「「あっ」」
「だから、そういうのは二人っきりの時に頼むよ……そうだ、キュベルをご飯に呼びに来たんだった。えっと、グラハムだったね。動けるならあんたもおいで」
「ご飯ッ! グラハム、ミラルダが作る料理はとても美味しいんだよ」
「……そうですか……それは楽しみですね」
戸惑いがちに微笑んだグラハムにキュベルは満面の笑みを返した。
■◇■◇■◇■
キュベル達が微笑み合っていた頃、小屋の外、神殿ではバッツ達がシャーリアと話をしていた。
「キュベルは全ての計画を止めると約束した。今後、ここに魔人族の兵士が来る事は無くなる筈だ」
「グルルル(そうですか……寂しいですが約束です。あなたを解放しましょう)」
「やったッス! これで自由の身っスよ、隊長ッ!」
「計画が消えるのなら、俺達も大手を振って帰れますね」
「そうだな……出来れば死んだ三人も連れて帰ってやりたかったが……」
そう言ってバッツは視線を三つ並んだ墓に向けた。
「グルルルル(あの三人、取り戻したいですか?)」
「当然だ。だがエルダガンドでも蘇生魔法はまだ開発出来ていない。しかもあんな黒焦げの状態では……」
「グルルルルルル(一つだけ方法があります。ですがそれには条件が……」
目を伏せたシャーリアにバッツは目を見開き尋ねる。
「本当かッ!? 条件とは何だッ!?」
「グルルル(私の面倒を一生みてくれるなら、三人を復活させましょう)」
「ななな、何言ってんスかッ!? 一生面倒って、そんな事したら隊長はここから離れられないじゃ無いッスかッ!!」
「ビビ、俺は隊長としてあいつ等の命を預かっていた。シャーリアを攻撃した事も俺の決定であり責任だ。その責任が取れるなら……」
「隊長……」
ビビは唇を噛み、オーグルは悔しそうに俯いた。
「グルルルルルル(あの、復活を行った場合、私はここにいるつもりはありませんよ?」
「どういう事だ?」
シャーリアの言葉にバッツは首をかしげる。
「グルルルルル(復活には竜としての私の力を三人に与える必要があります。ただ、それをすると私は今の体を維持出来なくなりますので……今回の場合は人に似せた体になる事になるかと)」
「人に似せた?」
「グルルルルル(ええ、殆どの力を失いますので他者の庇護が無ければ生きていけません)」
シャーリアの話を聞いていたビビが、二人の会話に割り込み声を上げる。
「ちょっ、ちょっと待つッス!! シャーリア、あんた、雄雌どっちっスか!?」
「グルルル(雌ですが?)」
「却下っス!! 隊長の側にいる女は自分一人で十分っス!!」
「しかしだな、ビビ、シャーリアを養えば三人が帰って来るんだぞ?」
「うぅう……じゃあ隊長、シャーリアはあくまで居候という事で俺と、こここ、恋人になって下さいッ!!」
「ああ? なんでそう言う話になるんだ?」
バッツはビビの突然の告白に眉根を寄せ顔を顰める。
「隊長、隊長は気付いて無かった様ですが、以前からビビは隊長の事が好きだったんですよ」
「オーグル……本当なのか?」
「はい。全然気づいてくれないって、何度も愚痴を聞かされましたよ」
「グルルル(あのー、私は別に養ってもらえればそれで……)」
「駄目っスッ!! 一緒に暮らしている内にそういう関係になるかもじゃないですかッ!!」
ワイワイと騒がしいバッツ達を遠目で見ながら、グリゼルダがボソリと呟く。
「冒険者というのは前回といい、今回といい、ここまで国レベルの問題に介入する物なのか?」
「まったくだぜ。俺が想像してたのは盗賊退治とか魔物退治とか、そういうのだぜ」
「コホーッ」
まぁいいじゃないか。丸く収まった感じだから。
そう言うと健太郎は平和ってイイよねとカシャンと歯を見せ笑みを浮かべた。
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